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英雄動乱記  作者: 間宮怜
第一章 創世編
1/25

プロローグ

この作品には[残酷描写]が含まれています。

苦手な方はくれぐれもご注意ください。

「うああぁぁあぁあぁぁ!!?」



 夜の冷たさが未だ残るなか、周囲に悲鳴が響き渡る。


 木々が生い茂る森を縫うように、一人の少年が息を切らしながら走っている。誰かに襲われたのか、左の肩口から血が溢れている。その傷口を手のひらで押さえながら、少年は必死に追手から逃れようとしていた。


 その少し後方、焦る様子もなく、悠然と少年を追跡する謎の集団。



「……デュナス将軍。あの少年をどうするおつもりですか?他の者は一人残らず始末しましたが。残りは”彼”だけです」



 集団の中で一際冷静に状況を判断している赤褐色の髪を持つ青年が、隣を歩く男に問う。


 質問を受けた、デュナスと呼ばれる男は、その問いに一切の抑揚なく答える。



「奴を殺せば万事うまくいくだろうな。しかし、奴を殺してしまえば私の楽しみが失われることにもなる」



 答えを聴いた青年、シリウス・エスコールは自分の主であるデュナスの発言に眉をひそめる。まるであの少年に何か興味を引くようなものがあるとでも言いたげなデュナスの発言に、シリウスは平静を装いつつも酷く困惑していた。



「……失礼ながら、私には将軍が仰っている意味が分かりかねます。あの少年には生かしておくだけの価値があるというのでしょうか?…そうは見えませんが」



 疑問に思ったことを素直に口に出したシリウスを横目で見たデュナスは、部下の顔に無意識に浮かんでいた困惑の表情に微かに苦笑した。



「今は理解せずとも良い。いずれ奴が成長し私の前に立ちはだかる時が訪れたら、お前にも私の言う意味が理解できるだろう」



 それだけを口にするとデュナスは再び前を向き、逃げ行く少年を見据えながら邪悪な笑みを浮かべた。


 それを見たシリウスは背筋に悪寒が走るのを感じた。この方だけは絶対に敵に回してはいけない。そう思わせるには十分すぎる迫力であった。


 シリウスもまた前方に目を向け、デュナスが味方で本当に良かったと心の内で安堵の溜息をついていた。






          *****          *****






「はぁっ、はぁっ、はぁっ」



 後ろを振り返る余裕もなく、ただ己の生存本能に身を任せ、少年は追いかけてくる”敵”から逃げようと足を動かす。息などはとうの昔に切れており、心臓がいまにも破裂しそうなほど脈打っている。


 敵とはいっても、彼には奴らが何を目的に村を襲ってきたのか理解できていない。少年は物心がついた時からこの村で過ごしており、両親やその知り合い、村で出会った友人らと平穏な生活を送っているはずだった。


 その一時の平和は突然の襲来によって壊された。闇夜に紛れて近づいてきた何者かは、何の前触れもなく村を襲撃し、泣き叫び、逃げ惑う村民たちを男女子供関係なく、一人残らず抹殺した。


 少年の両親も例外ではなく、襲ってきた何者かの攻撃で致命傷を負っていた。実はその現場に少年も居合わせていたが、両親の必死の抵抗によってその場から脱出することに成功したのだった。


 命からがら森の中を走り続けていた少年であったが、目の前に大きな広場が現れたことでその足を止めざるを得なくなってしまった。


 周囲には身を潜められるような場所もなく、完全に姿が丸見えとなっている。背後から追手が迫っている状況ではこの場に留まるのは非常に危険だ。


 急いで別の道を探そうと身を翻したとき、眼前に黒の甲冑を身にまとった集団が立ちふさがった。


 その無駄のない動きはまさしく統制のとれた傭兵の如く。禍々しい雰囲気を醸し出しながら近づいてくる黒軍を見て、少年はその場から一歩も動くことが出来なかった。


 徐々に近づく集団が歩みを止めると、その中から統率者と思しき人物がこちらに一歩踏み出した。少年は身構えながらその人物をじっと見つめる。


 その眼を見た黒の甲冑の男は、薄ら笑いを浮かべながらそっと独りごちた。



「そう……その眼だよ。我等に刃向かう逆徒の眼。長きに渡り我等と争い、そして滅びたと思われていた龍を宿す者よ。探し出すのに随分苦労したがようやく見つけ出せた。選ばれし者にしてはやや未熟だが……うん、時が経てば解決してくれよう」



 ぶつぶつと呟く男に対して、少年は懐疑的な眼差しを向ける。


 この男は一体何の話をしているのだろうか。龍を宿す、選ばれし者、何やら訳のわからないことを話している。全くと言っていいほど自分には関係のないことをひたすら語り続ける男に対して、少年の眼差しは少しずつ険しいものになっていく。


 そんな少年の様子に気づいたのか、目の前の男は一人で呟くのを止めて威圧の混じった視線を少年に向ける。



「―――っ!?」



 あっという間の出来事であった。


 目の前の男が自分に視線を向けた瞬間、蛇に睨まれたように身動き一つ取ることが出来なくなったのだ。



「ふむ、自分の存在というものをまだ理解していないのだな。私が言っていることを理解できないのも不思議ではない。そんなお前に教えてやろう。お前は人間種の間に生まれた故、自身も人間種だと思っているみたいだが、それは間違いだ。厳密に言えば、お前という存在は人間種の間に生まれたわけではなく、体内に龍を宿した半龍種同士の間に生まれたのだ。つまり、お前は普通の人間ではなく、体内に龍を宿した半龍種としての最後の生き残りということになるわけだ。何せお前と関わりのある半龍種は今しがた全員始末したからな」



 少年に理解してもらえるよう馬鹿丁寧に説明を行うデュナスであったが、当の本人は言われたことを飲み込むことが出来ず、眼に明らかな動揺を写しながらつい先ほど言われた事実が頭を巡っていた。



「半龍種……人間じゃなく…龍が……」



「……ふむ、どうやら簡単には受け入れ難いもののようだ」



 動揺を隠し切れずにいる少年を見たデュナスは、説明を諦める。


 その刹那、空間転移によって瞬く間に少年の前に現れると、首根っこを掴みあげてギリギリと締め上げる。



「ぐぁっ!?」



 呼吸が出来なくなり、肺に酸素を取り込もうともがく少年が目に捉えたのは、自らを締め上げる男の眼であった。


 何の感情も籠らない瞳を見て、少年は無意識の内に恐怖を抱く。



「よく聞け、小僧」



 意識が薄れゆく中で、少年は感情の読み取れない声色を耳に捉える。



「我が名はデュナス・ベルフェール。半龍種と長きに渡って争い続けた魔族の一人だ。……貴様は我等に対抗しうる唯一の存在だ。ここで殺せば話は早いが、それでは私の気が済まん。故に、貴様をここで殺しはせん。生きて、己を磨き、力を付けて、再び我らの前に立ちふさがってみよ。それが貴様の出来る先人たちへのせめてもの行いだ。その上で私は貴様を完膚なきまでに捻り潰してくれよう」



 そう言うと、デュナスは魔力で生成された睡眠作用のあるガスを少年に吐きかけた。


 ガスを吸い込んだ少年は、急激に意識が遠のいていくのを感じた。


 視界が霞み、現実から引きはがされていく感覚に襲われながら、少年が最後に見た光景は、自らを締め付ける手を緩め、自分を地面に投げ出し、後ろでじっと待機していた数人の仲間とともにこの場を離れようとしているデュナス、そして地に伏す少年を冷ややかな目で見つめる赤褐色の髪の青年であった。




 少年は去りゆく黒の集団を引き留めようと必死に手を伸ばし―――――――闇に堕ちて行った。

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