はなびらと拳銃
がたん、と何かが倒れるような音がした。それから続けざまにドアが閉まる音が重たく響く。
女は肩に銃創を負って帰ってきた。闇を背負ったまま、押さえもしない傷口からはとめどなく流れる緋色。体中で呼吸をしながら、痺れた利き腕で獲物を持ち上げる。緩慢な視線の先には、同じく銃口を向けてくる男の姿があった。
知らず、女の口元に笑みが宿る。
「やっぱりね」
これが昨日まで他愛もないことで笑いあってきた同居人の、真の姿だ。
「驚かないの」
男はちょっと首をかしげて見せた。目を細めて、その実まったく笑っていない目をして口角を上げる。
何に。
女は笑った。
「君が敵だったってこと? それとも私を殺すこと?」
へえぇ、と男は実にわざとらしく驚いて見せた。
「知ってたんだ?」
「一緒に住んだくらいで絆されるとでも思ったの、バカな男」
「冷たいこと云うなよ、三年だぜ。そろそろ」
よく我慢できたわね、くらい言ってくれてもいいんじゃねぇ?
女は眉を顰めて男を睨みつけた。
男はますます面白そうに笑みを深める。
「そんなに熱い目で見つめるなよ、」
「黙れ」
「……」
しかし射抜くように睨みあいながらも、心のどこかで甘ったるい感情が燻り、それがひどく自身を苛んだ。
殺されてやってもいいのだ。
別に惜しむ命でもないし、目の前の相手にくれてやってもまったく構わない。
どころかむしろ喜ばしいとさえ思っている自分に動揺する。
間違い続けて生きた十年。
ここで君が幕を引いてくれるなら、どうか躊躇わずに。
無意味に生きたこの生を君の手で。その、冷徹でいて獣のような目で、撃ちぬいてくれればいい。あとほんの少し、指に力を籠めるだけだ。
「さよなら、―――」
久しく忘れていた名を紡がれた、直後。
張り詰めた空気が臨界点を突破して、切り裂くような破裂音が耳を襲う。
さよなら、―――。
心の中だけで相手の名を呼びながら、自身もまた、せめて一生モノの傷を刻んでやるべく、引き金を引いた。
***
覚悟した灼熱はしかし、いくら待っても訪れなかった。
「……空、だと?」
「痛いとこ、ついてくる、よね。あぁ、わざとか……?」
僅かに急所をそれた弾丸。けれどそれは確実に、命を奪うには十分で。
焼け付くような痛みだけが命をつなぎとめる、最後の砦。
「な……んで」
「どうしてかって? 決まってるだろ」
君に恋をした。
いつかこうなると分かってはいたけれど、それは抗いがたい衝動で。
絆されたのはこっちのほうだ。
命の花の名残の、緋色の花びら。
ここから君に届くか?
もし届いていたら。ねぇ。
君に言いたいことがあるんだ。
残さず聞いていて。
掠れた声で、男が最期の言葉を紡ぐ。
女は静かに涙を零した。
***
そうすることに迷いはなかった。
ゴトリと重たい音を響かせて転がった、鉄の塊を深紅の花びらが彩る。
バカな男ね。「絆される」なんて言葉じゃ甘いのよ。
愛してるの。