表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

はなびらと拳銃

作者: 深谷 佳月

 がたん、と何かが倒れるような音がした。それから続けざまにドアが閉まる音が重たく響く。

 女は肩に銃創を負って帰ってきた。闇を背負ったまま、押さえもしない傷口からはとめどなく流れる緋色。体中で呼吸をしながら、痺れた利き腕で獲物を持ち上げる。緩慢な視線の先には、同じく銃口を向けてくる男の姿があった。

 知らず、女の口元に笑みが宿る。

「やっぱりね」

 これが昨日まで他愛もないことで笑いあってきた同居人の、真の姿だ。



「驚かないの」

 男はちょっと首をかしげて見せた。目を細めて、その実まったく笑っていない目をして口角を上げる。

 何に。

 女は笑った。

「君が敵だったってこと? それとも私を殺すこと?」

 へえぇ、と男は実にわざとらしく驚いて見せた。

「知ってたんだ?」

「一緒に住んだくらいで絆されるとでも思ったの、バカな男」

「冷たいこと云うなよ、三年だぜ。そろそろ」

 よく我慢できたわね、くらい言ってくれてもいいんじゃねぇ?

 女は眉を顰めて男を睨みつけた。

 男はますます面白そうに笑みを深める。

「そんなに熱い目で見つめるなよ、」

「黙れ」

「……」

 しかし射抜くように睨みあいながらも、心のどこかで甘ったるい感情が燻り、それがひどく自身を苛んだ。

 殺されてやってもいいのだ。

 別に惜しむ命でもないし、目の前の相手にくれてやってもまったく構わない。

 どころかむしろ喜ばしいとさえ思っている自分に動揺する。

 間違い続けて生きた十年。

 ここで君が幕を引いてくれるなら、どうか躊躇わずに。

 無意味に生きたこの生を君の手で。その、冷徹でいて獣のような目で、撃ちぬいてくれればいい。あとほんの少し、指に力を籠めるだけだ。



「さよなら、―――」

 久しく忘れていた名を紡がれた、直後。

 張り詰めた空気が臨界点を突破して、切り裂くような破裂音が耳を襲う。

 さよなら、―――。

 心の中だけで相手の名を呼びながら、自身もまた、せめて一生モノの傷を刻んでやるべく、引き金を引いた。



 ***


 覚悟した灼熱はしかし、いくら待っても訪れなかった。


「……空、だと?」

「痛いとこ、ついてくる、よね。あぁ、わざとか……?」

 僅かに急所をそれた弾丸。けれどそれは確実に、命を奪うには十分で。

 焼け付くような痛みだけが命をつなぎとめる、最後の砦。

「な……んで」

「どうしてかって? 決まってるだろ」

 君に恋をした。

 いつかこうなると分かってはいたけれど、それは抗いがたい衝動で。

 絆されたのはこっちのほうだ。



 命の花の名残の、緋色の花びら。

 ここから君に届くか?

 もし届いていたら。ねぇ。

 君に言いたいことがあるんだ。

 残さず聞いていて。




 掠れた声で、男が最期の言葉を紡ぐ。

 女は静かに涙を零した。



 ***


 そうすることに迷いはなかった。

 ゴトリと重たい音を響かせて転がった、鉄の塊を深紅の花びらが彩る。



 バカな男ね。「絆される」なんて言葉じゃ甘いのよ。

 




 愛してるの。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ