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「あのね…これ、史佳ちゃんに…」
「かえすのな」
優とは男女関係なく一緒に遊んでいたお年頃からの友達付き合いで、よくノートをお借りしている。特に宿題の答えを中心に居眠りしていた授業内容まで、つまりノートに記入すべきことは全部黒板からではなく、優のノートから写しているわけであり、神様並にありがたい存在だ。
そんな優が人からノートを借りることは珍しい。
だが、前日に県の中学百人一首大会に出場していた補欠はいきさつも知らず、毎度よろしく拝借を頼んだ。すると、渡されたのは他クラス生徒のノートだったため、一日間借りで楽々コピーをあきらめ、おねだりしたのだから、返却係ぐらいおやすいご用で引き受けなければオトコではない。
「ごめんね…」
「気にするな」
申し訳なさそうに借りてきたノートを差し出すので、自然とワレモノにふれるような扱いになる。優しく、しかしつんとした口調はナレアッテいたいわけではないが、カマッテやらなければいけないという雰囲気を漂わせていないだろうか。はっきり否定できない分よけいに言動の一つひとつが芹のきがかりとなる。
「しかとタイヤクおおせつかまったでアリマスル」
ゴマカシタな。
オドケタ口調に苦笑がかえってくる。
ホントこれだけはジョウダンがキカナイ。
「なんかあった」
史佳のノートを押し返したときとおなじことを訊くと、優はあわてたように頭をふる。「なんもないよ。史佳ちゃんは史佳ちゃんだもん。いつもの史佳ちゃんだよ。ほんとなんでもないの。だから、史佳ちゃんは悪くないの」
声をうわずらせ、相手は悪くないのだと主張するが、はたから見ればあからさまになにかあったとにおわす態度でしかない。本人がおおっぴらにしたくないのならばと、気付かないふりをしてやるべきだろう。
「そっかー、ならいいけどよ」
そっけなく流しはしたものの、優の舌にのぼった分だけ、その名は芹をひきつけた。
優と史佳は仲がいい。気遣いすぎる優をなにげに気遣う史佳のことだ。ケンカをしたというわけではないだろうが、気になる。
手にしたノートをパラパラとめくる。書き手を連想させるようにしっかりした書体。文字変換も手抜きなどせず、知りえるものは漢字をきちんと活用しているようで、芹のよめないモノがいくつかあった。
ムカシからソイウトコはカワンナイな。
両手をたたくようにノートを閉じ、腰をあげた芹はダメもとで優を誘ってみる。
「いっしょ行くか」
「いいよ…」
思ったとおり、優は首を横に揺らしつつ、とってつけたような言い訳をならべる。
「もうすぐ掃除でしょ。まだ五限の宿題おわってないから」
心を語るように目線が落ち着きなく泳いでいる。この分では強引に連れていかないかぎり、てこでも動かない。手をとり引っ張ってしまえば、仕方なくついてきはするだろう。それでは芹が返却係になった意味がなくなる。
「終わったら、見せてくれよ」
当たりそうだからと、いつもどおり借りる約束をとりつけ、タイヤクをはたしに向かった。
ひとり残された優は群れからはぐれた鳥のように窓を眺めていた。芹がとびだしたいと呟いた外からは、賑わいだけがただ届けられるだけなのに…
どうしても芹君が書きたくて中途半端で終わったモノですが、見ていただくことにしました。次に芹がでてくるのが楽しみです。