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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第八章『詠円慈愛』
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10.エピローグ『慈愛』

 * * *



 なんでさっきまで降っていた雨が止んでいるんだ、この血を洗い流せるぐらい強く降っていた筈なのに、なのになんで雪になっているんだ。このままじゃ――――ないじゃないか。

 稲穂が後ろから出てくる。抱えられた美紀が目を覚ましたのか、短いうめき声をあげた。

 表情を見られないように下を向き、心を冷たく閉ざす。この冬の寒さなど問題ではないほど冷たく、冷たく……。

「……泣いているの?」

 美紀の声を無視し、一歩前に進む。背筋に冷たい雪が入り込む。その時自分の背中が暖かいものに包まれる。

「哀しいでしょ?」

 やめろ、俺に優しい感情をむけるな。

「つらかったんでしょ?」

 やめろ、いまさら温もりを得ようなんて虫が良すぎる。

「頑張ったんだよね」

 この温もりを奪ったこの手で優しさを得よう……なんて

「お疲れ様、もう、我慢しなくていいんだよ」

 自分の体の前で交差する美紀の腕はより強く、俺を拘束する。やめてくれ許されようとするなんて俺は、俺はあまりにも、あまりにも……

「泣いて、いいよ」

 ――――罪深い

 微かに残ったステンドグラスが落下したのか、ガラスの割れる音が教会の扉の隙間から聞こえてきた。自分の中で何かが決壊したような錯覚を覚える。

「――――っぁ」

 声がうまく出ない、視界が歪む。そうだこれは魔眼の副作用で……

「涙が枯れるまで、泣いていいんだよ」

 地面に透明な滴が落ちた。

 許されたくなんてなかった、わかってくれと思うこともなかった、孤独であろうとした。いずれ断たねばならない運命なら、独りでいれば誰も傷つくこともない、傷つけることもない。そう信じて跳ね除けた、跳ね除け続けた。理解なんてされなくていい、される必要がない、そう言い聞かせ続けて。

 実際はどうだろう、人を傷つけ、自分を傷つけた。それでも意地を張っていただけなのか、それともこの心はもう、崩壊寸前の限界に達していたのか。

「うぁっ……あぁ」

 自分の声なのだろうかと疑問に思うほどの奇声、足元には小さな、小さな水たまり。

「つらいこと全部、吐き出して、涙も枯らして」

 苦しい暖かさがさらに密着し、強さを増す。

「そのあとでいいから笑顔をみせてね」

 辛い、優しいこえ。

 俺はただ怖くて、盲目的に拒絶していただけなのだろうか? 優しくされることが許されるのか? 無償で与えられるこの優しさが今は、ただ痛い。

 その痛みに身を寄せたくなった自分がただ憎い、ただ哀しい、ただ辛い。

 自分と美紀の脇を稲穂が歩いていくとき、ひとこと「責任を取ってあげなさいよ」といたずらっぽく笑いながら。

 答えることもできずうめき声を上げ続ける自分の声帯。

 自分の足元と目線以外の場所はうっすらと雪が積もり始めていた。それなのに不思議と体は、心は少しずつ、温かくなっていった。

 自分の脳内をめぐる混乱の渦の中で、それは間違いない事実だった。



『詠円慈愛・了』

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