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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第八章『詠円慈愛』
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8.繋がり

「何をいって……」

 震える空身、その空身の顔は先ほどまでの恍惚とした表情から一転、顔をゆがめた。

「この魔眼は『すべてのものに恐怖と震えを与える』もの。よくよく考えたら愛を求めるもの、たとえ歪んでいても、それが己の恐怖を人に『共鳴させる』なんてことはあり得ない」

 雫は淡々と語る。

「もともと思っていた、お前が本当に紫藍(きらん)の兄の仙冶(せんじ)の兄であるならまだ分かった。でもお前はあまりにも『姉さんの抜け殻』に適合しすぎている、それがわからなかった」

 雫は空身の力が一瞬抜けるのを見逃さず、蹴り飛ばす。空身は受け身も取らず、無様に教会の中心に横たわった。

「最初から間違えていた、お前は仙冶の空身(想い)じゃない、お前は……」

 雫は一瞬顔を伏せ、前を見る。その瞳は紅く染まっているものの、魔眼『震炎』は発動していない。しかし空身はこぼれる涙も抑えず、恐怖に震えるような表情を見せている。

「俺の姉さん……茜の空身だ、違うか?」

「やめて……」

 口に咥えていた『閃黒』を落とす空身。

「姉さんはいつ家を……雨下家から追い出されるかわからなかった。それは俺も不安だった、怖かった。目標としている人が、尊敬している人が消えるなんて耐えられない」

「やめて……」

「同時に姉さんも怖かった、違うか?」

 雫はほんの短い間だけ目を閉じ、刀を持つ手をおろす。

「まあいい、じゃあ俺個人の話をしよう」

 雫は白雪を鞘にしまう。空身から奪った刀は抜身のままだが、刃を向けてはいない。

「俺は親が消えてからずっと怖かった、いつか身の回りの人が消えていく、そんなことは回避したかった。だから力をつけたかった、脅威なんて跳ね除ける位に、傍で守れるように」

 雫は空身に一歩、歩み寄る。空身はその独白を聞きながら一歩下がる。

「そうしているうちに周りからの『評価』がよくなる。その期待に応えようと必死になり、その『評価』にひかれた人間が俺の周りに集まった。バカみたいな話だろ? 事実だ。周囲は『もっと』を望み、自分も『もっと』を望んだ。その『もっと』が自分を着飾る虚飾だと、もっと早く気が付くべきだったんだろうな」

「やめて」

 空身は頭を抱え、かぶりを振る。

「気が付けば偶像を抱えた無力な人間、内心は『等身大の自分』を見て欲しがっていた」

「やめて、違う。あなたは……雫はそんな人間じゃない!」

「ならお前の前に立っているのは何者だ?  お前は俺を『逆鏡(さかさかがみ)』といった、その言葉が覆されるのが怖いのか? それとも自分が映されるのが怖いのか?」

「ちがうちがうチガウチガウ……」

 ずっと「違う」と熱病にうなされたように呟き続ける空身。

「お前がどういう意味で『逆鏡』なんて言ったのかは知らないが、大方似すぎているのに対極の存在、とでも言いたいんだろ? ならお前は俺の逆」

「やめ……」

「『綺麗な自分だけ』を見てもらいたかった、違うか?」

 自分の胸を鷲掴みにするように胸の前でこぶしを握る。

「気が付かないとでも思っていた? 姉さん」

 少しだけ俯いた、ほんの少しだけ優しい雫の声。

「俺が姉さんをあまりにも理想と目標にしたから、それに応えてくれようとしたんだろうけど……そんなに幻想は抱いてたつもりは無かった」

 更に俯いた雫の表情が長い髪に隠れ、口が小さく二回開き一回閉じる。何かを言ったようにしか見えないが、声が小さすぎて聞き取れない。

「でも流石に幻滅したよ、空身になったとはいえ、その程度のことで自我を崩壊させるなんて」

「いや……、嫌わ……ないで」

「もうここで終わりにしよう、死者は死者らしくお互い眠りにつこうじゃないか」

「お願い……嫌わないで、愛して……愛し合ったまま永遠を」

「人の想いを踏みにじったんだよ、俺たち退魔師は。嫌われ、憎まれる以外の生死は選べない。俺の中の姉さんはもうその運命を受け入れて、針のむしろで生き続けている」

 先ほどとは一変、厳しい声。雫はうつむいたまま大地に這いつくばるように刀を構える。

「退魔師と元退魔師で殺しあう巡り合わせになったのは、皮肉なもんだな」

 雫の四肢に力がこもる。

「さあ、お前の望んだ殺し合いだ!」

 暗闇に光ったオレンジの閃光。刀どうしが弾きあった際の火花が教会をわずかに明るく照らす。

「やめて、お願い、私を嫌ったまま、殺さないで(愛さないで)!」

 左手の刀で雫の刀を弾いた空身は体中の水分を失う勢いで涙する。鮮やかな桜色の和服も突然のにわか雨に降られたように、台無しになっている。

「いや、もう終わりにしよう」

 雫の冷たい声。それは鋼鉄のように揺るぎない意志を感じさせる。雫は『白雪』をしまい、空身から奪った刀を右手に持ち、刃を左側の腰よりも低く構える。

「やめて、やめてやめてぇー!」

 無表情のまま刀を振りぬいた雫、しかし刀は空身を捉えなかった。雫は手首を峰で強く打ちつけられ、持った刀は弾かれた。弾かれた刀は空身の後ろの床に突き刺さる。雫に残った刀は『白雪』のみ。

「私のつながりはもうあなただけなのに、あなたにまで嫌われたら私は……もう……」

「なら、その『繋がり』を絶ってやろうか?」

 雫の目が蒼く、蒼く輝く。

「嫌われるのも、生きるのも嫌ならその存在そのものを『消滅』させよう」

 無表情の中に微かに怒気を込めた雫。

「『繋がり』が俺との物だけだと? その程度の『繋がり』でそもそもこの世に存在できるとでも? 人間の存在は人との繋がりだ、一人で生きられるわけがないだろう」

 雫が『白雪』を構えるとチャキリ、という乾いた音が鳴る。

「その繋がりがすべて絶たれたとき、お前はどうなるだろうな?」

 飛び跳ねた雫は長い髪に表情を隠し、虚空に白刃をふるう。



 * * *


 正直腹が立った。それは酷く独りよがりの八つ当たりだと知っていてもそれを抱かずにはいられなかった。なんでどいつもこいつも俺の嫌なところばかりを見せつける。蒼い線の張り巡らされた世界を睨みつけた。

「なら、その『繋がり』を絶ってやろうか?」

 気が付けばそんなことを言っていた。本当は退魔(ころ)したくない、あれは紛れもなく尊敬する姉さんの一部。そしてその姉さんは自分の心の中で、その言葉に一瞬震えた。俺の言ったことを理解してしまったのだろう、過去を切り離すという覚悟を。

「嫌われるのも、生きるのも嫌ならその存在そのものを『消滅』させよう」

 解っている、これが退魔師なのだと。わかっている、これが自分を殺すということになると。ワカッテイル、これが想いを断ち切るということだと。

 太刀の儀の時の祖父たちの言葉が浮かび、心の中で自分を嘲る。結局退魔師になるために大事な人を殺そうとしている自分に怒りと、諦めと、憎しみを込めて。

「『繋がり』が俺との物だけだと? その程度の『繋がり』でそもそもこの世に存在できるとでも? 人間の存在は人との繋がりだ、一人で生きられるわけがないだろう」

 その繋がりを今、自分は絶とうとしている、断たなくてはならない、狂気に堕ちた空身は退魔せざるを得ない。心臓が縮む、肺が(しぼ)む。人の存在は所詮繋がり、嫌でもこの霊刀『白雪』はそれを見せつける。繋がりがあるからこそ人間は大地に足をつける、生き続けている、そう思わされる。

 ならば、だ。肉体を切り裂けないこの霊刀でこの空身を退魔する方法は一つ。地面に突き刺さる刀を回収するのは現実的ではない以上、これは必然。

「その繋がりがすべて絶たれたとき、お前はどうなるだろうな?」

 そう、消滅する。誰にも恨まれることなく、憎まれることもない。代わりに労われることも、愛されることもなく、記憶に残ることもない『消滅』という名の存在の死。

 幸い外は雨が降っている。これなら――――を誰にも見せることはない。

「だめ! そんなこと!」

 美紀の叫ぶ声が聞こえる。美紀をしりめに、甘えているのは自分も同じかと自分を見下す。自分はこの人、姉さんに甘えていた。その甘えがこの人を、結果、狂気に駆り立てた。なら、自分の不始末は自分でけりをつける。

 若干高い位置にある蒼い『繋がり』の線を裁つ。久々の嫌な手ごたえ、思えばこの刀、久しく攻撃の際に敵の隙を生み出す以外、ふるったことはなかった。流れ込む空身とその繋がりの対象との記憶、一瞬流れてすぐに消えたその思いは遠い日のおままごと。どうやら初めは皮肉にも稲穂との繋がりだったようだ。

「嫌になるね、まった……く?」

 おかしい、手ごたえは感じたが切れていない繋がりの線。正確には切れていたものが即刻繋がった。どうも繋がりが強い場合、そう簡単に切ることはできないようだ。ならば接近し、瞬間、同時に繋がりの線を裁つ以外に方法はない。

 先ほどの切断未遂で、空身は危機を感じたのか、獣のように咆哮を上げ走ってくる。動く必要がなくて好都合、目の前の空身が飛び込んでくるタイミングを計る。集中、だが体はどこに向けても動けるように無駄な力を入れずに構える。

 しかしなぜだろう、その時に気が付いていたら少しはましな結末が待っていたかも知れなかった。普段ならこんな致命的ミスも犯さなかっただろう。目の前の空身が姉さんだからというだけで警戒しすぎ、背後への注意がおろそかになった。脇を通り抜けた人影は俺の正面にたち、俺のほうを向き、両手を広げた。

「大切な人との縁を切ったらだめ、殺すなんてもっと! だからやめ……っ!」

 最後の言葉は途切れた。視界を阻む美紀の体が背中側に反り返り、赤いものが噴出する。

「大丈夫、私が傷つく未来はないから」

 脳裏によぎった彼女の言葉、なにが未来視だ、結局そうだとしても俺には嘘をついていた、ということか。安心させるため? ほんの数瞬、そう考える。

 彼女の体がかしぐ、そこでなぜか場違いのように湧き上がった確信に近い疑問。この教会に雫を含めた当事者が、暴れ、部外者なはずの美紀がなぜか当たり前のように叫んだ。それなのにこの教会にいるはずの人間が全く出てこない、まさか……

「稲穂! いるならとっとと降りてきてこいつを治療しろ!」

「……隠れて補佐している人間を呼び出すとか馬鹿なの?」

 稲穂が空から舞い降りてきた。


 * * *


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