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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第八章『詠円慈愛』
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7.心淵

 バージンロードはその名の通り、血を一滴も受け付けないものなのだろうか? 血なまぐさい状況にあるにもかかわらず、流血のないこの空間。それは確かに『純潔』の名にふさわしいだろう。その道の脇の長椅子にたおれかかっている空身。細長く、人を支えられるとは思えない教壇の上には、目を閉じた美紀を抱えた雫。

 長椅子にもたれかかる空身は瞳孔の開いた目をしたまま、震えている。

「阿呆だろ、おまえ?」

「……どーせ私はバカですよーだ」

 躊躇いもない雫の罵倒に少し目を開けて舌を見せる美紀。

「どうして……」

 震える空身の絞り出すような声。

「なんで私を愛してくれないの? 何故、なんで、どうして!」

「そんなことに理由が必要か?」

 雫は教壇から降り立ち、抱えていた美紀を下す。

「こいつを連れてとっとと外に出ろ」

「やだ」

 雫はフィリアを顎で指す。しかし芸人も真っ青になりそうな、美紀のノータイムでの返答。傍から見たら漫才のように見えるだろう。

「お前な……」

「私は俗にいう未来視の力を持っているの。変えたくてしょうがない未来も変えられないけどね、同時にその見える未来は確定しているってこと」

 美紀は笑顔のまま語る。

「ここで私が死ぬ未来はない、だけど……悲しくなる。前から似たような思いを感じていたけど、今まで以上に、哀しい」

 美紀は雫の左手を両手で包み込む。

「お願い、殺さないで、自分自身の想いに従って。お願いだから、お願いだから」

 美紀は震えている。うつむいてしまった彼女の表情をうかがい知ることはできない。

「私に錯覚でもいい、ほんの少しでも、運命は変えられるものだと、信じさせて」

 雫は「まさかあの廃墟でも?」と聞こえないような小声でつぶやく。

「フィリアさんは私がここで看病する、大丈夫、私が傷つく未来はないから」

「俺がそんな甘い未来、信じるとでも思っているのか?」

 美紀は首を振る。

「信じる、信じないじゃない。そう、なる」

 雫は短くため息をつき美紀から目を背け、空身に向き直る。

「さて、またせた」

「待ちくたびれすぎたわよ、埋め合わせは相当高くつくわよ?」

 瞳孔の開き切った空身。雫は教壇の前にたち、背中に隠した『閃黒』に右手を、帯に隠した『白雪』に左手をかけ、その二刀を抜く。月光は教壇の後ろの十字架と重なるように、雫の影を片腕のとれた十字架のように映し出す。

「ああ、なんて幻想的で美しいのかしら」

「ならその夢に溺れたまま……、消えろ!」

 恍惚とし始めた空身に向かい、完全に刀をぬいた雫は飛び込む。

 それとほぼ同時に、月明かりは雲に覆われた。



 ** *



 ああ、ようやく彼との愛し合う(殺しあう)ことが出来るのね。

 薄暗くなってしまって顔を見ることはできないけれど、彼の鼓動を感じる。彼の声を感じる。ああ、ようやくこの時が来た。服が透けてしまうのではないか、そう思うほどに濡れてしまって居るこの体は、動きが鈍っている。でもそんなことは関係ない彼と愛し合う(殺しあう)、そのことが最も重要なのだから。

 漆黒の刃が左下から迫り、私はもう一方の刀を左手で抜く。彼の刀、『閃黒』の片割れ、『全てを斬る』その刀どうしで切り結ぶ。

 刀どうしの反発で私と彼は飛び退く、彼は右手と両足で地を滑り、純白の刀を構えている。私は右を前に出した半身で立って構えた。

 彼は真横に飛び、長椅子の影に消える。高速で感じる地を這う彼の気配、それは明確な殺意そのもの。その殺意が不意にとだえる。来る、と感じた刹那、死角からわずかに感じた微風と予感。雫は逆立ちした竹とんぼのように宙に浮き、純白の斬撃を向ける。私は右手の刀の峰を向け攻撃を弾いた、その隙に漆黒の斬撃が『飛んできた』。『閃黒』の投擲、意思を持ったその妖刀の性質を知っている私は回避を捨て、わざと突き出した右肩に刀を受ける。

 激痛、当たり前のように右手の力が抜け、刀が滑り落ちる。これでも致命傷を受けるよりはまし、もっともっと彼との愛し合い(殺し合い)を味わいたいのだから。

 彼は着地と同時に落とした私の刀を器用に足で掬い上げ、自分の右手に収める。

「駄目よ、こんなんじゃ足りない、足りないの……」

 私は右肩に刺さった刀を引き抜く。

「もっともっと……愛し合い(殺し合い)ましょう!」

 右肩に刺さっていた『閃黒』を咥え、彼に突進する。自分の血肉と彼の血肉がぶつかり合う、これほどの快感と快楽を私は今まで知らなかった。おままごとなんかでは得られない、生きている実感、求められている実感。ああ、愛し合い(殺し合い)ってなんて素晴らしいのだろう。彼は私の左手の斬撃をしゃがんでかわす。

 今までの人生はすべて人のまねごと(おままごと)に等しかった。呼吸をして食事をして人に仕えていたお人形。美しいだけの、便利なだけのオニンギョウ、役目を終えたらサヨウナラ。

 彼が右手を振り上げる。その斬撃を棒高跳びの選手がやるように、体を背中のほうにクの字に折り曲げ、飛び越える。そのまま咥えた『閃黒』で彼の懐を切りつける。少しだけ吹き出す彼の血、それを顔に浴びる。わずかによろめいた彼はそのまま私の体重を受け、バージンロードに倒れこむ。

 私が上で彼が下。熱い愛し合い(殺し合い)がこれで終わりかと思うとさびしいけど、体が彼を求めている。ああ、濡れすぎて視界までぼやけてきた。このまま彼を……

「なぜ泣いている」

 思わぬ彼の声に体が止まる。

「泣くわけがないでしょう? これほど至福の時に、快楽を貪ろうという時に……」

 私は彼の手を足の付け根に誘導する。

「ほらこんなに濡れ……」

「濡れてはいない」

 彼の言葉に耳を疑う。

「死んだ肉体は『種を残す行為』をすでに失っている、そんな体は、死んだ姉さんの体はもう『濡れ』ない」

 彼はぼやける私の視界の中、彼は私をまっすぐに見つめている、睨みつけている。

「濡れたのはお前の服、濡らしたのはお前の涙」

 嘲るように彼が笑う。

「そうか……ようやくこの目の意味が分かった」

 彼の瞳が紅に染まる。

「おまえ……嫌われるのが嫌で、嫌われると悲しいから『怖がって』いたんだな?」

 彼の頬に滴が垂れて、落ちた。



 ** *



「降ってきたな」

 呟く久須志は指を鳴らし屋根のような結界を張る。

「私もそれを使ってみたいんですけど教えてくれませんか?」

「駄目、これを知ったら一生裏の世界の人間だぞ?」

「……やっぱり遠慮します」

 教会の前で相変わらず突っ立っている久須志ともう一人の人影、そして雫のトランクに腰かけている紫藍(きらん)

「でも教えられるっていうことは素質とかはあんまり関係ないんですか?」

「多少はあるけどな、要は心の持ちようだ」

「それって雫みたいな退魔師も?」

「まあ……、な」

 久須志は言いよどみ、少しだけ悲しそうな顔をする。

「全く正反対の心の持ち方、なんだけどな」

「パートナーだった茜さんも?」

「……そうだな」

 久須志は空を仰ぐ。無数の雨粒が結界の屋根に当たり、弾ける。空は雲に覆われ景色がにじんだ。明りのない暗闇、目の前の教会には灯りは点らない。何が起こっているのかもわからない状況。あくまでも想像する以外なかった。

 夜の雨は体を濡らさずとも体温を奪っていく。紫藍(きらん)はその久須志の横顔を数秒見てまた教会のほうへ目線を向ける。

「……寒いですね」

「そうだな、冬だから、な」


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