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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第八章『詠円慈愛』
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4.神陽

 

 雫の予想通り三日後には登校する稲穂を待ち構えるようにマスコミが群がっていた。充彦の部下の町田、という警官が警備の一人として当たっている。ただ当然、その程度で収まらないのは理解できている。

「四年前の事件と酷似していますが関係者の方は!」

「警察官の子供が疑わしいという情報ですが本当ですか!?」

 ただの憶測だけでここまでするのは驚きを通り越してあきれをおぼえる。彼ら(マスコミ)は正義感で動いているつもりなのだろう。だからこそ悪化した野次馬以上にたちが悪い。雫は少し離れたところでその様子を見ていた。警官が警護に当たっているという事実を確認したのち木陰に溶けるようにその場をあとにする。

 雫は自宅のある住宅街から駅から少し離れた繁華街に向かう。繁華街、と言っても昼間は通勤客の通り道。にぎわっているというより騒がしい状況だ。このスーツの集団の中で、トランクを持った和服の雫は目立つ。雫は光の届かないビルとビルの間の裏道に入った。小さく息を吐いた雫は両脇の壁を交互に蹴りながら空を目指す。ビルの屋上に躍り出た雫は眼下に広がる街を見下ろした。

 雫の立つ十階建てのビルはこの街を見渡すには十分な高さを誇っている。

 雫はその場にたち、背中の帯に隠した白雪を握った。

「明るすぎてつながりの線が見えにくいな」

 小さく舌打ちをする雫。

 トランクを冷たいコンクリートの上にころがす。雫はトランクを枕のようにして寝そべった。乾いた空は馬鹿みたいに透き通っていて宇宙の果てまで見通せそうなほど。そんな世界だというのにたった一人の人間すら見つけられない。

「人間じゃなくて空身……だけどな」

 雫はまぶたを閉じる。今のうちに休息を取っておくべきだと判断したのだろう。ほんの数秒後、微かな寝息が聞こえる。自らを死人(しかばね)と表現した雫の胸はゆっくりと拍動を続けている。毛布も何もなしでは凍え死にそうな十二月の朝。それでも彼は眠り続けていた。



 * * *


「ああ、早くあのメッセージに気が付いてくれないかしら」

 水平線に太陽が潜り始める。潮の香りがするこの神聖な場所は朱く照らされた。この場所ほど私たちが愛し合うのにふさわしいところはなかなかないだろう。そんな場所に響く無粋な靴音。私が振り返った先には純白のニットの服を着た女。その女から漂う雫のにおい。私はその女に言いようのない嫉妬を覚える。

「貴女は誰?」

 敵意を隠したままほほえみを向ける。雫のにおいをもつその女は黙ったまま、二メートルはあろうかという巨大な剣をその手に持つ。無言のまま飛び掛かってきたその女は問答無用でその不釣り合いすぎる大剣を振り下ろす。天井の高いこの協会の天井をかすめたその一撃。それは重量武器の鈍重さを微塵も感じない高速で私に迫る。

「答える気はないのね?」

 その女の目は憎悪と返答の拒否を雄弁に語っていた。周囲に巻き起こる砂埃。

「だめじゃない、愛する人の門出を祝う場所を壊しちゃ」

 わたしは床にめり込む剣の上に立つ。その女は一言何かを呟く。瞬間、巨大な剣が消滅し私は教会の床に着地する。

「面白いわね、その力」

 その女の右手には剣の代わりに大きな斧刃の付いたハルバード。二メートルはゆうに超えている。左手に物語の木こりが持つような木の柄をもつような小さい斧を持っている。

 その女は小さい斧を振りかぶり私に投げつける。戦闘の基礎がなっていない、それが私の感想だった。斧は投げ飛ばすものではない。トマホークが投げ斧だというのは西部劇の創造であり、避けるのは容易。鈍重な飛び道具は爆発物でも積んでいない限り役に立つことはない。そう思った刹那、その投げ斧が『爆発』する。

「……っ!?」

 予想外で反応が若干遅れたものの横っ飛びで回避する。その回避先に迫る大きな斧刃。私は瞬時に抜刀し、下に弾くことでしのぐ。そこで私は目を剥くことになろうとは思わなかった。

 重量武器の特徴は大威力の一撃。そのかわりに機動性がどうしても犠牲になる。その武器をその女は垂直に振り上げた。

 腹部に響く打撃。一瞬心臓が止まったかと思うほどの衝撃に意識が飛びかける。繋ぎ止めた意識が次は斬撃が来ることを脳に訴える。その斬撃をかろうじていなし、背後に飛び退く。あの細腕でここまで器用に、豪快に、大胆にこの重量武器を振るうことが出来るはずがない。しかも好き勝手な武器を作り出せるという滅茶苦茶な能力。

 そこで私は一つの仮説に思い至った。

 私はその場で対峙したまま直立し目をつむる。相手からしたら観念し、死を覚悟したと思えるだろう。直線的に突っ込んでくるその女の気配。相手の射程距離まであと十秒。

 相手の振り上げる風をわずかに感じる。五秒。そこで私は目を見開き懐に飛び込む。教会の椅子が邪魔でどうしても一本道での戦いになりがちな場所。この距離では武器に『食われる』のは覚悟しなくてはいけなかった。

 刹那、武器の射程に体をねじ込むように食い込ませる。

 当然巨大なハルバードに打ち付けられるはずだった。

 見えたのは相手の驚愕の表情。その瞳に映る私の勝ち誇った表情。

「面白い大道芸だったわよ?」

 肩に乗ったそのハルバードをまるでプラスチックでできたおもちゃのように弾き飛ばす。そのまま混乱しているその女に斬りかかる。思った通りだ、この女の武器には『重量』がない。

「考えたわね、重量を与えなければ重量武器の欠点をなくせる」

 私の刀は女の胸の付近の服の生地を少し切り裂くだけにとどまった。確信が持てなかったため踏み込みが浅くなってしまったのが原因だろう。豊かな谷間が見えたことに少しだけ嫉妬を覚える。

 この女は間違いなく作り出した武器の重量を操作することで筋力の少なさを補っていた。インパクトの直前に重量を加えることで機動性と威力を両立させているのだろう。だがその大道芸も種が割れればなんということはない。

「その戦法、封じるのは簡単」

 当たる前に当たりに行くかあるいは

「うああああああああああっ!!」

「意識できないほどの痛みを与えればいい」

 私が投げた暗剣が女の腹に突き刺さる。よろめいた女の白いニットにジワリと滲む赤いしみ。ただ刺さっただけでは痛みはそれほどない。刺さった瞬間に暗剣の先端を魔眼で炸裂させたからこそ。内部の損傷は大きいだろうが殺すつもりはない。聞かなくちゃいけないこともあるし彼がここに来るための保険にもなってもらわなくてはいけない。

 腹を抑えたまま私のことを睨みつけるその女は死にそうな気配など微塵もない。

「流石、純粋な空身は生命力も違うのかしらね?」

「貴女に……」

 荒い息のままのその女は手に刀を作っていた。

「恩人の雫を殺させはしない!」

 振り下ろされる刀。しかしその刀は振り下ろされきるまでに霧散する。

 意識の途絶えたその体は床にうつぶせに横たわっていた。

「無様ね、今を生きようとするからそんなことになるのよ」

 私は綺麗なその金髪を掴み、顔を拝む。肌は陶器のように艶やかでありながら、柔らかな温かみを湛えていた。双眸は閉じてその顔には倒れこんだ際の傷すらついていない。

「ふうん、あなた血を飲む空身なのね」

 私の口角が吊り上る。

「だったら十字架に触れたらどうなるのかしらね?」

 私は女の頭を掴んだまま引きずり、教壇へと進む。夕陽(赤い光)が透過するステンドグラスは燃えるような輝きを放っていた。


 ** *


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