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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第八章『詠円慈愛』
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3.死人

 

 ** *


「このあたりにいるのいるのはわかっているのにまだ会いに来てくれない」

 街灯どころか月明かりもない林の入り口で不満を呟く。私の目の前には首をつろうとした二人組の男女。『つろうとした』というのは私が殺したからだ。この二人は何があったのか知らないけど愛し合っていたのだろう。この世に絶望するのは何も恥ずかしいことじゃない、この世は無常で溢れすぎている。その世界で希望を持ち続けることが出来る人間はよほど強いか、あるいは盲目である人だけ。

「わざと気配も殺さずにやっているのに……現場にすら来てくれない」

 誰も聞いていないのはわかっている。それでもつのる思いは言葉を紡ぐ。

「ああ、でも解っているわよ。あなたは私を焦らしているだけなのよね」

 まだ血の滴る刀を手にしたまま自分の体を抱きしめる。この腕の中に彼がいてくれたらこれ以上の幸せはないだろう。ああ、早く愛し合いたい。熱い、熱い、熱い愛をこの腕に。魂すら蒸発する、蕩けるように甘美で、燃えるような永遠の愛はもう手に届くところに見えている。

「もっともっとあなたの愛を私に刻み込んで」

 血だまりに映る私の顔ははしたないほどに緩んでいた。

「今度は私があなたに愛を刻み込んであげるのに」

 彼のことを思うだけで体中が熱に浮かされている。この熱は四年越しでさらに過熱した。

 脳裏に浮かぶあの哀しげな顔、やさしい顔、怒った顔。ああ、どれを思い返しても淫靡な思いにふけってしまいそう。実際に今、少し濡れてしまった。

「『あなた』も興奮するでしょう?」

 返事はない。それは当然。ここには私以外に二人の死体以外何も存在しない。

 そうだ、いいことを考えついた。こうすればきっと彼も会いに来てくれるはず。二人にしかわからない秘密を言葉にのせて大勢に伝えればいい。

「私たち二人の秘密、ふ、ふふふ……あっ……」

 もう興奮しすぎて体の疼きが抑えられなくなっている。手で思わず両足の交わるところを抑える。

「ああ、もう抑えきれないせめて……人から見えない、ところで……」

 少し我慢しすぎたせいか爆発寸前の体を抱えたまま薄暗い林の奥に移動する。声が林の外に漏れない位置まで移動するために。

「ああ、早く明日にならないかしら。楽しみ……で、んっ待ちきれ……っないわぁ」

 はしたない声を抑えきれない。だって仕方がないでしょう。彼への愛は止まらないで溢れ続けるのだもの。



 * * *



「兄さんおきてよ」

 稲穂に体をゆすられた雫が目を覚ます。昨日、雫はフィリアと別れ、そのまま街の巡回に行っていた。そのせいで帰るのが遅くなっていた。稲穂もいない珍しい単独行動。退魔師は絶対に二人以上で行動しないといけない、という規則があるわけではない。しかし雫は姉の茜から口を酸っぱくして言われていた。それでも今回、雫の中の茜は禁を破った雫を叱ることはなかった。

「くそ、もう学校の時間か……」

 薄っすらとくまのある眼をこする雫。いくら体内に複数人を抱えているといっても体は一つ。雫と茜、交代して眠った場合、精神は休まるものの流石に肉体の疲れは取れない。

「一応朝ごはんは用意しておいたよ?」

 固まる雫。

「……トーストなら文句ないでしょ」

 雫の様子を見て若干落ち込み気味の稲穂。最近になって自分で作った料理を食べて本気で死にたい、と思ってしまったらしい。

 しかし雫は布団をはねのけ、パジャマのままで部屋を飛び出す。二秒ほどあっけにとられていた稲穂はその雫の後を追いリビングに向かう。

 リビングには『LIVE』の文字の映るつけっ放しのテレビ。それには新たな『刀』による殺人事件を取材したニュース番組が映っている。それだけで部屋を飛び出すほど雫がニュースに興味を持つはずがなかった。

 問題は映っていた『目撃者』

「うそ……」

 動揺する稲穂と厳しい目で雫が睨みつけている目線の先には桜色の和服。その特徴のある姿を二人が忘れようはずがない。

『私が見つけた時にはもう……』

 よくある目撃者の(てい)を装った『雨下茜』の姿。ご丁寧にも涙ぐみ少し鼻をすすっている。その画面の前に立つ二人は別の理由で、それぞれ固まっている。

『四年前にもあんなことがあったのに……』

 雫の右こぶしが強く握られる。血が出るのではないかというほど強く。

 リポーターもおそらく和服姿の人間が映えるという判断なのか、ずっとカメラを回している。

『なんでこんなふうに人が死ぬ姿をまた四年前のように見なくちゃ……』

 雫の歯ぎしりの音が聞こえる。稲穂はテレビから目線を外し、雫をこわごわと見上げた。その表情は長髪に覆われうかがい知ることはできない。

『四年前?』

 リポーターは新人なのか確信犯なのかいらないことまで突っ込んでいる。野次馬以上に性質が悪い。

『あの辻きり事件の時私は……』

 瞬間ガラスの割れる音ともに沈黙したテレビ。古風なそのブラウン管には充彦のゴルフクラブが刺さっていた。ゴルフクラブを振り下ろしたまま、なおテレビを睨みつける雫。燃えるような怒りを湛えていたその瞳は瞬時、氷のように冷たくなる。

「稲穂」

「な、なに?」

 雫の残酷なまでに冷徹な声にひるむ稲穂。

「今日から俺は学校には行かない」

「え……」

 雫は無言で二階の自分の部屋へと戻る。

「ちょっと急にどうしたの!?」

「ここにいたら『四年前』のことを嗅ぎ付けた野次馬(マスコミ)が群がる」

 床にしゃがみ込み、トランクに三着分の服と『霊刀・白雪』、『妖刀・閃黒』を詰め込む。

「その前に奴を始末する」

「そんなこと、できるわけがないじゃない!」

 稲穂は泣きそうになりながら雫の肩をつかむ。

「あの空身は茜さんの姿を……肉体をもっていた! 雫の大事なお姉さんを兄さんが……雫が斬ることなんてできるわけがないじゃない!」

「やるさ」

 雫の言葉は稲穂の想いも鋼鉄のようにはじく。

「お前にはこの家と学校を任せる、フィリアにでも協力してもらえ」

 雫は肩の稲穂の手を払いのけようとした。だがその手に強い力がかかる。

「なんで自分だけでやろうとするの?」

 うつむいたままの稲穂。肩が震えていた。

「なんでそこまで自分を……」

 頬を涙が伝う。

「なんでっ……どうして! 雫は……っ!」

 雫の胸ぐらを掴む稲穂。雫は無表情のまま稲穂を見る。その雫の額に滴が落ちる。

「自分を殺すのよっ!?」

「俺はあの日から既に死んでいる」

 雫は冷たく虚ろな目で稲穂を睨み、もうすでに力の入っていない稲穂の両手をほどく。

「生ける死人(しかばね)は彷徨うしかないんだよ」

 言い放った雫はトランクを掴み部屋をでる。稲穂は玄関の扉が閉まる音を聞いた。

「私は何もできない……」

 稲穂は()のいなくなった部屋で嗚咽をこぼす。

「雫が……兄さんが生ける屍なら私は……」

 朝の登校時間になっても稲穂はその部屋から動くことはできなかった。


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