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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第八章『詠円慈愛』
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1、円

 円環はなぜあんなにもきれいなのだろう

 閉じているから何物にも干渉されない。

 過去の人々が円環に永遠という意味を感じ取ったのにもうなずける。

 そして球体は完璧な美しさを持っている。

 一分の隙もなく完全に閉じた円の世界には永遠が存在する。

 私はそこに愛を見つけた。

 円環でもなく、球体でもない。

 それでもそれ以上の美しい永遠。

 あの人と私は同じ世界でずっと生き続ける

 そこは痛みもない悲しみもない

 ずっと閉じた楽園で

 私は生き続ける(愛され続ける)




 夜中の歩道橋の真ん中の辺りにくたびれたサラリーマン風の男が立っていた。手には白い封筒を持っている。歩道橋の下には日本の流通を担っているトラックの深夜便が昼以上に行き交っている。

 自分に決意を促すかのように呟きながら磨り減った革靴を脱ぐ。その靴に綺麗な字で“遺書”と書かれている封筒をいれた。男性は歩道橋の欄干に手を掛ける。

「何をしているのかしら?」

 男性は突然の女性の声に驚き振り返る。そこには黒く艶やかな長い髪を持ち、暗闇にも鮮やかな桜色の着物を着ている人物が立っていた。その顔はハッキリとは見えないが声からして二十代前半ぐらいだろう、いかにも育ちの良い和風のお嬢様と言った風情だ。

「いえ何もしていませんよ」

 男性は自分がただ物思いにふけっているように見せかけようとしていたが、女性の「嘘ですわね?」の一言でその努力も無駄になる。

「あなたは死のうとしてました。違いますか?」

 男性は否定出来ない。まさしく今、下のトラックの行きかう道路に飛び込もうとしていたのだから。

「でも辞めたほうが宜しいかと」

 やはり止めに来るかと男性はうんざりする。人の事情も知らないで命の大切さを説くだけ。それなら誰でも出来る、とでも言いたげに欄干を握る両拳に力がこもる。

「ここで飛び込んだら仕事をしている方々の迷惑ですし、あなたの家族が賠償金を払わなくてはいけなくなるかもしれませんよ」

 女性の言葉は男性の予想したことの斜め上を行っていたのか、怒っていた男性はあっけにとられた表情をその女性のほうを向く。

 こんな説得の仕方をされるとは男性も思っていなかった。確かにここでは人に迷惑を掛けすぎる。一応場所を変えるかと靴を履きなおし、とりあえず着物の女性に「ありがとう」と呟きその人に背を向ける。その時、男性の足は前に進まなくなっていた。

 正確には両脚がなくなっていた。

 脚という身体の支えを失い男性はぼろぼろの舗装面(アスファルト)に倒れ込む。何が起こったのか一瞬理解が出来なかったのだろう。しかし遅れてきた痛覚が現実を男性に告げる。

「気にしなくても宜しいですよ? だって私が殺してあげますから……」

 うつ伏せになってしまい、体が動かなくなった男性は顔を横に向け、女性の姿を見る。道路の照明に当てられたその女性は大和撫子と呼ぶにふさわしい顔。その顔にたおやかな笑みを浮かべている。背後にある満月がその優美さをまるで絵画のように引き立てていた。

 そしてその美しい光景に銀色の閃光の様なものがはしる。その軌跡は命を刈り取る死神の鎌のように見えた。

 男性の意識は痛みと鮮血を伴い徐々に薄れていく。その意識の中、男性は着物姿の女性が右手に一メートルほどの日本刀を持って闇に消えていくのを見ていた。



 朝のSHR(ショートホームルーム)前の高校の教室は十一月末日。ちょうど一年ぐらい前に豪雪があったこの街はちょっとした熱気、もとい恐怖に包まれている。その理由は今朝のニュースだろう。

「昨日殺人事件があったんだって!」

 ショートヘアーの髪をしていて、元気がそのまま人格を持って出てきたような安藤眞子は興奮したように赤根雫に話しかけた。しかし雫は特に興味もなさそうに本を読んでいる。

「それ知ってる、しかもバラバラだったらしいね」

 少し長めの髪を一本に束ねたポニーテールに小さめの眼鏡をした大崎美紀も会話に加わる。雫は本のページをめくった。周囲のクラスメートが騒ぐのも特に気にしていない。風が吹き込み雫の首を髪の毛が撫でる。

「ねえ、雫さん。聞いてる?」

 返事の代わりに雫は本を閉じ小さくため息をついた。

「雫さんはこういう話には興味ないの?」

「ない」

「少しは乗ってあげなよ、赤根さんと仲良くなりたがっているんだから」

 眞子は怯えたようにおろおろし始め、美紀は雫を非難しつつ、笑顔のまま肩をすくめる。

「無理だ。それに仲良くする以前にお前らの女を相手にしているような呼び方が気に入らない」

 雫は鞄から男子用の体操着を取り出しクラスの女子二名の包囲を抜ける。雫は手に持った本を教室の後ろにあるロッカーへと持って行った。雫は男性にしては長め、女性では短い方とも取れる髪型に和服が似合いそうなスラッとした細身の体、綺麗というよりは凛々しい顔立ち等からよく誤解を受ける。しかし雫はれっきとした男だ。この高校が私服通学であることが一層、雫の性別を曖昧にしている。

 しかし雫を中性的に見せる最大の原因は長めの髪だ。何度いわれても切らないことは周囲の抱える一番の疑問。その答えを知っているのは妹である稲穂だけだろう。

「それと……」

 雫は威圧的な目を美紀に向ける。

「俺に付きまとうのをやめろ、と言ったはずだ。サッサと目の前から消えろ」

 今度は美紀が黙りこくってしまった。教室中を静寂がつつむ。もうすでに半年以上もたった今でもこの喧嘩は名物を通り越し、クラスの汚点となっている。今年は去年とは打って変わり暖かいので雪は降らないだろうと思われていた。その教室を冗談のように冷たい空気がつつみこむ。

「だったら殺しちゃえば? あんたなら簡単でしょ?」

 そしてこの物騒な言葉を投げかけるのは釜蓋紫藍(かまぶたきらん)。彼女はこの学校に来た当初から、ことあるごとに雫に突っかかっていた。彼女が加わると殺し合いが始まるんじゃないかとクラスの人間が緊張する。それも冗談抜きで。

 今の教室の状態は、漫画で無音状態を示す「しーん」という音が聞こえるのかの研究に最適だろう。しかしそんな校舎の上空を旅客機が飛んで行った。

 雫と紫藍はどちらからともなく立ち上がり。別々の出口から教室を出る。

「……ねえ稲穂ちゃんあの二人、何があったの?」

 美紀は稲穂に問いかけた。しかし一気に緩んだ教室の雰囲気の中、黙りこくっている。いつもなら美紀もこれ以上の追及はしない。情報屋を自称する彼女も、流石に友人には遠慮の一つもするのだろう、それが周囲の評価だった。ただいつもと違ったのは眞子の対応。

「……今日のお昼」

 おとなしい眞子にしては珍しく、自分からちょっと強めの口調で稲穂の正面に立つ。

「三人だけで屋上で食べるよ! いいよね!?」

「う、うん……」

 あまりの気迫に押されたのか、予想外だったのかはさておき、強気な稲穂にしては珍しく口ごもりながら返事をする。

「絶対、約束だよ!」

 日本語としてはおかしいものの、その言葉には怒気のようなものも込められていた。何が目的なのか、はた目から見ても明らか。それだけにいつも笑顔を絶やさない美紀も若干表情がこわばっているように見える。

 三人がそんなぎくしゃくした雰囲気を持ったまま、担任がやってきてSHRが始まった。

 担任は『いつものように』紫藍と雫がいないことに気が付いたのか、眉を顰める。

 窓の外では木枯らしが校庭の落ち葉を空にさらっていった。


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