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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第七章『現想泡壊』
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3.不穏

「稲穂がそっちにいないか?」

 雫にそう連絡が入ったのは病院で倒れた翌日の昼過ぎ。看護婦を介して伝えられた異常事態。雫は看護婦が戸惑いの表情を浮かべているのも気に留めず、奥歯を噛み締め歯軋りする。

 稲穂なら大丈夫、と退魔師代行を続けさせてしまった自分の責任を感じているのか、あるいは倒れてしまったが故に何も出来ない自分を責めているのか。判別はできないがその表情は後悔と怒りに染められている。

 退魔師(こんな事)を続けていればいつかは起こると心の隅においていても受け入れられない現実。それを今目の当たりにした。雫の心境はいかななるものかは全く判別がつかない。最悪は『死』。よくても、もっとも場合によってはこっちの方が最悪だが、捕らえられている。雫は看護婦がいなくなってから病床の下にしまっていた私服に着替え、スルリと病室を抜け出す。

 本来なら病院内で感じた多数の空身の集合体の気配を追いたいところだが今回ばかりはそんな事は言っていられない。雫は病室を抜け出し、目指したのは自宅。今回ばかりは情報が足りない。警察官である充彦に話を聞くより他はないだろう。

「ストーップ!」

 しかし病院をあと一歩で出ることができるというところで現われたのは大崎美紀。雫はいら立ちを隠そうともせずに脇を通り過ぎようとするが進路を阻まれる。

「聞こえないの? 病人は病人らしくベッドで寝てなさい!」

「もう治ったし、それどころじゃない」

 相変わらず笑顔で立ちふさがる美紀を雫は突き飛ばす。

「痛っ……女の子に何てことするのよー!」

 もうかかわるのも面倒くさいと言わんばかりにさっさと歩いていく雫。

「病人が勝手に外に出たら死んじゃうよー?」

「そうかそれは愉快だな」

 その言葉を最後に雫は振り返ることなく自宅へと向かった。



 自宅についてふと目に留まったものは郵便受けに入ったいやに厚い大きな茶封筒。郵便受けから取り出すと差出人の名前はなし。このタイミングなら間違いなく稲穂を『どうにかした』奴の仕業だろう。しかし空身がこんな手段で連絡を取るとは思えない。

「人間?」

 ない話ではない。有身ならこの様な手段をとることも考えるだろう。しかしなぜわざわざ身内に警察官のいる家にこんなものを送るのか。

 充彦はいないようだ。雫は自宅のカギを開け自分の部屋に直行する。白雪は帰ってきていないということは稲穂がまだ所持しているのだろう、封筒の封を破る。中から出てきたのは地図と手紙。分厚いのはちょうど包丁サイズの長方形の箱。雫はまさかと思い箱を開けると中から出てきたのは白雪。首をかしげた雫はそのまま手紙を読む。


 拝啓

 突然のことで失礼だがお宅の少女をお預かりしている。その証拠として実に芸術的なその短刀を同封させてもらった。私は話さえ聞くことができればそれで満足なのだがその話さえ満足にさせてくれないもいのでね。申し訳ないがご足労願えないだろうか。

 私の目的が果たせるなら無事に帰すと約束しよう。

 短刀と同じく同封した地図の場所に来てもらいたい。

 可能ならば本日の23時に。


 敬具


「はっ、何が『敬具』だ」

 雫は藍染の和服に着替え支度をする。地図に記された場所は駅前の廃墟。雫たちがこの鞠池市に来てから残り続けている建築途中で耐震偽造が発覚し、建設中止となったマンションの残骸。

「どこの誰だか知らないが随分となめた真似をしてくれるじゃないか」

 雫は閃黒を背中に、白雪を帯の結び目に隠す。まだ約束の時間までは九時間程あるが雫は自分の部屋の窓から飛び降りた。

「退魔師は無闇に昼間に動くものじゃないが」

 着地すると同時に深く屈む。体全身が圧縮されたバネのように弾ける。

「見られさえしなければ問題ない」

 退魔師としての赤根雫は空へ跳躍した。

 眼下には街を行きかう(まばら)らな人々。多くの人は学校や仕事などで室内にこもっている分、夜とさほど変わらない。むしろライトアップされていないため太陽光による逆光で地上からは見えにくいかもしれない。

 雫は一応念話で稲穂と通信を取ろうとするがやはりというか気絶しているのだろう。応答がない。稲穂と一緒にいた筈のフィリアからの連絡もないということは同じく捕えられている。雫の脳内にそのような思考が巡っているのだろうか、雫は無言で民家の屋根を踏み台にして駅前の廃墟めざし、再び跳躍した。


 * * *



「さくら、調子はどうだ?」

 静かに病室のドアを開けベッドの上にいる色白の彼女に話しかける。本当は「元気か?」と聞きたいのに職業病なのか、あるいは自分の中でよくなることを諦めているのか。

「あ、純平さん。ええ、今日はいつもより調子が良いわ」

 そういって私の名前を呼んだ彼女は透明なチューブに絡みつかれている。彼女はそう長くない。今現在の医療では何とか命を繋ぎ止めることで限界だ。しかし医療以外のものに可能性を見出すことが出来たことは何よりの収穫だった。

「ねえ、純平さん。今日も忙しいの?」

「そうだな、忙しいといえば忙しい。それでも君と一緒にいる時間を作ることは現にできている。そう言えば『暇』といえるな」

 口に手をあてた彼女は「相変わらず屁理屈が得意ね」と笑った。

 そう、この笑顔をもっと見たい。

 一緒に手を取り合って街中を歩きたい。

 くだらない喧嘩の一つや二つもしてみたい

 しかし今のままではそのどれもが叶わない。

 少しでも彼女が人間らしい生活を送れるなら、こんな機械に命を繋ぎ止められるような生活から抜け出すことが出来るのなら、私は悪魔にだってなる。

「……ねえ、聞いている?」

「む、ああすまない少し考え事をしていた」

 よくない癖だ。何か考えだすと周りの音がまともに聞こえない。

「ねえ、純平さん」

「なんだ、さくら」

 妙に元気のない声をする彼女を見て具合でも悪いのか、と一瞬感じたが何か悩んでいるだけのように見える。

「……どこにも行ったりしないよね?」

「当たり前だ、どうして急にそんなことを言い出した?」

 不安そうな目線を向けてくる彼女の短い髪をやさしくなでる。

「最近妙に純平さんが遠い気がして、不安で」

「私はどこにも行かない。むしろこれからはもっと近くにいられるようにしようと奮闘中だ」

「そう……ならうれしいけど」

 弱弱しい笑みを彼女は浮かべる。

「すまないが仕事に戻る。さくら、また明日」

「うん、また明日……」

 さあ今日中に心因性乖離存在で『アタリ』を引けるといいがな。

 頼むぞ、退魔師。


 * * *


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