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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第七章『現想泡壊』
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2.夜戦

 * * *



「ああっ! もうなんで今日に限ってこんなに空身がいるのよ! しかもよりによって性欲関連の空身ばかり!」

「この街の人はそんなに甲斐性がないのかしらね?」

 深夜の公園で白い短刀を振り回す少女とそばにいるのは金髪のお嬢様。

 しかし今日の私は本当に運が良い。『捕縛対象』がまとめているとは思いもよらなかった。

 胸ポケットの中の懐中時計を開き、閉じる。

 さあ、時間だ。余分な(必要の無い)心因性乖離存在(空身)消費(処分)ももう終わった。

「だれっ!?」

「怪しいものではない、といっても信じてはもらえないだろうな」

 物陰から出た途端に振り返る少女と金髪のお嬢様。金髪のお嬢様のほうは記憶を探るように口元に手を当て思索にふけっているようだ。

「ひょっとしてお医者様じゃなかったかしら?」

「おや? 覚えていてくれているとは思わなかったな」

 直接会っていなくとも本体の記憶も受け継がれるとは少々予想外でもあった。しかし、計画に支障はない。

「そうね、ただあなたは『私』に会ったことが無いと思うのだけれど?」

 やはりというか言葉の切り返しかたが少々不味かったらしい。お嬢様の目つきが鋭くなる。どうやらわざと引っ掛けるために発した言葉だったようだ。これはちょっとした失態。

 それでもやはり計画に支障は無い。この体は既に全てを圧倒的に蹂躙する力を手に入れた。ひょっとすれば今ならば軍人の一個小隊、いや一個大隊にも負けず劣らずといったところだろう。

返事(こたえ)は?」

 思索にふける私を撫でる物騒な旋風。見ればどこから取り出したのか、お嬢様はハルバート(斧槍)を手にしている。超重量のその長柄武器(ポールウェポン)を軽々と扱う様は見ていて流石に違和感を覚える。

「率直に言おう」

 もう相手が戦闘体制を整えた以上こちらも応戦するしかあるまい。この力を制御しきれるかは流石に自信がないが実力で叩き、捕縛することは容易だ。

「私の研究と一人のかわいそうな人間のため情報を教えてもらいたい」

 私は心因性乖離存在を三つ、己の身体から放す。この状況でもっとも有効なものは相手の体力を奪い、足を弱めること。故に回避が困難な攻撃手段として一つは『過食』を選択する。飛び出したのは出来の悪い幽霊のような白い水玉状の物体。直径としてはワンボックスカーより一回り大きい。それが大口を開けてお嬢様に迫る。

「……っ!?」

 お嬢様はハルバートを手放し、真横に飛ぶ。良い判断だ、後百分の一秒でも遅くなれば両足を食いちぎっていた。

 その両足の代わりに根元を食いちぎられた公園の電灯。その電灯は光を失い、派手な音を立てて転倒する。

「『喰らえ』」

『過食』はもう一度、二度と全て必殺の威力で攻める。反撃の隙を与えてはならない、少なくとも今はまだ。

(もも)(あい)!」

「かしこまりました」

 突如『過食』の両脇に現れた白色と黒色のメイド服を着た女性が現れる。その女性二人は見事な連携でワイヤーを『過食』に絡ませ、『過食』の動きを封じる。なるほど、物理的な存在でないとは言え、元々は人間のうちにいた存在。現実の物理法則は通用するらしい。この力も万能ではないということか。

 斬と言う鈍い音。

 見れば肩で息をするお嬢様がワイヤーに縛られた『過食』を二メートルはあろうかという大剣で一刀両断している。つくづくこのお嬢様は重量級のド派手な武器武具を好むらしい。

「『囚われろ』」

 次の手段は『独占』。『独占』は人を縛り、自らのものにしようとお嬢様に、二人のメイド服を着た女性に無数の触手のように絡みつく。

「何、これは? 触手プレイのつもり?」

 白い息を吐きながらの言葉は余裕綽々と言ったところに対し、表情は硬い。

「安心したまえ、そんなものではないし君達の尊厳を汚すようなことはせんよ」

「この状況でそんな言葉を信じるとでも?」

 いつの間にか首に触れた鋭く、冷たい金属の感触。背後に回っていた退魔師の少女の声。なるほどお嬢様はこの少女が私に接近するまでの(おとり)を勤めていたというわけか。

「人の想いが変質し怪物化するまで『統合』するなんて何が目的?」

「問答無用と言うわけではないのか、少し意外だな」

「質問に答えなさい」

 私のいけないクセだ。興味がある事柄に関してはすぐに口に出る。

「そうだ、目的がある」

 首に当たる短刀の圧力が少し強くなる。

「そのためにとある心因性乖離存在……空身がどうしても必要になった。君は知らないか?」

「知っていたら聞かない」

 ふむ、と頷く。なるほど素直なのはいいことだ。

「とある患者を助けるためにも不老不死の効力を持つ空身が必要だ」

 背後の少女が息を飲み込む気配がする。本当に素直なのは良いことだ、心当たりがあるらしい。

「知っているなら教えてくれ……ないだろうな」

「当たり前でしょう。フィリアさんもう拘束されたふりはしなくてもいい……ってええ!?」

 目の前の『独占』に捕縛されたお嬢様、フィリアは眠っている。三つ目の空身は『睡眠』薄い霧のような存在だが確実に眠気を誘い、必ず眠らせる。

「しまっ……」

 背後で少女が転倒する音とほぼ同時に首筋の物騒な感触も途絶える。

「高校生はもう寝る時間だ、寝床はこちらで用意しよう」

 その代わり起きたらじっくりと、しかし早急に話を聞かせてもらおう。

 いつ来るかわからないが時限は刻一刻と迫ってきている。



 * * *


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