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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第六章『墜憶時雨』
32/58

1.暗雲

 

 ――――声が聞こえる


 まどろみの中

 目線の先

 三人の小さい子供達が車座で座っている

 砂場の砂を集め

 固めて作られた台をテーブルに見立てて

 家族ごっこ(おままごと)をしている


 一人のかわいらしい男の子と

 一番年長の和服を着た女の子がもめている

 その揉め事も傍目で見れば木漏れ日のように温かく

 微笑ましい

 声が聞こえてくる

「やだ! ――――がおかあさんなんて似合わないよ!」

 名前が聴こえない

 もう一人の楽しそうに砂団子を作っていた女の子は

 その言葉を聞き泣き出した。

 嫌な雰囲気に耐えられなかったのだろう。

 和服を着た女の子は泣き出した女の子を見て、しぶしぶと言った感じで折れる

「じゃあ、私はあなたの――――」

 強い木枯らしが吹きぬけた

「お姉さんになるわ」



 これは遠い日の(きおく)

 黄昏(たそがれ)に誓った

 子供の戯言

 そしていつの間にか

 (永遠)の契りとなる

 始まりの(記憶)




『墜憶時雨』

 


「んっ……」

 雨下茜は相変わらず誰もいない部屋で目を覚ます。あの雫がアラミの社に入れられてから三ヶ月。まともに眠れた日は無く、目の下には薄っすらとくまが出来ている。

 茜は布団をたたみ、何時もの桜色の和服を身に着け、まだはっきりとしない意識のままふすまを開ける。

「茜姉さん、刀の稽古つけて!」

 一瞬、茜は雫が目の前にいたと思ったのか眼を見開く、しかし誰もいない。過去の記憶が呼び覚まされたのだろう、茜はため息をつき歩く。

 茜は昔、雫といたことをつらつらと思い出していた。

 勉強することを嫌がっていて直ぐに部屋から逃げ出したり、茜につかまったりした雫の姿。

 刀の稽古時の真剣で、輝いていた雫の眼。

 父親の霧生(きりゅう)さんと母親の井澄(いすみ)さんが行方不明になったとき、影で泣いていた雫の涙。

 今でも茜は鮮明に思い出すことが出来る。

 まだ茜と雫が家族になる前、本当に幼稚園ぐらいの頃、茜が雫に誓ったこと。

『私はあなたのお姉さんになる、だからいつだって護ってあげるし、助けてあげるからね』

 この言葉を結局守れなかった。日が昇る前のまだ薄暗い階段を降りる。降り切った所でふと右を見る。まだ皆が眠っている屋敷の廊下の突き当たりに主を失った部屋がある。

 雫の部屋だ。

 茜は気まぐれで雫の部屋へと向かう。入り口を隔てるふすまはまるで主の帰りを待っていたかのようにすんなりと開く。この部屋にもし感情があったとしたら、入ってきた人物を見てため息の一つでもつきたかったかもしれない。

 部屋は恐らく雫がアラミの社に閉じ込められてから誰も触っていないはず。

「雫……」

 窓際の机の脇の本棚にガラス細工の鳥の置物が飾ってある。稲穂の送ったその鳥は透明な目で、雫の座っていた椅子に目を向けている。

 茜の送った和服は雫が着たまま連れて行かれてしまったが故に、ここにはない。

 そこでふと思い当たることがあったのか、茜は雫の部屋を見渡す。

 久須志のプレゼント、『霊刀・白雪』が見当たらないのだ。

 茜は皆を起こさないよう慎重に部屋の中を探る。机の中の引き出し、箪笥の中に押入れの中、茜は思いつくところ全てを探した。

「『繋がり』を断つことが出来る刀なら、アラミの社の結界を解くことが出来るかもしれない」

 茜は小さく呟く。茜は微かな希望にすがり部屋の中を慎重に探し続ける。しかし皆がそろそろ起きだす時間になっても、茜はまだ見つけることが出来なかった。

 そのとき最後に別れたあの夜のときのことを想いだす。もし雫があの時白雪を持っていたのなら、祖父が霊刀を見過ごすはずが無い、取り上げているはずだ。

 それならまず間違いなく霊刀や妖刀が収められている封印庫にあるはず。あそこに入ることさえ出来れば、ひょっとすると白雪だけではなく、それ以外のもので助けることが出来るかも知れない。

 今なら、まだ誰も起きていない、と言うことは警備も手薄だということだ。

 茜の目に屋敷の横にある大きな土蔵が映る。一見、白い漆喰で塗り固められただけのように見えるただの蔵。しかしそれこそが雨下家の封印庫。

 結崎家の二人の結界師が入り口を固めているが、茜にとっては警備が無いも同然。

 それにただ隔離するだけの結界の弱点は久須志が退魔のパートナーとして付いていたから良く知っている。

 茜は地面から立ち上る陽炎のようにゆらりと立ち上がり、雫の部屋を出る。

 桜色の和服の袖に仕込んだ暗剣を手に取り音も立てずに廊下を歩き、靴もはかず、中庭に出る。

 封印庫の前の人間を見る茜の眼には言い知れぬ狂気にも似た光が宿っていた。

 白みだした夜空をさらに照らす太陽はゆっくり、ゆっくりと舞台の幕を上げるかのごとく、地平線から空へと舞い上がる。




 暗闇の中、釜蓋仙治(かまぶたせんじ)はただ静寂の中、来訪者を待っていた。

 最近来る回数が減ると共に、ちょっとずつやつれていく妹の紫藍(きらん)と、妹の友達で、髪を伸ばし始めた気の強い女の子、稲穂。気立てのよさそうな久須志。その三人は時々来ていたが、どれ程待っても『彼』は姿を現さない。

 同性だと知ってしまったのに、それでもあの胸の高ぶりは押さえられそうにない。仙治は自分の恋心は許されないものだと知っている、だからこそ、初めて会ったときから、この想いは胸の奥深くにしまいこんだ。気持ち悪いと思われるのも、ましてや妹の想い人に手を出すことを、仙治の理性が許さなかった。

「まだ、俺が女だったら良かったのかな?」

 そよ風のように小さく、しかし重苦しい仙治のため息が暗いニギミの社と言う名の牢獄に響く。

 それなら別に姉妹で同じ人を好きになる、と言うことは少なくとも許されるだろう。

「この想いはずっと……」

「あなたの胸に止めておけるの?」

 仙治の耳に不意に届いた誰かの声。仙治は殺気立った表情で狭い社の中で身構え周囲を見渡す。まだ日が昇りきっていない時間の所為もあるのだろう、もともと薄暗い社の中、壁が何処にあるのかすら判別が付かない。

「誰だ! 何処にいる!」

「あなたの『中』よ?」

「――――わけのわからないことを言うな!」

 クスリ、と笑うその声は紫藍よりも少し低めの声。

 その声は驚くほどに蟲惑(こわく)的で、仙治は思わず飲み込まれそうな錯覚を覚える。

「ねえ、あなたの身体、私に預けない?」

 仙治は黙って暗闇を睨みつける、が、その警戒心は瞬時に誘惑に溶かされる(奪われた)

「そしたらここから出して、あ・げ・る」

 その申し出に、仙治の理性はレンガ製の壁が崩れるかのごとく、瓦解した。

 瓦解した仙治の理性と同時に、まるで押し固めた粉が突風を受けかのように、崩れ落ちた社。

「ここから出られる……」

「そう、出られるのよ」

 木片の霧の中、誰にも見られることなく『一人』ではない独り言を呟く仙治。

「ここから出られる」

「出たいでしょう?」

 霧が晴れていく。

「『彼』に会える?」

「当然」

 昇り始めた夏の朝日はまるで血のように紅かく、身体を貫くように眩しかった。

 突如巻き上がる暴力の竜巻(あらぶり)。結界は轟音と共に破裂し、霧散する。

 ゆらりと歩を進める仙治の口の端はもはや正気ではない。

 既に仙治であって仙治ではない。

 そんな『人間』が封印から解かれ……

 ――――化け物となる。



 * * *


「兄貴! やっぱりこうなったら警察に伝えようよ! 私たちに雫が助けられないなら国に!」

 私は苛立ちを隠しきれずに、居間のテーブルに拳を叩きつけた。テーブルがミシリと悲鳴を上げる。

「それが出来たらとっくにやってる」

 大きなため息をつき、兄の久須志は頭を抱える。

 久須志が状況を紫藍から聴いた限り、雫がアラミの社に封印された可能性は濃厚。そうなると、もう一刻の猶予も無いというのに兄の久須志は手をこまねいている。

「ならなんで! 兄貴ならあそこの結界を誰よりも……」

「結界の構築手段が組みかえられたんだ! 俺たちの行動を見越して!」

 久須志がテーブルを叩く。私が叩いたときのようにテーブルが悲鳴を上げなかったのが不思議でならないほど、強い怒りをこめて。

「ならなおさら警察に! 令状があればいくら雨下家の中と言っても!」

「警察の上層部に雨下に(ゆかり)の者がいる、圧力がかかるに決まっているだろう? 訴えても相当馬鹿な警官でもない限り動いてくれない。動いたとしても真っ先に潰されるのがオチさ」

 私は久須志のその言葉に思わず歯軋りする。雨下家はこの地方の昔からの名士。政界はもちろんの事、警察などの治安関係にも深く根をはっている。そうでなければ『退魔』という人殺しと同一視されるような行為を、生業にして生きることは出来ない。

 もちろん一般人に目撃された際の、揉み消しを行うための組織も存在する。それは医者だったり政治家だったり……俗に言う暗殺集団も存在しないわけではない。

 その所為で雫を助けたくても、下手をすれば私たちが殺され、最悪の場合、雫の存在自体が闇に葬られる。

「何とか出来ないの?」

 久須志は頭を抱えている。久須志が雫を救える手段を持っているならとっくに実行している。そうとわかっていても、私は僅かな希望にすがるしかなかった。

「――――ひとつだけ」

 何も解決策の見えない真っ暗闇のトンネルに僅かに見えた光明、それに私は眼を輝かせる。

朧霞(おぼろがすみ)。その刀があれば何とかできるかもしれない」

「朧霞?」

 久須志は苦虫を噛み潰したような表情で語る。

「この世の理から外れたものを無へと帰す刀、とでも言えばいいか……。妖術や空身、結界及び超常現象と目される物事全てを無効にする『魔殺しの霊刀』だ」

 私は今、鏡を見たらそれこそ目玉が飛び出しそうな表情をしているに違いない。それほど大きな衝撃だ。

 もともと久須志は妖刀や霊刀の類に詳しいがあくまでも、退魔師や結界師のうちに一般的に伝わる刀に少しだけ詳しいだけだ。

 しかし、私は朧霞なんて刀は聞いた事は無い。それが意味するところは『最重要機密の刀』。

 能力を聞いた限り、そんな強大な力を持った刀があるなら存在そのものを隠されていても、なんら疑問は無い。久須志がそんなものを知っていると言うことは、一度は触れたことがあるか、あるいは『封印』場所を知っている、と言うことになる。

「――――何処にあるの?」

 私は声を潜める。

「雨下家の封印庫」

「ああ……」

 確かにあそこは無理だ。今日の昼過ぎに警備の人間が殺害されているのが見つかって警察の捜査が入っただけではなく、雨下家の監視も厳しくなっている。もし殺人事件が起こっていなかったとしても、中に入れるのは雨下家の人間のみ。結崎家が一時間交代で警備の任についているとはいえ、だ。

 強行突破しようにも雨下家の人間は、家政婦も含め全てが戦闘のスペシャリスト、敵う(かなう)はずがない。

 何もできない。ただその事実だけが重くのしかかり、時間だけが過ぎていく。

 ふと、玄関の扉が開く音が聞こえ、何人かの足音が響く。

 どう考えても穏やかな雰囲気ではない。

「結崎久須志、いたら返事をしろ」

 入ってくるなり響いた声は低く、威圧感に満ちている。

「兄貴、隠れて」

 私はとてつもなく嫌な予感がし、小さい声で久須志を促した。

 しかし流石は茜さんと修羅場を潜り抜けてきた結界師、無言のまま結界すら使わず、忍者のように音も無く、天井の板をずらし、そのまま天井裏に隠れる。

 板を戻した直後、居間の扉が開かれる。

「……いささか無礼ではありませんか、雨下家の方々?」

 私は勤めて冷静に振舞おうと心がけた。

「非礼をわびるつもりは無い、結崎久須志を出せ」

 目の前にいるのは三人。背丈もコピーしたかのように同じで眼の辺りに灰色の目隠しをしている。どうやら雨下家の中の隠密部隊のようだ。ならばこの家の周囲は包囲されていると見て間違いない。

「ここにいるのは見ての通り私だけです」

「――――捜せ」

 リーダーと思しき人物一人を残し、その言葉にホウセンカが弾けるように散らばる雨下家の隠密たち。

「いったい何用で久須志を?」

 隠密部隊がこうも派手に動くと言うことはただ事ではない。雨下家内部で何か重大な事態が起こったとしか考えられなかった。

 隠密は沈黙を守っている。

「答える気が無いならさっさとお帰り願います」

「――――いいだろう、理由を聞けばお前も協力せざるを得ない」

 私はどういうことか解らないまま、やけに物分りのいいその隠密に眉をひそめる。

「封印庫の結界が解かれ、中の重要機密複数が盗難にあった」

 私は飛び出すのではないか、と思うほど跳ね上がった自分の左胸(心臓)を押さえる。封印庫といったら警備の人間が殺された場所。暗い雲が昼に影を落とす。

「『準』退魔師 雨下茜、及び補佐役である結界師 結崎久須志には殺害、機密盗難の疑いがかかっている」

「う、そ……」

 そう嘘に決まっているはず。

 だって兄貴である久須志はいわゆる不正と呼ばれる行為をすることはある。しかし先程の話を聞く限り久須志が封印庫に入っていない、よって盗みを働くこともましてや人殺しなんてするはずもない。

 嘘に決まっているはずなのに、これから起こることを想像し、皮膚の下には何かが這っているようなおぞましさをおぼえる。

 昼間だというのに青空は分厚い雲に覆い隠され、夜のように灰色の世界が広がった。


 * * *


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