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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第五章『逃奏奔悩』
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5.エピローグ『奔悩』

「め、珍しく電話来たからびっくりしちゃったよ、あ、あはは……」

 わざとらしく笑う美紀に対して、雫は口を岩のように閉ざしている。

「美紀……挙動不審だよ」

 眞子は美紀に雫からの電話が入ったのが気に入らないのか、拗ねたようにむくれている。

「私はいつも通りだよっ」

 美紀の棒読みの台詞は明らかに妙だ、心なしか頬も赤い。

 鞠池第二病院のドアをくぐってもその調子は変わらない。稲穂は「今日は一人でいさせて欲しい」と部屋に閉じこもったきり、出て来なかった。

「いつもならもっと雫さんにくっついているのに」

「く、くっつく!? や、やだなぁ、そんなこと無いよー」

 明らかに機嫌が悪そうな眞子に戸惑いつつも笑いながら答える美紀。そんな二人を尻目に雫はエレベーターのボタンを押す。

「そ、そういう眞子だって! いつから赤根さんを名前で呼ぶようになったのよ?」

「だ、だって稲穂ちゃんと紛らわしいし……」

 エレベーターは他の階に止まることなく、すんなりと五階へ向かう。

 扉が開く。

 雫は騒ぐ二人を無視して、予め美紀を通じて栢野瑞葉から聞いた栢野津司がいるはずの病室へと向かう。

「ああ、大丈夫です。これは一時的なものです」

 雫が手をドアにかけようとすると中から聞こえる男の声。

「言わば放心状態に近いだけです。何、直ぐに眼も戻りますよ」

 途端、雫は眼を見開き、よろめきながら後ろ向きにドアから離れ、後ろにいる美紀に背中を預ける形になった。

「ひゃああ! あ、赤根さん!?」

 雫は口元に手を当て、そして吐く。

「雫さん!」

 眞子が駆け寄る。雫の眼には何も映っていない漆黒の闇のように、光が無い。

 雫はそのまま吐き続けた。

 胃の中身が無くなっても、胃液を吐き、肺にある空気をも吐き出すように。

 雫は病院の床に倒れこむ。

「雫さん!」

 眞子の悲痛な叫び声に、美紀はただただ呆然としていることしか出来なかった。



 * * *



 ああ、この音には覚えがある、人の想いの溢れる音だ。

 人の想い(重い)が満ちた音だ。

 その重い(想い)が抜け出して、俺の身体に入り込んで、俺が俺でなくなって。

 この手は血にまみれた。

 そして、大切な人と守りたかった人にまで刃を向けた。

 その狂気に

 闇に

 堕ちていった

 夢。

 胸が苦しい

 目眩がする

 吐き気がする

 ダレカが叫ぶ声がする。


 この温もりはカンジテハイケナイ

 だって俺は

 温もりを奪ってしまったから。

 だって俺は

『咎人』だから……


 * * *




『逃奏奔悩・了』


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