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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第二章『涙炎縛鎖』
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2.闇

 深夜の情けばかりの街灯の明かりしかない静まり返った住宅街の路地。

「はっ、はっ、はっ」

 響き渡る息切れの音。アルバイトから帰る途中だった彼はとにかく必死に走っている。その彼の右腕はだらしなく垂れ下がり血を滴らせていた。

「はっ、はっ、はっ、っっく」

 つばを飲み込んでも渇きなど止まらない。

 後ろには化け物が居る。

 化け物は彼の目の前で触れてもいないものを『握り』潰した

 化け物は彼を――――そうとしている

 その事実を考えたくないから、その事実が実現するのが怖くて彼は自慢の足を駆り立てた

「はっ、はっ、はっ、っつ!」

 しかし化け物からの逃亡劇もここまで。彼の目の前には袋小路(処刑場)が待っていた。

 壁は優に2メートル近くあり身長の低い彼には乗り越えることは叶わない。

「はっ、はっ、はっ」

 彼の動悸がさらに激しくなる

 後ろを振り返ると数少ない街灯が化け物の影を映し出していた。

 彼からは逆光になって姿は見えない

 その影は宣言した

「――――ツグナエ」

 途端、彼の全身に降りかかる圧搾感。

 プレス機に押し固められるような死の予感。

「あっ……ぐうっ!」

 声が出ることすら奇跡

「――――ツグナエ」

 その奇跡は狂気を湛えた瞳に睨みつけられ

「や、めろ ――――ツ…シ――――!」

 声も出なくなり

「――――ツグナエ」

「――――!!」

 彼は身体ごと人間としての尊厳ごと押しつぶされた。

「――――みんな、みんなツグナエ……」

 既に正気を失った『化け物』は

「その前にお前が償え」

 刀を手にした、藍染の和服を着た人間に振り返る。

「探す手間が省けたぞ、咎人(同類)

『白雪』を手にした雫は蒼い光を湛えた瞳で化け物を睨みつけた。しかし雫は眼を疑う。

「……宿主との『繋がり』の線が見えない? まさか……」

 雫は一つの可能性に思い当たり舌打ちをする。

「――――お前もツグナウカ?」

 瞬間、狂気を湛えた化け物の赤い視線から逃れるために角を曲がって逃げた。

 直後、化け物の視線上にあった車が歪みながら押しつぶされ、ガソリンの匂いが充満し、爆発する。

 そんなことに構わず雫は路地を細かく曲がりながら、念じて稲穂に連絡を取った。

 ――――稲穂聞こえるか?――――

 コンマ0秒で返事が来る。この通信方法は携帯なんかよりずっと便利だ。

 ――――何かあったの?――――

 ――――今回のやつは『有身(ありみ)』だった――――

 ――――空身を受け入れた『人間』だって言うの!?――――

 空身の宿主は空身に身体を狙われている。だが、空身が宿主に拒絶されなかった場合そのまま宿主の一部となる。そうして空身を取り込んだのが『有身』

 ただし通常、宿主は眼を背けたくなるような欲望や感情から生まれた空身を取り込むことはない。例外はあるにしても誰かの強制無しでは『人間の負』から生まれた空身は取り込まれることは無いのだ。

 刹那、雫の身体に化け物の赤い視線が向けられる。

 その視線は完全に雫の左腕を捉えていた。

「っち! 『魔眼』持ちはこれだから……!」

 雫は全身をばねの様に月の隠れた夜に跳躍する。

 その跳躍は闇夜に飛ぶカラスのように軽々と民家を跳び越え、雫は一瞬にして化け物から姿を消した。

「……あいつは危険だ」

 化け物は唖然とした後、しかし確かな手ごたえを感じ一言呟いた。

 そして口の端をゆがめたままその場を立ち去った。




 * * *



「赤……じゃなくて、充彦警部!」

 書類を持った町田が息を切らせ捜査本部にある充彦のデスクに駆け寄る。

「何だ、町田騒がしい」

満木(みつき)の住宅街で例の殺人がまた発生しました!」

 捜査本部にさざなみが立ったようなざわめきが生まれる。

「……で、何か進展は?」

 充彦が冷静に返すと町田は若干興奮した面持ちで話す。

「はい! 加害者と思しき人物が目撃されています」

「お前にしてはやたらと情報が早いな、珍しい。で、その人物は?」

 捜査本部は色めき立っている、こんな残虐で奇妙な事件の終わりが見えてきたのだからだろう。町田でなくても興奮するに決まっている、だからこそここは冷静にならなくてはならない。

「犯人が捕まるのも時間の問題だと思いますよ!」

「だから簡潔に……」

「金髪赤目ですが間違いなく日本人です。被害者が最後に『ツシ』と呟いていたという証言もあります。ここまでくれば……」

 充彦は町田の言葉を遮りデスクから立ち上がる。

「よし、一班は満木住宅街での更なる聞き込みをしてくれ! 二班は重要参考人として金髪赤目に該当する『ツシ』の捜索!」

「はい!」「行くぞ!」と言う頼もしい部下達は捜査本部から散っていく。

「三班は引き続き被害者の洗い出しを! もう二度と同じ被害者を出させるな!」

「了解!」

 これで終わりにしなければ三年前のように無実の人間が……罪人に

 雫のような人間が生まれてしまう

 もう彼のような人間を生み出さない、そう誓った以上ここでこの事件は終わらせる。

 

 * * *



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