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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第四章『夢想現会』
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4.夜の公園

 雫は夜の公園にいた。もちろん遊ぶという公園本来の目的ではなく野宿をするのに適当な場所、と感じたからである。雫は五メートルほど離れたベンチに寝転がる稲穂を見る。

「まだ怒ってるのか?」

「……あの時素直に泊めてもらえればこんな寒いおもいしないで済んだからね」

 稲穂は背中を向けていても分かるほど頬を膨らませている。

 雫はそんな稲穂に対して大きくため息をついた。

「なによ、何か文句でもあるの?」

「少しでも怪しいと思わなかったのか?」

 雫はベンチの上で身を起こし稲穂のほうを向く。稲穂は相変わらずふて腐って雫に顔どころか声すら向けようとしない。

 雫は返事を無視して続ける。

「第一に、動けなくなるほど腹が減ったのなら、何故白い洋服が汚れてすらいなかった?」

 稲穂は背を向けたまま

「第二に、あの屋敷は立地条件、建築様式など含めてありえないつくりだ。いかにも『ヨーロッパの貴族の屋敷です』とアピールしているようなものだからな」

 稲穂はようやく体を起こす。

「第三に、稲穂だけならまだしも、男の俺を家に招き入れるようなことをあの女性がするとおもうか?」

「男に見えなかったんでしょ、どうせ」

「その可能性は……否定出来ないな」

 雫は表情にこそ出さないものの声が酷く落ち込んでいるようにも見える。稲穂はベンチから降りて公園の中央に向かう。

「稲穂? どこに行くんだ」

「……御手洗い! この公園には人避けの結界を張ったんだからほかに誰もいない。心配する必要ないでしょ、いちいち聞かないでよ! 少しはデリカシーって言うものをもちなさい!」

 稲穂は雫に噛み付きそうなほど激しい口調でまくし立て背を向けた。

 雫はやれやれといった感じで空を見上げる。満天の星空に浮かぶ満月は夜の太陽と呼ぶに相応しい輝きを放っている。

 空を見上げていた雫の耳に目の前で砂利の音がする。雫は稲穂がなにか、忘れ物でもしたのかとおもったら全く予想外の言葉をかけられる。

「女顔のホームレス……?」

 明らかに稲穂ではない声。しかし確かに稲穂は結界を張ったといったはずだから他の人間がいるとは思えない。雫が空を見上げていた顔を正面に戻す。

 しかしあり得ない、と言う言葉ほど信用出来ない言葉はない。

 公園の虫のたかっている照明に照らされ、雫の目に映ったのは髪の毛を後ろで縛る雫と同じぐらいの歳の女子。夜中でも意外と目立っている黄色のフリースのパーカーと対照的な黒っぽいジーパンのようなものを身に着けている。

「初対面の人間に対してホームレスは無いと思うぞ?」

「じゃあ、家出少年」

「似たようなものだろう」

 奇妙な奴、としか雫の目には映らない。しかしそれ以上に雫は内心、現状に混乱していた。

「何でここにいる?」

「帰宅路だから」

「夜の公園は危ないぞ?」

「照明の無い路地を歩いて帰るよりかはましだよ?」

 返ってきた答えはあまりにも単純な理由、しかしそれで雫が納得できるはずは無かった。



 稲穂の張った人避けの結界は『拒絶』の部類に入る。結界の側、ないし内部にいる人の恐怖感、嫌悪感を煽り、その領域を避けさせるものだ。物理的な進入を拒むわけではないので確かに、迷い込む人間がいないとも限らない。

 雫が妙だと思ったのは目の前の彼女が不気味なほどにこやかであると言う事実。普通人避けの結果以内にいる人間には、結界師が指定した人間でなければ例外なく効力が及ぶ。しかし目の前の人間は身にまとわりつく湿気のような恐れや悪意、それらを露ほどにも感じていないことになる。

「まあホームレスにしても、家出にしても駄目だよ、こんなところで寝ちゃ!」

 目の前の彼女は人懐こい微笑を浮かべながら人差し指を雫に突きつける。

「特に襲われでもしたら大変だよ、一生後悔する、ウン、違いない」

 今度は腕を組み自分の言葉に頷くように首を縦に振るたびに束ねている髪の毛が揺れる。

「今日だって駅前商店街のほうで、誰かに襲われた三人組が救急車で搬送されたんだから、気を付けなさい!」

「五月蝿い、黙っていろ」

 雫は目の前の闖入者(ちんにゅうしゃ)に恐れを抱いたのか、はたまた面倒くさくなったのか、一喝する。

「人の親切に五月蝿い、は無いでしょ?」

 目の前の彼女は腕を組んだまま、やはり微笑みを見せている。しかし雫にはその微笑みが型にはめたような作り物のようにしか見えず、気味悪いことこの上ない。

「……取り敢えず、その笑顔やめておけ、似合わない」

 途端、目の前の彼女は組んでいた腕を解き、口は閉じることを忘れたように開いている。眼を丸くしている今の表情はかなり間抜けでも、さっきまでとは比べ物にならないほど人間味がある。しかしまるで時が止まったとでも言うように、雫の目の前の彼女は動かない。

「……何をじっとしている、さっさと家に帰れ、邪魔だ」

 雫は見かねて声をかけた。すると先ほどまでとは違い今度はそこに太陽が現れたかのように、にこやかな笑顔を浮かべる。

「うん、またね!」

 女子は公園の出口を目指してスキップするように駆けていく。束ねた髪の毛が犬の尻尾のように左右に揺れている。

「あ、そうそう!」

 180度回転して彼女は雫に再び声をかける。

「『女心』にご用心、だよ?」

 そう言った彼女は雫に背中を向ける。彼女の姿は公園を出たところで左に曲がり、消えた。



「わけが分からん」

 雫は今日だけで五回ほどは頭が割れているのではないか、と思えるほど頭を押さえる。

「ちょっと見ない間にやつれてない?」

「お前がいない間に変な奴と話していた」

 稲穂は「何つまらない冗談を言っているの?」と雫を馬鹿にしたように自分のベンチ(寝床)に戻る。

「稲穂、お前が早く帰ってきてくれればこんな疲れないで済んだんだ」

 その言葉に肩がピクリと僅かに震える。

「手洗いぐらいさっさと済ませろ」

 いつの間にか稲穂は雫の座るベンチの前に立ち、全身から陽炎が立ち上っているかと見間違うほどに戦慄いている。握られた拳は右手。昼にパンチングマシーンを撃退(粉砕)した拳だ。

 問答無用で大砲()が迫る。

 雫もそのまま黙って殴られる特殊な趣味は無いので、軽く横に避けていなす。頬に突風を感じ、雫と稲穂は数十センチと言う距離で顔を付き合わせる格好になる。

「女の子に御手洗いが長い、とか言わないの」

 眠さだけではない、と確信できる稲穂の据わった眼つきに雫も怯むことはない。

「それを先に口で言え、拳で語るな」

 雫の背後で砕けたベンチの背がとてつもなく哀れでならない。稲穂は本日二回目の器物損壊だというのに、全く気にしていない。それどころか雫の背後のさらに向こうに視線を向け、全く別のものを見ている。

「あれ? 私寝ぼけてるのかな」

 稲穂が目を擦りだしたところを見て雫も後ろを振り返る。

 暗い夜空に人影が跳躍している。

「稲穂、良かったな、野宿はキャンセルになるぞ?」

 稲穂は雫の顔に息がかかるほど大きなため息をつき、結界を解除した。

 この街に来た初日から、退魔師として働くことになるとは思わなかった二人は、呆れ顔で夜の街を駆ける。

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