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虚無の旋律  作者: 東屋 篤呉
第四章『夢想現会』
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2.開門

 電車の単調なリズムに身を預け、雫は車窓を見ている。稲穂は学校でもらった色紙とメッセージカード、そしてなかなかの力作と見える手作りアルバムを見て涙ぐんでいる。雫の目に次々と見たことの無い景色を映し出す電車の窓ガラスは、陳腐な映画フィルムのように、非常につまらない。しかし雫はほかにすることも無く、黒いロングコートを膝に抱えながら、そのつまらない車窓を見ていた。

 雫は稲穂とは対照的に、今まで住んでいた場所にあるのは悔やみきれない後悔と、数え切れないほどの罪だけ。それを背負ってこれから住む街に引っ越しする以上、生まれ育った街に未練など無い。

 電車は海岸沿いを走っていたが、前触れも無く、トンネルに入る。すると車窓は車内の様子を映し出す。退屈そうに窓を眺めている雫は、大分伸びてきた自分の黒髪にそっと触った。

 この髪は罪と悔恨の証、そして魔に落ちたある人物を見つけるための手段。当分の間は切ることはないだろう。

 電車は唐突にトンネルを抜ける。

 鏡となっていた車窓が突如水平線に沈む茜色の太陽からの光を取り込む。僅かな間だったとしても、暗闇に慣れた眼には厳しすぎるほどの眩しさに、雫は思わず眼を瞑る。

「うわぁ、すごい綺麗……」

 隣で呟く稲穂の声を聞き、うっすらと眼を開けてみる。

 青かった海は紅に染まり、真っ赤な太陽は半身が波に揺られている。雫は海の上に炎が揺らめくように見える光景から忌々しげに眼をそらす。

 ふと肝心なことに気が付き、雫は稲穂に声をかける。

「なあ、稲穂」

「なに雫『兄さん』?」

「気になったんだがお前は新住居の鍵、持ってるのか?」

 よく分からないといった表情で首をかしげる稲穂を見た雫の脳裏に、嫌な予感が響き渡る。新しく親となる赤根充彦は鋭い洞察力の反動か、信じられない大ポカをすることがある。

「……一応聞くけど、持っていないんだな?」

「うん」

 はっきりと頷く稲穂。財布の中を確認するが、漫画喫茶に泊まれそうなお金すら入っていない。これから住む家がマンションなら大家さんに事情を話せば入れてもらえるだろうが、これから住む家は一軒家、契約した不動産屋は充彦が一人で手続きを済ませていたから分からない。

「まさか……」

 稲穂もどうやら言葉の意味に気が付いたらしい、新たに兄妹となった二人はそれぞれ己の迂闊さを呪い、頭を抱えた。

「そのまさかだ、今日は野宿だな」

 稲穂からため息がこぼれる。ため息をつくと幸せが逃げる、とは良く聞く話だ。しかし幸せが逃げた後につくため息からは一体何が逃げていくというのだろう。

 桜のつぼみが見え出す時期。だがまだ雪が降りそうなそんな寒い季節、新天地の鞠池市で過ごす最初の夜、赤根兄妹の寝床は満天の星空の下での野宿の可能性が濃厚になった。

 そして列車は甲高い金属音を響かせ目的の駅に停車する。

 無言で各々のコートを着て、荷物を持つ雫と稲穂。

 稲穂は雫とは対照的な白いトレンチコートをはおり、初日の洋服と先ほどの色紙とアルバム、メッセージカードのみが入った、普通より少し大きめの、およそ女の子らしくない茶色い革の鞄を持つ。

 対して、雫の鞄はどちらかと言うと真っ黒で四十センチほどある長いスーツケース。これだけはどんなに邪魔でも間違っても引越し業者に持っていってもらうわけにはいかない。

 中身には二振りの刀が入っているからだ。

 一つは短く白い刃の刀『白雪』、稲穂と血の繋がった兄、久須志からもらった全ての繋がりを絶つ霊刀。

 もう一つは漆黒の刃を持つ刀、『閃黒』、雫の罪を体現したかのような全てを切り裂く因縁の妖刀。

 この二つの刀を持ってきた時点で過去を引きずっている、そう思ってしまった雫は無表情のまま鼻で自分を嘲り笑う。

 自動改札に吸い込まれた切符は、これから入り込む陰気な顔をした二人がどんな人間かも知らず、門を開けた。




 落ち込んだ顔をしていたはずの雫と稲穂の二人は、更なる追い討ちを受け、疲れ切ったような顔をしている。

「ねぇ、彼女達、見かけない顔だね? 良かったら一緒にあそばない?」

 傍目から見れば雫は怒り疲れ、稲穂は呆れ疲れ、と見える。ただ興味から染めたように見えるライトブラウンの短髪男三人組は、事もあろうに、駅を降りた先にある建設中のマンションの工事現場から雫と稲穂に付きまとっている。

 ナンパのつもりか、それとも本気で惚れたのか、三人組の男達はずっと無視する二人を駅から百メートルほど離れたちょっとした繁華街までついてきた。

 駅の前が寂れていて、駅から少し離れたところが栄えている、と言うのも少しおかしな話だがこの街は事実そうなのだ。こういう星の巡り会わせだったのだろう。

「ねえ、何とか言ってくれよー。あ、もしかして警戒してる? 大丈夫、俺たちは怪しいやつじゃないからさ」

「……だってさ、雫兄さんどう思う?」

「怪しいし、信用ならない」

「ゲームセンターもそこにあるからさ、少しだけでも遊ぼうぜー」

 雫と稲穂は顔を見合わせて、会話の成り立たない相手に対して、今日何度目になるかも分からないため息をつく。

「仕方が無い、お前らが勝負に勝ったらちょっとだけ付き合ってやる」

「ちょっ、雫兄さん本気?」

「大丈夫だ、お前なら絶対に負けない」

 当然だろう、と言う表情で雫は長いスーツケースを立てて足を止める。

「パンチングマシーンが見えた、あれでお前が負けるはずが無い」

「……この街に来て早々私に器物損壊を起こせっていうの?」

「奴らを置いてトンズラすれば問題ない」

 稲穂は今日一番大きなため息をつき茶色の鞄に入った荷物を雫に放り投げる。放り投げられた荷物は見事に雫の腕の中に納まった。

「……いいよ、私もこいつらに嫌気さしてたし、さっさと消えて欲しいから『全力』、出すからね」

 今度は雫が稲穂に負けずとも劣らない大きなため息をつく。

「加減をしろよ」

「無理、出来ない。色々むしゃくしゃしているから」

 雫はそう言い放った稲穂にため息をついて、一緒にゲームセンターの中に入る。茶色い短髪の男は雫に対してしつこいぐらいにアプローチをかけてくる。

 彼はしつこく、長々といろいろな話をするが、要約すれば「俺は君に興味がある」と言う内容しか言ってないあたり程度が知れる。しかも雫が男であるということに全く気が付いていないあたり、人の話を聞かない俺々人間なのだろう。

 別にそこは雫の気にするところではないが、雫としてはただでさえ野宿しなければならないという最悪の日に、ここまで無益な時間を過ごしたいと思うわけが無い。

「そんな下らない事を話すぐらいならもっと面白い話をしろ」

 その瞬間雫はいらだち紛れに言ってしまった自分のことばに舌打ちする。案の定、その男は水を得た魚のように目を輝かせ始めた。

「そうだねー! 実はこの辺さ……」

 雫は自分の愚かさを嘆きながら、煩雑な音の飛び交うゲームセンターの中、はるか遠くを見る眼でパンチングマシーンに興じる稲穂たちを見ている。

 先に男二人が遊んでその後に稲穂が『遊ぶ』と言うことになったらしい。

「吸血鬼が出るんだってさ」

「ああ、そう」

 そんなオカルトな話は退魔師と言う役柄、腐るほど触れる。気に留めておく必要はあるが、べつに興味をそそられるほどのものじゃない。

「しかも血を吸わせてくれれば出来る範囲内で願い事を叶えてくれるらしいぜ!」

「ああ、そう」

 もはや雫は目の前にある台本を棒読みするだけの大根役者のような返答しか返さない。

 途端、目の前から腹のそこまで響くような重低音が耳に届く。腰を抜かしている茶髪二人の目の前で、稲穂は右腕を正拳突きの体制のまま異様な威圧感を放ち、立っている。その腕の先に、拳を受け止めるはずのグローブがパンチ力を表示する液晶を貫き、そのパンチングマシーンはまるでアイスリンクの上を滑るように、一メートルほど動き、転倒した。

 その光景はパンチングマシーンと言う魔王を打ち砕いた女勇者と家来、といっても差し支えは無いだろう。実際、雫にとってもっとも嫌な時間を終わらせてくれたのだ、気を利かせて甘いものでも作っても罰は当たらないだろう。

「ほら、さっさと行くぞ」

 事態を飲み込んだ人々で騒然となっているゲームセンターから雫はやけにすっきりとした表情の稲穂と外に出る。もちろん唖然としたまま腰を抜かしている茶髪の三人組を放置したままで、だ。

 ゲームセンターの外に出ると、凍えるような寒い風が室内で増した不自然な熱を身体から奪い去る。

「さて、今日寝泊りできる場所を探すか」

 雫は白い息を吐きながら、黒く襟の高いコートに身を包み、隣の気分爽快、と言った表情を見せていた稲穂は一気に現実に引き戻され、肩を落とす。

 ふと雫たちの目の前を小さく黒い鳥のようなものがふらふらと横切り、店と店の間の路地に飛び込んでいった。

「……稲穂、俺は目が腐ったのか?」

「大丈夫、私にも見えたから」

 二人の前を横切ったのは夜行性のはずのこうもり。別段夕方に飛ぶこと自体は無いわけではない、商店街(こんなところ)にこうもりは巣を作るとは思えなかった。その先から聞こえる微かな空気の振動が雫の耳に届く。

「稲穂、俺は幻聴が聞こえた気がするんだが?」

 雫は口元が痙攣したのかと思うほど引きつっている。

「だ、大丈夫! 私も聞こえたから……」

 力強く稲穂は頷き、しかし聞こえてきた声に自信をなくしたように「多分」と呟いた。

「助けてください……だれか……」

 こうもりの飛び込んだ路地から聞こえる、とてつもなく弱々しい声は何処か小動物的な雰囲気を漂わせている。

 雫と稲穂はしてはいけない、とは思いつつもその路地を覗き込んだ。

 その路地にいたのはとても染めたとは思えない艶のある金髪を携え、モデルのようなボディラインの浮き出た見た目にも寒すぎる真っ白なニット。そして真紅のロングスカートを身に着けている一人の女性だった。その女性は膝を抱え、夕方の赤い光すら届かない路地裏にうずくまっている。

 途端に、その女性は二人のほうに髪の毛と同じ金色の瞳をむけた。金髪金眼といったら外国人を連想するがこの女性の顔立ちは完璧に日本人、そして予想に違わず、雫たちになまりの無い流暢な日本語で話しかける。

「お願いします……助けてください……」

 あまりにも弱々しくすがるような声、雫は見なかったことにしようと目を背け、その場を立ち去ろうとした。しかし雫は稲穂に服をつかまれ、その場にとどめられる。稲穂の眼は雫に対して笑顔のまま、無言の非難を訴えている。

「助けてといわれても何から助ければいいんだ?」

 雫は諦めたようにため息をつき、申し出を受ける。しかし女性は無言で答える気配が無い

「どうした、『助けて』は狂言だったのか?」

「――――かが」

 消え入るような声は良く聞き取れない

「おなかが減って……」

「……は?」

「おなかが減って動けないんです……」

 稲穂も流石に予想外だったのかぽかんと口を開き、雫の服を掴んでいた手も離れる。

 雫は額に手を当て憂鬱な表情を浮かべる。

「この街にはろくな奴がいないのか?」

 冷たい風が枯葉を無生命の地面(アスファルト)で転がす。

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