1.アカイイト
誰か渇きを癒してください
水をいくら飲んでも渇きが止まらないんです
一体この渇きは何処から来るのでしょう
砂漠に居ると錯覚してしまいそうに干からびた私の心は
満たす何かを求め続けています
誰か空っぽな私をうめてください
それ以外に何も望みません
早く
早く
お願いだから
『夢想現会』
* * *
僕は針を刺されるような、身体に染み渡る寒さの中、目を覚ました。
「ああ、またか……」
竹箒に今は主のいない犬小屋、そんなものが僕の周りを取り囲む。ここは家の外の倉庫だ。
体勢を変えようと身じろぎして激痛が走る。
僕は今日も叩かれたのだ、それでも痛みを感じないほど寒い。きっと外は雨ではなく雪が降っているだろう。このままなら僕はまず間違いなく凍え死んでしまう。
いや、その前に失血死してしまうだろう、身体の全身からこんなに血が出てしまったら。
「今日はここ? 本当に毎日酷い目にあうね」
心配するような声と共に倉庫の扉が開く。ほんの僅かな月の光ですら眩しく感じるが、それ以上に今日も彼女に出会えたことが嬉しい。
「ねえ、なんでそんな目に遭わせるあいつを憎まないの?」
「憎んだって……変わらないものはある」
僕は諦めたように呟いて
「でも君がいるからまだ生きよう、って思えるんだ」
この言葉に嘘偽りはないし誇張でもない。これは紛れもない真実であると共に、心が壊れないでいられる防波堤のようなものだ。
「……ありがとう」
それでも今ある体力に相応しく、弱々しい、けど心からの笑みを浮かべる。彼女はそんな僕を見て優しく微笑む。そして僕の頬に両手を当てて顔を近づける。
「いつもの、もって来たよ」
そう言って彼女は口付ける。
僕は寒くても桜色のままの彼女の唇の間に舌を差し入れ、ひな鳥が親鳥からえさをもらうときのように、彼女の口内をむさぼる。
幾度と無く繰り返されてきた生きるための行為。それはとても蕩けるように官能的で今、確かにここにある幸福と、快楽と、命を感じる。
僕と彼女との間に既に言葉はいらなかった。
寒空の下にある倉庫の中、延々と息の音しか聞こえない。
「……っはあ」
短すぎる永遠の幸福。それは口付けは息継ぎと共に終わる。
その口と僕の口には赤い糸が見えている。
その赤は命の色
鮮やかな生を知る色
そして僕はまたこの世にしがみ付くため、また永遠の幸福を求め
彼女を求めた。
* * *