ウグイスの鳴き方
今でも思い出す。高校入学時の自己紹介。
『春鳥 鳴(はるどり なる)です。よろしくお願いします』
わき上がる笑い声。先生が気まずそうに窘める。言葉の一つ一つが僕の胸に傷痕を付けた。
『声w』『たっか!』『女みてぇ!』『声変わり終わってないのかな……』
そんな事、自分が一番よくわかっている。
僕は世界を閉じた。
引きこもってから何日経っただろう。一ヶ月くらいは経ったかもしれない。
家族はそっとしてくれてる。でも、いつまでもこのままじゃいけない。だけど、何をどうすればいいのかわからなくて、ずっと部屋の中。
「このまま死ぬのかな……」
ベッドに仰向けになり呟く。相変わらず、高い声が憎い。
すると……。
「鳴~! カラオケ行くぞ~! 出てこ~い!」
ドンドンと扉を無遠慮に叩きながら声をかけるのは姉ちゃんだ。いきなりなんだっていうんだ。
「……」
僕は知っている。無視を続けると、姉ちゃんは永遠に扉を叩き続ける性格だと。
僕は渋々立ち上がって扉を開けた。
「何……」
小さな声でぼそりと言う。
「カラオケ行くっつってんだろ」
「いや、行かないし……」
「カラオケ代もフード代も奢ってやっからさ」
「……」
久々の外食に心が揺れる。
「行くぞ!」
姉ちゃんは僕の手を取る。
「行くなんて言ってな……!」
「しゅっぱ~つ!」
久々の外出は案外呆気なくできた。
「はあ……」
薄暗い部屋に光るモニター。カラオケの個室だ。机の上にはフライドポテト。
「つまんでていいから。さ~て、歌うぞ~!」
姉ちゃんはタッチパネルを操作して曲を入れる。イントロが流れ、姉ちゃんはおもいっきり歌った。楽しそうだ。
なんだか羨ましい。自分の声を精一杯出せるって。
その後も姉ちゃんは一人で何曲も歌った。ポテトをつまみながら、僕はウズウズしていた。
姉ちゃんは歌い終わるとマイクを僕に渡す。
「ん」
姉ちゃんにはなんでもお見通しらしい。
「……一曲だけだからね」
僕は好きな曲を入れる。画面に曲名が表示され、音楽が流れる。緊張しながら僕は息を吸い込み、声を出した。
景色が開(ひら)けた気がした。何日分の声を出しただろう。声を出す事が、こんな晴れ晴れした気分になるなんて。忘れてた。いや、知らなかったかもしれない。
曲が終わる。僕は息を弾ませる。そして姉ちゃんは拍手をした。
「うん! とっても良かった!」
「……」
姉ちゃんの感想はきっと忖度無しだろう。姉はそんな性格だ。
「ちょっと話そっか」
姉ちゃんはソファーに深く座り直す。
「姉ちゃんさ、鳴の声好きなんだ」
その言葉はきっと嘘でも慰めでもない。
「だから、鳴が傷ついて、引きこもって、悲しかった。何もできない自分が恨めしかった」
「姉ちゃんのせいじゃ……」
自分の行動が姉ちゃんにこんな事を思わせていたなんて胸が痛んだ。
姉ちゃんは首を振る。
「弟を守るのは姉ちゃんの役目でしょ」
「姉ちゃん……」
姉ちゃんはいつもそうだ。何も考えていない様で内心は他人の事を気遣っている。優しいんだ。
姉ちゃんはソファーに手を付いて上を向く。
「鳴の声を必要としてくれる人は絶対いるから。忘れないで」
「姉ちゃんみたいに?」
「そう」
姉ちゃんは笑う。
「そうだ! 鳴さ、歌手になったら?」
「歌手?」
やっぱり突拍子も無い事を言う。
「鳴の声を世界中に届けるの!」
「……って言っても歌そんなに上手くないし……」
「ウグイスってさ」
「?」
何故にいきなりウグイス? 姉ちゃんは大学で野鳥の研究をしているらしいけど何か関係あるのか?
そんな僕の疑問を姉ちゃんは気にせず話す。
「最初から『ホーホケキョ』って上手く鳴けないの。ホーとか、ケキョとか」
「へえ」
その豆知識がなんなのだろう。
「でも、一日に千回以上、二ヶ月も練習して上手くなるの。だからさ」
姉ちゃんは僕を真っ直ぐ見る。
「ウグイスを見習ってやんなさい」
「ウグイスを……」
「その根性出せる?」
姉ちゃんは拳を付き出す。
「……出す。約束する。僕は歌手になる」
僕も拳を出して姉ちゃんと拳を合わせる。
「よく言った!」
姉ちゃんは満面の笑みだった。
「次の方はナルさんです」
番組の司会者が僕を紹介する。
あれから何年も経って、僕はやっとの事で歌手になった。たくさんたくさん勉強して、練習して、やっと少し有名になれた。僕の声を好きだと言ってくれる人がたくさん増えた。変だって言われる事もあるけど、そんなのもう気にしない。
今日はテレビの音楽番組に出演する。
姉ちゃん、見てる?
「それではナルさんの曲……」
僕はウグイスになれたかな。
「『ウグイスの鳴き方』」




