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第6話(荒廃) 救護所を壊すな

 外に出た瞬間、空気が痛かった。


 砂埃の中、黒い影がうごめいている。

 人の形に近い。けど関節の曲がり方が変だ。

 目が赤い。数が多い。


「雑魚。だけど壊すには十分」


 しずが吐き捨てた。


 救護所の中では負傷者が呻いている。

 ここが壊れたら、助かる命が助からない。


 しずは笑った。

 不機嫌そうに。なのに、どこか嬉しそうに。


「――さぁ、片付けるよ」


「待て待て待て!」


 レオンが一歩前に出て叫ぶ。


「ここは前線じゃねえ! 病人がいる!」


 しずが即答する。


「だから守るんだよ」


 ミラが淡々と続ける。


「話してる時間はない。来る」


 その通りだった。


 黒い影の一体が地面を蹴って跳んだ。

 飛び方が気持ち悪い。体重がないみたいに軽い。


 ソラの背筋が凍る。


【カゲ】(いっぱい。いい。全部ちぎれ)


「ちぎるな!」


 ソラが叫んだ瞬間、影がしずへ飛びかかった。


 しずは避けない。

 腕を上げた。


 次の瞬間、しずの腕の皮膚の下がぶわっと膨らんだ。

 骨が鳴る。筋が走る。爪が伸びる。


 しずは人の姿のまま、腕だけ獣みたいになっていた。


「――邪魔」


 しずが殴った。


 影が潰れた。

 壁に叩きつけられて、砂埃に沈む。


 レオンが息を呑む。


「……しず、お前……」


「元からできるよ」


 しずは面倒そうに言った。


「でも長くやると面倒」


「面倒って何だよ!」


「バレる」


 短い答え。


 影が二体、三体、同時に来る。

 しずが舌打ちした。


「……数がうざい」


 ソラの胸の奥が笑う。


【カゲ】(うざいなら潰せ)


「お前が言うな!」


 ◇


 影の群れが、救護所の入口へ回り込もうとした。


「やめろ!」


 レオンが叫んで追う。

 間に合わない。


 その瞬間。


 しずの手首が、淡く光った。


 白い火花みたいなものが、ぱちっと弾ける。

 それが地面を滑って、救護所の前に細い線を引いた――ように見えた。


 影がその線を踏んだ瞬間、足が沈んだ。

 砂に取られたみたいに動きが鈍る。


「……なに、それ」


 レオンの声が震える。


 ミラが短く言う。


「守り」


 しずが自分の手首を見た。

 眉が寄る。


「……勝手に出た」


 そう言いながら、しずの目は明らかに動揺していた。

 “知らない力”じゃない。

 “戻るはずがない力”を見た顔だ。


 ◇


 影の一体が、しずの死角から跳んだ。


 爪がしずの脇腹に入る。

 黒い血が飛んだ。


「――っ」


 しずが一歩よろける。


 普通なら、ここで鈍る。

 普通なら、ここから崩れる。


 ……なのに。


 しずの手首が、また淡く光った。


 次の瞬間、裂けた肉がきゅっと閉じた。

 血が止まった。

 痛みが、引いたみたいにしずの肩が落ちる。


 しず自身が、目を見開いた。


「……は?」


 声が素で出た。

 怒りでも悪態でもない、本気の驚き。


 レオンが固まる。


「今……塞がった……?」


 ミラも、ほんの少しだけ目を細めた。


「……戻った」


 しずが歯を食いしばる。


「……やめろ、その言い方」


 でも、しずの声が震えている。

 嫌なのに、懐かしい。


 しずが小さく吐いた。


「……久しぶりだな、これ」


 次の瞬間、しずの動きが変わった。


 速い。

 さっきより半拍速い。


 重い。

 殴った瞬間、空気が潰れる。


 影が一体、反応できずに潰れた。

 二体目も、逃げる前に裂けた。


 しずが獣の口で笑う。

 笑い方が、昔を思い出したみたいに少しだけ柔らかい。


「……あー、最悪。懐かしい」


「最悪なのかよ!」


 レオンが叫ぶ。


 しずは叫び返す。


「最悪だよ! だってこれ、私が勇者様と――」


 言いかけて、しずが口を噤む。

 表情が一瞬だけ硬くなる。


 それでも足は止まらない。


 ◇


 ソラの胸の奥が騒ぐ。


【カゲ】(いい。もっと。もっと速く。もっと血。もっと熱い)


 ソラの手のひらが熱い。

 指先に火花が走る。


 しずが叫んだ。


「ソラ! 救護所から離れた! 好きにしろ!」


 その一言で、ソラの何かが外れた。


「……っ、来いよ!!」


 影が飛びかかる。

 ソラは避ける。最小限で。

 拳が影の顔面に入る。


 軽い。潰れる。骨が砕ける感触。


 ソラの胃がひっくり返りそうになる。


 でも胸の奥は笑っている。


【カゲ】(もっともっともっと。止まるな。止めるな。続けろ)


 影が二体、同時に来る。


 ソラが掌を突き出す。

 火花が散る。砂が舞い、瓦礫が跳ねる。

 影の足が沈む。動きが鈍る。


 その隙に、しずが飛んだ。


 しずの爪が影を裂く。

 ソラの掌底がもう一体の胸を潰す。


 影が崩れる。砂になるみたいに崩れる。


 レオンが息を呑んだ。


「……こんなの……勇者様と一緒に戦ってた時みたいだ」


 ミラが淡々と言う。


「戻ってる。……勇者契約」


 しずが吐き捨てる。


「言うな!」


 でも声が、少しだけ嬉しそうだった。


 ◇


 影はまだ来る。

 しずが舌打ちした。


「数、多い」


【カゲ】(いいね)


「よくねえよ!」


【カゲ】(よくないなら勝て)


 その瞬間、遠くで、空気が一段重くなった。


 広場の端。

 瓦礫の影が、ゆっくり立ち上がった。


 今までの影より一回り大きい。

 赤い目が、二つじゃない。四つある。


 呼吸が苦しい。


 レオンが唾を飲む。


「……本体」


 ミラが短く言った。


「来た」


 しずが獣のまま、低く唸った。


「やっと、まともなの」


 しずの手首の光が、まだ淡く残っている。

 懐かしさと嫌悪と興奮が混ざった顔で、しずは笑った。


「……久々に、全力で殴れる」


 ソラの胸の奥も笑う。


【カゲ】(行け)


 ソラは息を吸った。


 怖い。

 でも逃げたくない。


「……行く」

作中では「勇者様」と呼ばれる存在が過去にいました。しずはその時代に一度、同系統の契約を経験しています。

•今回の回復・“守り”の現象は、その感覚が一部戻ってきたことの表現です。理屈は今後も本文では引っ張り、必要なタイミングでだけ明かします。

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