第15話(平和) 火種の回収
くろえは、現場が騒がしくなるのが嫌いだ。
騒がしくなると、余計なものが寄ってくる。
余計なものは、だいたい面倒で、だいたい死ぬ。
だから今日は、最初から短く終わらせるつもりだった。
場所は港の外れ。
夜のコンテナ置き場。
潮の匂いと、機械油の匂い。
灯りはある。
でも、影が多い。
くろえはイヤホンを押さえた。
「状況」
『コンテナ三列目。赤いシール。
そこが“荷”の中継。人は七。武器は銃が主。
……あと、変な札を持ってるのが一人』
声はあやめだ。短い。切るような報告。
「承知いたしました」
くろえの背後に、残党が三人いた。
全員、拳銃。
そして小さな札。煙や目くらまし程度の弱い魔法しか出ない札。
くろえは囁く。
「撃つな。まず奪う。
撃てば騒ぎになる」
残党の一人が小声で返す。
「……相手が撃ってきたら?」
「その時は、運が悪い」
運任せの言い方を、くろえは好まない。
でも現場は、いつも運任せだ。
◇
赤いシールの貼られたコンテナの前。
男が七人。
いかにも“現場”の顔。
そのうち一人が、手のひらサイズの木札を指で弄んでいる。
カナメの部下だろう。
――前回の倉庫の匂いがする。
くろえは、真正面から歩いて行った。
堂々と。
怯えない。隠れない。
堂々としている方が、相手の判断を遅らせる。
「こんばんは」
くろえが言うと、男たちが一斉にこちらを見る。
「誰だ」
リーダー格が低い声を出す。
くろえは頭を下げた。
「回収に参りました」
「回収?」
「はい。“それ”の回収です」
くろえが指したのはコンテナ。
男たちの背中がわずかに固くなる。
やはり当たりだ。
リーダー格が笑った。
「帰れ。ここは“うち”の仕事だ」
くろえは微笑んだ。
「それは困ります。こちらは“壊す側”ですので」
「は?」
理解されなくていい。
理解されると面倒になる。
くろえが指を鳴らした。
――ぱち。
床を這うように白い煙が広がる。
視界だけ奪う弱い魔法。匂いだけ残る。
「煙!? ふざけんな!」
「撃て!」
銃声が鳴る。
くろえは息を吐いた。
運が悪い。
◇
弾がコンテナに当たり、金属音が響く。
火花が散る。
その瞬間、くろえの背筋が冷たくなった。
火花が――嫌な形で散っている。
コンテナの隙間から、黒い匂いが漏れた。
焦げた鉄。甘い腐臭。
人間の欲が形になったみたいな臭い。
木札を持っていた男が、笑った。
「やべ。開いちまった」
笑ってる場合じゃない。
くろえが一歩踏み出す。
「閉じてください」
「閉じねえよ。これ、売れるんだぞ」
その瞬間、コンテナの内側で、何かが“跳ねた”。
空気が重くなる。
男たちの動きが一瞬、固まる。
くろえは心の中で舌打ちした。
――出た。
ここで出るのは、最悪だ。
くろえの残党が銃を構える。
「撃ちますか!?」
「撃つな!」
撃てば、燃える。
燃えれば、もっと漏れる。
くろえは木札を弾いた。
煙を厚くする。視界を削る。時間を稼ぐ。
その時、コンテナの中から“腕”が出てきた。
人間の腕に見える。
でも長い。指が多い。関節が不自然だ。
腕が男の一人を掴んだ。
「う、うわ――!」
叫びは途中で途切れた。
喉が潰れる音。
そして、骨が折れる音。
男が床に落ちる。動かない。
くろえは息を止めた。
――殺した。
人間じゃないものが、簡単に人を殺す。
残党の一人が震え声で言う。
「……どうします」
くろえは淡々と答えた。
「回収を優先します。
そして――これ以上、出させない」
言葉は冷たい。
冷たいのは、怖いからだ。
◇
次の瞬間。
コンテナの上に、火花が落ちた。
ぱち、ぱち、ぱち。
小さな光が連なって、短い線になる。
くろえは一瞬、目を閉じた。
――来るな。
でも来た。
影が、音もなく降りた。
黒いフード。
顔は見えない。
くろえは名前を呼ばない。
呼べない。
フードの男は、煙も銃も腕も気にしない。
ただ、コンテナの“口”へ手を向けた。
掌が淡く光る。
光は熱を持たない。
なのに、空気が焼ける匂いを出す。
フードの男が、指を曲げる。
――光の鎖が走った。
コンテナの隙間へ、何本も。
内側の“腕”が引き戻される。
嫌な引きずり音がして、腕がコンテナの中へ消えた。
フードの男が、掌を叩きつけた。
光の膜がコンテナを包む。
扉の隙間が、溶けるみたいに閉じていく。
暴れていた匂いが、急に薄くなる。
リーダー格が叫ぶ。
「何だよそれ!! 魔法か!?」
フードの男は答えない。
代わりに、手を軽く振った。
光の衝撃が走る。
男たちがまとめて後ろへ転がる。
骨が折れる音が混じった。
コンクリに頭を打って動かなくなった男もいる。
くろえは目を逸らさなかった。
現場では、こうなる。
止められない。止めても意味がない。
残党が呆然と呟く。
「……あれ、誰ですか」
くろえは答えない。
答える必要がない。
フードの男は、コンテナの扉へ指先を当てた。
鍵を開けたわけじゃない。
“開くべきところだけ”が開いた。
隙間から、黒い欠片が数個、浮いて出てくる。
鉄粉みたいに小さい。
でも、見てるだけで嫌になる。
フードの男は欠片をまとめて、光で縛った。
そして、くろえの足元へ落とした。
くろえはそれを布で包む。
「……回収完了」
口に出したのは、自分を落ち着かせるためだ。
◇
リーダー格が立ち上がろうとして、膝をついた。
顔が歪んでいる。怒りと恐怖が混ざってる。
「……おい。俺たちの“荷”だぞ……!」
フードの男が、初めて顔を向けた。
影の中の声は低い。
「……触るな」
それだけ。
リーダー格は震えた。
武器を探す目をした。
でも武器は落ちている。手も震えている。
フードの男は、もう興味を失ったみたいに背を向けた。
足元の光の線が、ふっと消える。
次の瞬間、フードの男の姿が影に溶けた。
煙と暗がりの境目が揺れただけで、いなくなる。
くろえは深く息を吐いた。
――助かった。
だが、助けられたこと自体が面倒だ。
あやめが無線で言う。
『回収できた?』
「できました」
『なら撤収。今すぐ』
くろえは頷いた。
「撤収します」
残党がうなずき、銃を収める。
くろえは最後に、コンテナを見た。
光の膜は消えている。
でも、扉は閉じたままだ。
あれは“封じた”のか、ただ“黙らせた”だけか。
分からない。
分からないのが、現場だ。
◇
車に乗り込む直前、くろえは一度だけ振り返った。
倉庫街の影は深い。
どこにもフードの男はいない。
なのに、いる気がする。
くろえは小さく頭を下げた。誰にも見えないように。
そして走り出した。
今夜もまた、世界が少しだけ整ってしまった。
その事実が、薄気味悪くて――だから、仕事は終わらない。




