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第10話(荒廃) 勇者って呼ぶな

救護所は、まだ立っていた。


 布は裂けている。

 寝台は一つ倒れている。

 でも、負傷者は生きている。呻き声も、呼吸もある。


 それだけで十分だった。


 しずが救護所の入口に立って、息を吐いた。


「……よし」


 その一言が、勝利宣言みたいに聞こえた。


 レオンが駆け寄って、布を押さえながら叫ぶ。


「中の人たち、無事だ! 死んでねえ! やった!」


 ミラは周囲を見回したまま言う。


「被害、軽い。運がいい」


「運じゃない」


 しずが短く返した。


 自分の手首を見て、指で軽く叩く。

 淡い光は、もう消えかけている。


 それでも、残る感じがある。

 体の奥に引っかかる何か。


 しずは、それを嫌がるみたいに手を振った。


「……もういい」


 ソラは救護所の壁にもたれて、息を整えた。


 腕が重い。

 足が震える。

 吐き気もある。


 なのに胸の奥だけは、まだ落ち着かない。


【カゲ】(次)


 ソラは返事をしない。

 返したら増える。増えたら終わる。


 ◇


 負傷者の一人が、しずを見て声を出した。


「……助かった……」


 しずは顔を向けないまま、包帯を投げる。


「巻いとけ。動くな」


 言い方は冷たい。

 でも、手は速い。


 レオンがソラの肩を掴んで、目を輝かせた。


「ソラ! お前、見たか? しずの――」


 ミラが被せる。


「言うな。本人が嫌がる」


 レオンが口を尖らせる。


「でも、事実だろ! あれは勇者様の――」


「言うなって」


 ミラの声が少しだけ強い。


 しずが、ようやく振り向いた。


「……話すなら外でやれ」


 レオンが一瞬だけ黙って、すぐに勢いを落とさず言った。


「だってよ。希望だろ。やっと――」


 しずが睨む。


 目が怖い。

 睨みの強さが、戦場のそれ。


 レオンは口を閉じた。珍しく。


 ◇


 救護所の奥。

 しずがソラの腕を取って、傷口を確認する。


 手際がいい。

 雑談がない。必要なことだけ。


「……爪の残り、抜けてる。よし」


「俺、死なないか?」


 ソラが聞くと、しずは即答した。


「死ぬ時は死ぬ」


 優しさゼロ。


 でも次の一言が、少しだけ柔らかい。


「……今日は死なない」


 ソラは息を吐いた。


 しずがソラの手首のあたりを見て、眉を寄せる。

 淡い痕。もう光ってないのに、そこにある。


 しずは指で軽くなぞって、舌打ちする代わりに短く言った。


「……厄介」


 レオンがそこへ入ってきて、名乗るみたいに胸を張る。


「改めて言う! 俺はレオン! 勇者様の召喚獣だった!」


 しずがソラを見たまま言う。


「……知ってる。うるさい」


 ミラも入ってくる。相変わらず静か。


「ミラ。勇者様の召喚獣。……ソラ、あんた」


 ミラの目が、ソラの手首に落ちる。


「光った。しずが言った。だから――」


 レオンが食い気味に言う。


「勇者だ!」


 ソラは即答した。


「違う」


「違わない!」


 レオンが言い切る。


「光ったんだぞ! 勇者様の印が! あれは……あれは間違いない!」


 ソラは頭を抱えた。


「俺は昨日までただの一般人なんだよ……」


 ミラが淡々と返す。


「この世界に“昨日まで”は通じない」


 正論が刺さる。


 しずが会話を切るみたいに言った。


「……ソラは勇者じゃない」


 レオンが目を見開く。


「しず!?」


 しずは淡々と続ける。


「勇者って呼べば勝手に強くなるわけじゃない。

 呼び名で腹は満たされない。敵は減らない」


 ソラは少しだけ救われた気がした。


 しずが言ったのは正論だ。

 この世界は言葉だけじゃ生き残れない。


 でも、レオンは諦めない。


「じゃあ、勇者様みたいに強くなればいい!」


 ソラの胃が痛い。


 ミラがレオンを止める。


「煽るな。壊れる」


 壊れる。

 ソラはその単語に反応した。


 胸の奥が、くすっと笑う。


【カゲ】(壊せ)


 ソラは返事をしない。

 ただ、背筋が寒くなる。


 ◇


 外が静かになった頃。


 ミラが救護所の入口で立ち止まって言った。


「……臭いが残ってる」


「斥候の?」


 レオンが聞く。


「違う。もっと重い」


 しずが立ち上がった。

 救護係の顔じゃない。


「……本隊?」


 ミラが頷く。


「近い。今日じゃない。……でも来る」


 レオンが歯を食いしばる。


「くそ。間に合うのか」


 しずがソラを見る。


 その視線は、試す目じゃない。

 “使えるかどうか”を測る目でもない。


 もっと現実的な目。


「ソラ。次は逃げない方がいい」


「……無理だろ」


「無理でもやる」


 しずは短く言った。


「居場所は、逃げたら消える」


 ソラは息を呑んだ。


 居場所。

 それはソラが欲しがったものだ。


 しずが、救護所の布を押さえ直す。


「ここを守る。

 そのために、動く」


 レオンが拳を握った。


「俺もだ!」


 ミラが淡々と言う。


「私も」


 ソラは黙って頷いた。


 胸の奥が、楽しそうにざわついた。


【カゲ】(来る)


 ソラは返さない。

 ただ、来るなら――今度は逃げ切れないと、どこかで分かっていた

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