事件の前と後
魔術師ガーボルは、巻き戻った翌日にわたくしに接触してきた。
そこで、色々と教えてもらったのだ。
わたくしの死がどう扱われたか。マールトンとカタリンの結婚生活とか。
わたくしの両親は、特に変わりなく生活していたようです。仕事があれば、幸せなのでしょう。
ガーボルは、普段は街の小さな魔道具店で、主に魔道具修理を請け負って生活している。
時々、騎士団の依頼で協力したり、便利屋みたいなこともやっている。令状を取るほどの確証はないが、とても怪しい状態の時にこっそり魔術的な鑑定してあげるとか。
そうすると、逆の時に便宜を図ってもらえたりして、比較的自由に暮らしているそうだ。
今回、わたくしもその伝手にずいぶん助けられたわ。
彼と初めて会ったのは、「珍しい魔道具に興味はありませんか」と自宅に突撃してきたときだ。
執事たちも、魔道具関係の客にはあまり警戒しない傾向がある。
魔術師は変わり者が多く、ビジネスチャンスを一度逃すと、再度縁を繋ぐのが難しいのだ。
両親も兄もいない時間にやってきたので、わたくしが応接室で対応した。
色とりどりの花が咲く魔道具や、紅茶を淹れてくれるぬいぐるみなど、実用性があるのかないのか微妙な品ばかり。
この魔術師はハズレだと思ったところで、奇妙なことを耳打ちされた。
「マールトン・ヘーデルヴァーリから、イロナ・セーケイを生き返らせる依頼を受けた。
成功したと考えていいかな?」
情報を求めていたわたくしは、飛びついた。
「そうね。そう考えていいと思うわ」
事情を知らない者たちには聞かれたくない。
侍女に「魔道具の機構についてお話を聞くので、下がって」と命じる。
よくあることなので、侍女は壁際まで下がり、耳栓をした。
まずは、お互いの認識をすり合わせる。
わたくしはカタリンに毒殺された。だが、一般には自殺と思われている。
マールトンはわたくしの死後にカタリンと結婚したが、彼女の不貞を知り、人生をやり直したいと考え、時間を巻き戻した。
「カタリンと離婚して、再婚すればいいと思うのだけど。まだ二十代の男性なんだし」
「さあ? そこはどう考えていたのか深く聞いていない。
僕としては、古代の魔道具を使わせてもらえるなら、なんだっていいんだ」
本当にマールトンに興味がないのだろう。
「それでは、なぜわたくしに接触してきたの?」
「事情を知らなかったら、ビックリするだろうし、怖いだろう?」
「ええ、わけが分からなくて、怖かったわ。来てくれて、ありがとう」
夢か現実かわからない状況など、不安しかない。
「どういたしまして。君は前回二人に振り回された。今回も、それじゃあ可哀想かなって」
「マールトンには記憶があるのよね? わたくしにも記憶があるって知っているのかしら?」
「いや、知らない。というか、僕も君に訊くまで、記憶がある確率は半々だと思ってた」
「なら、知らないふりをして、様子を見てみるわ」
「じゃあ何かあったら、魔道具が壊れたって修理に呼んで」と、ちゃっかり持ってきた物を売りつけられた。
疑われずに会合を開くための小道具だから、必要経費かしら。
それからは、修理をするフリをしながら、情報交換を重ねた。
「マールトンは、少しカタリンに冷たくなったかもしれない。ほんの少しだけ。
今まで無視していたわたくしに、挨拶だけはするようになったわ。死ぬ前のわたくしだったら、喜んだでしょうね。
だけど、正気に返ってしまえば、あんな男ちっとも魅力がないのだもの。目障りだから、近くに来ないでほしいわ。
以前のようにカタリンとイチャついていればいいのよ」
「それだけか?
反省して婚約者らしくなるとか、カタリンに注意しろって忠告するとか。せっかく巻き戻ったんだからさ」
「特にないわね。
計画を立てたり、前もって準備したりできない人なのよ」
「巻き戻る方法を調べているときも、『早くしろ』と文句を言うばかりで、協力しなかったな。
カタリンとも離婚しようとしてなかったし」
「ああ、『どうせ巻き戻るから』とか、そんな感じでしょうね。本当に自分の子じゃないのか、調べようともしないで過去に逃げてきたのかも」
そう簡単に人は変わらないわね、とため息が出た。
「死んだときの症状からすると、毒薬の候補はこれだね。
どうするか、考えはまとまった?」
「……わたくしは、あの二人に復讐をします。わたくしを裏切って、影で笑いものにした分を後悔させたい」
「それなら、あちらが先に動くのを待って、返り討ちにしよう」
わたくしの家の応接間で、こんな物騒な密談が何度か行われた。
時々、「君、変わってるね」とか「面白い。いいね」とか言われながら。
魔術師の方がよっぽど変わっているけれど、言っても無駄だから黙っていた。
その毒薬の材料を婚約者マールトンの部屋に仕込んだのはわたくしだ。
カタリンとデートをしている日に彼の家を訪問し、「課題をやっておけと言われたのですが」と困った顔を作る。
過去に何度もあったことなので、使用人はわたくしを彼の私室に案内してしまう。
今まで、わたくしをいいように利用してきた罰だわ。
机の裏、クローゼットの隅、ベッドの下に材料を置いた。誰かが入ってきませんようにと、心臓をばくばくさせながら素早く動く。
あとは、掃除されないことを祈るしかない。
せっかくの人生。やり直しの機会をもらったのに、あんな信用できない男と歩むのは嫌だもの。
ドレスアップしても似合わないと貶されたり、歩くのが遅いと乱暴なエスコートをされたり。紳士として最低の男。
婚約してから、自己暗示で「好き」と思い込むようにしてきただけ。
極まれに優しくされたときは感動した。こちらが彼の本性だと信じて、「またあの優しさを見せてくれますように」と真剣に祈った。
カッコいいところを見たら、「流石だわ」と喜びをかき立てるよう努力した。消えそうな火種に慎重に風を送るような、職人級のテクニックだ。消えないように、燃え上がるように。
彼が怒り出さないように顔色をうかがい、ご機嫌を取っていた。怒られずに済んだ日は、「婚約者が穏やかでいてくれたおかげで、幸せでした」と謎の感謝を捧げた。
涙ぐましい努力だったわ。
そのあげくに、横からかっさらわれたら、虚無になるわよね。
駄馬の世話を一生懸命していたのに、駄馬に「お前嫌い」って蹴られたようなもの。
ショックだったけど、それは別に愛じゃない。費やした時間が無駄だったのが、悔しいだけだわ。
心の底では彼を「困った子だ」と見下していた。彼もそれを感じていたかもしれない。
それでは、お互いに愛が育つわけないわね。
誠意を持って、愛情深く接したら心は通じる――そんなふうに考えて現実から目を反らしていた、前回の自分を殴りたい気分だわ。
壊れた器に水を注ぐように、無駄なものは無駄なのよ。
殺人未遂事件から一ヶ月経ち、また修理しながらの情報交換。
「巻き戻して捕まっちゃったんだから、巻き戻さない方がマールトンにとってはよかったんじゃない?」
巻き戻し損というか。
浮気されただけの男から、禁術使用の犯罪者になってしまったわけで。
わたくしにとってはどちらが幸せなんだろう。
疑いなく、「どんな人でも愛せるはず」と希望を持っていた前回。
欺されないように慎重に行動して、生き延びたけれど、人間不信になった今回……。
「そうだね。巻き戻せば何でも上手くいくわけじゃない。チャンスを活かせない人もいるってことさ」
魔術師は、平然と言い放った。
もしかして、この人だけが得をしてるんじゃないかしら。
愚かな婚約者が、何をしたかったのか――わたくしには結局、理解できなかった。
魔術師は修理を終えた帰り際「僕が次に来るまで、次の婚約者は決めないでね」と、謎の言葉を残していった。
それから半年。
「それで、なぜ、わたくしはあなたとお見合いをしているのかしら?」
「それは、僕がとても優秀な魔術師だと評判になって、魔術爵を得たからだね。平民の魔術師よりも、君と釣り合いがとれているだろう?
七ヶ月前の、巻き戻り事件で活躍した功績も大きかった。つまり、君との共同作業の成果だよ。
僕たち、相性がいいと思うんだよね」
にんまりと、魔術師が笑った。
2025年12月6日 追記、修正




