表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一月前に戻ったので、今度はわたくしから仕掛けます  作者: 紡里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

事件の前と後

 魔術師ガーボルは、巻き戻った翌日にわたくしに接触してきた。

 そこで、色々と教えてもらったのだ。


 わたくしの死がどう扱われたか。マールトンとカタリンの結婚生活とか。

 わたくしの両親は、特に変わりなく生活していたようです。仕事があれば、幸せなのでしょう。



 ガーボルは、普段は街の小さな魔道具店で、主に魔道具修理を請け負って生活している。

 時々、騎士団の依頼で協力したり、便利屋みたいなこともやっている。令状を取るほどの確証はないが、とても怪しい状態の時にこっそり魔術的な鑑定してあげるとか。

 そうすると、逆の時に便宜を図ってもらえたりして、比較的自由に暮らしているそうだ。


 今回、わたくしもその伝手にずいぶん助けられたわ。



 彼と初めて会ったのは、「珍しい魔道具に興味はありませんか」と自宅に突撃してきたときだ。

 執事たちも、魔道具関係の客にはあまり警戒しない傾向がある。

 魔術師は変わり者が多く、ビジネスチャンスを一度逃すと、再度縁を繋ぐのが難しいのだ。



 両親も兄もいない時間にやってきたので、わたくしが応接室で対応した。


 色とりどりの花が咲く魔道具や、紅茶を淹れてくれるぬいぐるみなど、実用性があるのかないのか微妙な品ばかり。

 この魔術師はハズレだと思ったところで、奇妙なことを耳打ちされた。


「マールトン・ヘーデルヴァーリから、イロナ・セーケイを生き返らせる依頼を受けた。

 成功したと考えていいかな?」


 情報を求めていたわたくしは、飛びついた。

「そうね。そう考えていいと思うわ」


 事情を知らない者たちには聞かれたくない。

 侍女に「魔道具の機構についてお話を聞くので、下がって」と命じる。

 よくあることなので、侍女は壁際まで下がり、耳栓をした。



 まずは、お互いの認識をすり合わせる。

 わたくしはカタリンに毒殺された。だが、一般には自殺と思われている。

 マールトンはわたくしの死後にカタリンと結婚したが、彼女の不貞を知り、人生をやり直したいと考え、時間を巻き戻した。


「カタリンと離婚して、再婚すればいいと思うのだけど。まだ二十代の男性なんだし」

「さあ? そこはどう考えていたのか深く聞いていない。

 僕としては、古代の魔道具を使わせてもらえるなら、なんだっていいんだ」

 本当にマールトンに興味がないのだろう。


「それでは、なぜわたくしに接触してきたの?」

「事情を知らなかったら、ビックリするだろうし、怖いだろう?」

「ええ、わけが分からなくて、怖かったわ。来てくれて、ありがとう」

 夢か現実かわからない状況など、不安しかない。


「どういたしまして。君は前回二人に振り回された。今回も、それじゃあ可哀想かなって」

「マールトンには記憶があるのよね? わたくしにも記憶があるって知っているのかしら?」

「いや、知らない。というか、僕も君に訊くまで、記憶がある確率は半々だと思ってた」

「なら、知らないふりをして、様子を見てみるわ」



「じゃあ何かあったら、魔道具が壊れたって修理に呼んで」と、ちゃっかり持ってきた物を売りつけられた。

 疑われずに会合を開くための小道具だから、必要経費かしら。




 それからは、修理をするフリをしながら、情報交換を重ねた。


「マールトンは、少しカタリンに冷たくなったかもしれない。ほんの少しだけ。

 今まで無視していたわたくしに、挨拶だけはするようになったわ。死ぬ前のわたくしだったら、喜んだでしょうね。

 だけど、正気に返ってしまえば、あんな男ちっとも魅力がないのだもの。目障りだから、近くに来ないでほしいわ。

 以前のようにカタリンとイチャついていればいいのよ」


「それだけか? 

 反省して婚約者らしくなるとか、カタリンに注意しろって忠告するとか。せっかく巻き戻ったんだからさ」


「特にないわね。

 計画を立てたり、前もって準備したりできない人なのよ」


「巻き戻る方法を調べているときも、『早くしろ』と文句を言うばかりで、協力しなかったな。

 カタリンとも離婚しようとしてなかったし」


「ああ、『どうせ巻き戻るから』とか、そんな感じでしょうね。本当に自分の子じゃないのか、調べようともしないで過去に逃げてきたのかも」

 そう簡単に人は変わらないわね、とため息が出た。


「死んだときの症状からすると、毒薬の候補はこれだね。

 どうするか、考えはまとまった?」


「……わたくしは、あの二人に復讐をします。わたくしを裏切って、影で笑いものにした分を後悔させたい」


「それなら、あちらが先に動くのを待って、返り討ちにしよう」


 わたくしの家の応接間で、こんな物騒な密談が何度か行われた。

 時々、「君、変わってるね」とか「面白い。いいね」とか言われながら。

 魔術師の方がよっぽど変わっているけれど、言っても無駄だから黙っていた。




 その毒薬の材料を婚約者マールトンの部屋に仕込んだのはわたくしだ。

 カタリンとデートをしている日に彼の家を訪問し、「課題をやっておけと言われたのですが」と困った顔を作る。

 過去に何度もあったことなので、使用人はわたくしを彼の私室に案内してしまう。


 今まで、わたくしをいいように利用してきた罰だわ。


 机の裏、クローゼットの隅、ベッドの下に材料を置いた。誰かが入ってきませんようにと、心臓をばくばくさせながら素早く動く。

 あとは、掃除されないことを祈るしかない。




 せっかくの人生。やり直しの機会をもらったのに、あんな信用できない男と歩むのは嫌だもの。


 ドレスアップしても似合わないと貶されたり、歩くのが遅いと乱暴なエスコートをされたり。紳士として最低の男。

 婚約してから、自己暗示で「好き」と思い込むようにしてきただけ。

 極まれに優しくされたときは感動した。こちらが彼の本性だと信じて、「またあの優しさを見せてくれますように」と真剣に祈った。

 カッコいいところを見たら、「流石だわ」と喜びをかき立てるよう努力した。消えそうな火種に慎重に風を送るような、職人級のテクニックだ。消えないように、燃え上がるように。

 彼が怒り出さないように顔色をうかがい、ご機嫌を取っていた。怒られずに済んだ日は、「婚約者が穏やかでいてくれたおかげで、幸せでした」と謎の感謝を捧げた。


 涙ぐましい努力だったわ。

 そのあげくに、横からかっさらわれたら、虚無になるわよね。


 駄馬の世話を一生懸命していたのに、駄馬に「お前嫌い」って蹴られたようなもの。

 ショックだったけど、それは別に愛じゃない。費やした時間が無駄だったのが、悔しいだけだわ。



 心の底では彼を「困った子だ」と見下していた。彼もそれを感じていたかもしれない。

 それでは、お互いに愛が育つわけないわね。

 誠意を持って、愛情深く接したら心は通じる――そんなふうに考えて現実から目を反らしていた、前回の自分を殴りたい気分だわ。

 壊れた器に水を注ぐように、無駄なものは無駄なのよ。




 殺人未遂事件から一ヶ月経ち、また修理しながらの情報交換。


「巻き戻して捕まっちゃったんだから、巻き戻さない方がマールトンにとってはよかったんじゃない?」


 巻き戻し損というか。

 浮気されただけの男から、禁術使用の犯罪者になってしまったわけで。



 わたくしにとってはどちらが幸せなんだろう。

 疑いなく、「どんな人でも愛せるはず」と希望を持っていた前回。

 欺されないように慎重に行動して、生き延びたけれど、人間不信になった今回……。


「そうだね。巻き戻せば何でも上手くいくわけじゃない。チャンスを活かせない人もいるってことさ」

 魔術師は、平然と言い放った。


 もしかして、この人だけが得をしてるんじゃないかしら。


 愚かな婚約者が、何をしたかったのか――わたくしには結局、理解できなかった。



 魔術師は修理を終えた帰り際「僕が次に来るまで、次の婚約者は決めないでね」と、謎の言葉を残していった。




 それから半年。

「それで、なぜ、わたくしはあなたとお見合いをしているのかしら?」


「それは、僕がとても優秀な魔術師だと評判になって、魔術爵を得たからだね。平民の魔術師よりも、君と釣り合いがとれているだろう?

 七ヶ月前の、巻き戻り事件で活躍した功績も大きかった。つまり、君との共同作業の成果だよ。

 僕たち、相性がいいと思うんだよね」


 にんまりと、魔術師が笑った。


2025年12月6日 追記、修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ