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一月前に戻ったので、今度はわたくしから仕掛けます  作者: 紡里


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イロナ、助けて!

 実家に見捨てられたマールトンから、イロナに手紙が届いた。


 わたくしが殺される原因を作り、二度目の今回も未然に防止できなかったくせに。


「君のために時間を巻き戻したのだから、私の罪ではないはずだ」と書いてありますね。禁術を許すかどうかは、裁判所が判断するでしょう。わたくしの知ったことではないわ。


「情状酌量の余地があると訴え出てくれ」ですって? 余地……あるのかしら?

 罪を犯してしまったのも仕方ないと思える事情、よね。一つも思いつきませんわ。



 あまりにも自分勝手な手紙に腹が立ち、ぐしゃりを握りつぶした。


 そもそも、婚約者であるわたくしを虚仮にして、浮気をしたことを反省して謝罪するべきでは? そういうことは一言も書いていなかった。




 一度目のわたくしなら、「わたくしだけが頼りなのね」と喜んで訴え出たかもしれない。そう考えると、わたくしも愚か者だったわね。

 親に「婚約者と仲良く」「好かれるように自分を磨きなさい」と言われて、素直に実践していた日々。


 上手くいかないのは自分に魅力がないせいだと考えて、婚約者を優先すればいいのかと思ったのだ。

 ただの我が儘な男の子を持ち上げて、変な自信を付けさせてしまった。


 つい「嫌な男」と思ってしまう自分を叱咤して、彼の機嫌を損ねた自分が悪いと反省したりした。

 いつも冷たくされるから、ほんの少しの優しさに感動した。そして「本当は優しい人なんだわ」と、つれなくしてしまう照れ屋な婚約者を脳内で作り上げた。



 巻き戻ってから、「支配的な彼氏と別れられない女性たち」という本を読んだ。

 ――というか、ある人に読めと命じられた。わたくしとマールトンの関係性を見直せと。

 それが、その人がわたくしの反撃を手伝う条件だった。



 そうして、やっと、マールトンがやっていることは、精神的に支配してコントロールしようとするやり口だと知った。


 あのまま結婚していたら、奴隷のような生活が待っていたんだわ。



 あの本を読んだ今だからわかる。

 わたくしたちは、ある意味似ていた。

 彼の家は歴史を重んじるあまりに、彼を一人の人間だと思っていなかった。ただ、伝統を繋いでいく歯車の一つ。


 わたくしの両親は事業を拡大するのに忙しく、子どもたちは乳母や家庭教師に任せっきり。その人たちと家族のような関係が築ければよかったけれど、ビジネスライクな距離感で、わたくしたち兄妹は愛に飢えて育っている。


 彼は、どこまで我が儘が許されるかを試して、虚勢を張る。

 わたくしは人の世話を焼いて、役に立っていると思うことで安心する。

 一緒にいたら不幸になる組み合わせね。




 さて、殺人未遂の後。わたくしと「共犯者」は答え合わせをする。

 握りつぶしたマールトンからの手紙も、できるだけ手で伸ばして、読めるようにした。



 巻き戻りの記憶があるのは、わたくしと婚約者、巻き戻した魔術師だけらしい。


 巻き戻した魔術師は禁術を行使したということで、指名手配中。だが、肝心のマールトンが相手の容貌を覚えておらず、難航している。

 主犯がマールトンで、実行犯は魔術師という図式なのだが。

 魔道具が残っていたら魔力の残滓を辿れるけれど、魔道具ごと姿を消したという。婚約者の間抜けっぷり全開だ。



 そして、わたくしに色々と教えてくれたのが、その指名手配中の魔術師というわけ。

 ちなみに、カタリンの家で活躍してくれた魔術師と同一人物だ。

 お世話になったので、通報しないで現在に至る。

 彼は街の治安を守る騎士とも仲が良いらしくて、内部情報を教えてくれるのもありがたい。


 その情報も交えて、現状把握を進める。



 カタリンには、おそらく前回の記憶はないだろうとのこと。

 彼女は妊娠したため、早く結婚しなくてはと焦っていた。彼女は親に相談して、親も妊娠を知っていたらしい。

 彼女は冷静さを欠き、自宅に呼んで毒殺を試みた。

 父親は、森の散歩にでも誘ってそこで飲ませろと言っておいたのにと憤慨しているとか。希釈して効き始める時間を遅らせろという指示も守らなかった、と。


 怒るポイントがずれている。

 子どもに犯罪指南をする親。

 新進気鋭の男爵という地位をどれだけ手を汚して掴んだのか、考えるだに恐ろしい。

 ちなみに、母親は事情聴取されただけで、帰宅を許されている。



 魔術師が、彼女に記憶がないと推測したのは、子どもの父親がマールトンではないからだそうだ。前回の出産後の記憶があったら、最初からそちらと所帯を持つはずだと。



「う~ん、どうかしら? 

 その父親が平民だったら、カタリンは危険を承知で貴族と結婚するかもしれないわ」

 わたくしはそんな推測を漏らす。ようやく掴んだ貴族という立場に、とても固執していたから。


「いや、最有力候補は同級生の別の男子だそうだ。カタリンの取り巻きの一人だろうと、一回目でマールトンが言っていた」

 と、魔術師が言う。


 同級生なら、貴族ね。なるほど。



 マールトンは、前回のことを知っているのに、なぜカタリンの家に行く前にわたくしを止めなかったのか。それが疑問だった。


 魔術師は言いにくそうに教えてくれる。

 前回、魔術師がマールトンに話を持ちかけられたのは、わたくしが死んでから三年以上経ってから。

 その頃には、わたくしがどこで死んだかマールトンは覚えていなかったという。それを図書館の古い新聞で調べることさえ、しなかった。

 更に、毒の種類もわからない。

 日にちだけは、自分が応援しているスポーツ選手が優勝した翌日だと覚えていた。その選手が優勝したのは一度だけということで、とてもわかりやすい目印になった。


 マールトンらしいといえば、らしい。

 だが、あんまりにも無関心すぎる。流石に、それを聞いたときは泣いてしまったわ。



 だから当日、「カタリンに近づくな。家に行くな。食べ物や飲み物に警戒しろ」と言ってきたのね。

 カタリンが彼の隙を突いてわたくしを家に連れて帰ってしまったから、彼にはわたくしがどこにいるかわからない。


 仕方なく、わたくしの家に来て待っていたらしい。

 後手後手に回って、巻き戻ったアドバンテージも活かせない。本当に、無能な男だわ。



 巻き戻り前に情報を集めない、巻き戻っても積極的に動かない。

 適当に、「なんとかなるさ」と考えている。

 よくもまあ、「愛している」などと手紙に書けたものだ。


 あまりにも口先だけだと、嬉しいと思うより、馬鹿にされていると感じる。

 軽々しい言葉一つで欺せると思われているようで……不愉快だ。


 巻き戻る前に言われたら、小躍りしたでしょうけど。



 巻き戻って、本を読まされてから、日に日にマールトンの嫌なところが目について、嫌いになっていった。

 今まで目をつぶって気付かないようにしていた欠点が、ごまかしようのない現実として迫ってくるのだ。


 時には、目隠しを外させた魔術師を恨んだこともある。「気付かなければ、わたくしの心は穏やかだったのに」と。

 心を麻痺させて、感じない日々に慣れていたから。急に心を覚醒させられて、わたくしは怯えた。


 けれど、少しずつ自分の心と向き合うことができるようになる。そうなれば、浮気者たちへの仕返しをするのは当然のこと。




 殺害当日の話になるが、今回、マールトンは解毒剤を用意していたらしい。


「全ての毒に効く万能の解毒剤なんか、存在しませんよね? 

 効かなかったら、わたくしが死にゆくのを眺めているつもりだったのかしら」


 本当にいい加減。ぞっとしないわ。

「助けに行く僕、カッコいい」とでも思っていそうだけど、本当に役立たず。


 そんなに興味のない女を生き返らせて、何がしたかったのだろうか? 

 カタリンと離婚すればよかっただけでは? 本当に意味不明。



「彼は全てにおいて、そんな調子でさ。なんとなくのイメージだけで動いてるんだ。

 時を戻す依頼を受けてから数ヶ月、話し合う度にイライラしたよ。

 古文書を読むのに時間がかかっているのを、無能だと罵られた。自分たちが読めなくなったのを棚に上げて」


 魔術師は、その意趣返しにわたくしに協力してくれているようだ。

 マールトンの性格の悪さに、わたくしは救われたということね。



 前回はカタリンと結婚し、子どもが生まれたら早産と言い訳したらしい。

 つまり、わたくしの死後、すぐに結婚したのね。まあ、そのために毒殺したのだから、当然か。


 そして、贅沢がしたかっただけのカタリンは、ヘーデルヴァーリ家の財政を傾けた。

 子どもが成長するにつれて、マールトンは自分に似ていないことも気になってきた。顔立ちも、髪や目の色も。

 そんな時にカタリンが「イロナを殺した」と口を滑らせ、マールトンは人生をやり直そうと決めたらしい。




 前回の世界では、わたくしの死は「婚約者の心変わりを知って、当てつけに自殺した」とされていたそうだ。

 あんまりだわ。あんなクズへの恋で……そう思われていたなんて、屈辱的。


 そりゃあ、浮気されたショックで寝込んだろうけれど、当てつけなんてしませんよ。

 一度目の両親は、「当てつけ自殺」と聞いてどう思ったかしら。なんで相談してくれなかったかと自分を責めたりした? 

 子どもの頃から話し合う時間を取ってくれなかったから、相談できなかったんだと反省してほしいけど。


 もし、相談しないのが悪いとわたくしを責めたのなら、許さないわ。

 ――いえ、もう、このままの関係でいいわね。同じ屋敷に住んでいるだけの同居人。相談もしないし、助け合うこともない。



 今回、魔術師と協力関係を結んで、話し合って、初めて経験したの。相談して、一緒にやり遂げるということを。

 そういう関係が築ける相手と築けない相手がいるんだわ。それを「相性」と呼ぶのかもしれない。



 そうそう、「当てつけ自殺」の話ね。殺される直前まで、二人がお互いに「友達だ」と言うのを信じようとしていたのよ。


 知っていたら、婚約解消したかもしれないわね。

「親友だから譲って」とか「お腹の子どもから父親を奪わないで」とか言われたら、断れなかったかもしれない。

 わたくしさえ我慢すればいいんだ、と。


 もう、そんな自己犠牲はしないわ。



 それから、前回は、おそらくカタリンの父親が精神干渉のブレスレットで情報操作をして「当てつけ自殺」と思わせたんだろうとのこと。

 今回は捕まってよかったわ。あんな危ない人を野放しにしてはいけないわ。



 こんな状況の中で、頼んでもいないのに「生き返らせた恩を返せ」と言われても、ねぇ。

 そもそもマールトンが浮気して、わたくしが殺される原因を作ったのよ。カタリンを追い詰めたのは自分だって、わかっているのかしら。

 あの程度の誘惑に負けるなら、結婚した後にどんな詐欺に遭うかしれたものじゃない。

 心の底から、マールトンとの結婚なんかお断りだわ。




 魔術師に、時間を巻き戻す代償があるのかを聞いた。

 マールトンの家に伝わる、門外不出の古代の魔道具を使って巻き戻したそうだ。

 その魔道具は、ヘーデルヴァーリ家の血筋の者の血を注ぎ、その寿命を削って作動する。マールトンの寿命は、その分短くなっているはずなんですって。

 マールトンはそれも感謝しろと手紙に書いてきた。



 もう一度言います。そんなこと、頼んでません。


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