マールトンの家庭の事情
マールトンのヘーデルヴァーリ家が家宅捜索された。
そうしたら、彼が共犯らしいという証拠が出てきた。
イロナの「親友」が持っていた毒の材料が、「婚約者」の部屋から発見されたのだ。
「親友」は、投獄されてすぐに「妊娠しているので牢から出せ」と主張したらしい。
もちろん、お相手は「婚約者」とのこと。
つまり、イロナの存在が邪魔になる。
それは、殺人計画の動機として充分なものと考えられた。
「婚約者」は無実だと主張したが、それを信じる者はいなかった。
動機と証拠が揃ってしまったのだから。
だが、もし無実だったとしても、時を巻き戻した以上、禁術を行使したという点に関しては有罪だ。
時を巻き戻した魔道具が見つからなかったため、あるのはマールトンの自白だけ。
それなのに両親から自白を翻すように勧められても、「イロナへの愛の証明だ」と言って証言を変えない。
「お前、あれだけ邪険に扱っておいて、何を言っているんだ? 我が家を潰す気なのか?」
彼の父は、イロナの父親であるセーケイ子爵から何度も抗議を受けていた。その度に言い訳して詫びなければならず、息子に反省を促していた。
我が家は魔道具の歴史ある家門だが、財政が厳しい。量産型の魔道具を作るセーケイ家と手を組んで、今の時代に合う形に変わっていく必要性も説いた。
それでも、セーケイ家を見下し、イロナを口うるさいとうっとうしがった。
男爵家と手を組んで、資金援助だけしてもらっても将来の展望は開けない。しかも、多数の令息にちやほやされて喜んでいる娘など、家門に入れたくない。
言えば言うほど意固地になる息子に、匙を投げたい気分だった。
だから、息子が何のつもりで今さら「愛」などと宣っているのか、全く理解できなかった。
「浮気相手と子どもまで作っておいて、婚約者への愛ですって? 妄言も大概になさい。
潔癖症のイロナちゃんが、受け入れるわけないでしょう。
母は、同じ女性として許せないようだ。
「それに、彼女は一人で毒殺を回避して、事件を未然に防いでしまったわ。本当に巻き戻ったのなら、なぜあなたが解決しなかったの?」
そう言われると、ぐうの音も出ない。
マールトンはいつものように、ふてくされて黙ってしまう。
「お前は家宝をどこにやってしまったんだ。
使うことは禁じられても、ご先祖様から引き継いだ、大切な遺産。我が家の歴史だったのに」
そう言われても、巻き戻ってから一度も宝物庫に入っていない。無くなっていると言われて驚いたのだ。
「もういい。お前の籍を抜く。勝手に『愛』とやらに生きろ」
そう言われて、マールトンは貴族ではなくなった。
手続きが完了し次第、すぐに貴族牢から一般牢に移される。
刑が確定されるまでの仮住まいだが、衛生状況、食事、看守の態度など雲泥の差がある。
湿ったカビ臭い空気の中で、マールトンは首をかしげた。
「なんでだ? 前回は許してくれたじゃないか。
父上がイロナのセーケイ家に弔慰金を渡して、私はカタリンとすんなり結婚した。
おかしい。どうして、こうなるんだ?」
ぼやいても、誰も答えてはくれない。
少し状況を説明すると――。
前回は、イロナの死因が自殺とされ、カタリンの妊娠も公になっていなかった。
だが、今回はカタリンとマールトンに殺人未遂の容疑がかけられ、彼女の父親は禁術のブレスレットの所持と使用が発覚して拘留中だ。
これではカタリンの実家の財力も当てにできない。
カタリンが妊娠しているのに、イロナに婚約継続を願い出るのはさすがに無理だ。
息子の価値がゼロになるどころか、不良債権となってしまった。
そんな息子を切り捨てるのが最善だと、ヘーデルヴァーリ家当主として判断した。
加えて、魔道具で有名だった家門から禁術使用の犯罪者を出すのも、許せないのだった。




