表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ神は見ているだけ  作者: kuro
一章
25/40

第24話 王都の光、聖女の影

暗闇を抜けた瞬間、眩い光が世界を満たした。

湿った空気が乾き、石畳の匂いに代わる。

長く沈んでいた地下水路を出た四人は、しばし言葉を失って立ち尽くした。


「……これが、王都……?」


燈子が目を細めた。

遠くまで続く白い城壁、その向こうに聳える塔。

空は澄み、雲の切れ間から金色の陽光が差し込んでいる。

泥と血にまみれた旅路が、ようやく一つの区切りを迎えたようだった。


トオヤは歓声を上げて駆け出した。

「すげぇ! こんなでっけぇ街、見たことねぇ!」

彼の声は弾み、空へ吸い込まれる。


ガロウは杖を肩に担ぎながら、

「やっと地上か……二度と水の匂いは嗅ぎたくねぇな」

とぼやいた。


カルディスはその背で黙っていた。

風に乗って流れてくる“異様な静けさ”を感じ取っていた。

…鳥の声がない。

…門前に商人がいない。

…街道に荷車の音が響かない。


「……静かすぎるな」


燈子が顔を上げる。

「え?」


「王都の門前がこうも穏やかとは。…これは平和ではなく、抑え込まれた沈黙だ」



入城税を払い、四人は王都の市場へと足を踏み入れた。

活気ある喧噪。果物の香り、行き交う声。

けれど笑い声はどこか浅く、

人々の目が互いを伺うように動いていた。


「……なんか変だね」

燈子が呟く。

トオヤは首を傾げて、

「変? にぎやかじゃん!」と笑う。


そのとき…。

小さな子供たちが路地裏で木の棒を振り回していたのが目に入る。


「えいっ、やぁっ!」

「聖女様の剣だーっ!」


笑いながら遊ぶ子供たち。

だがその手に握られていたのは、安物の“聖剣レプリカ”。

鍔には神の紋章が刻まれ、木の鞘には金色の絵具が塗られている。


燈子は思わず立ち止まった。

(……懐かしい)

どこか、昔の自分を見ているようだった。


だがすぐに、子供たちの母親が駆け寄ってきて声を荒げた。

「ちょっと! そんなもの振り回すんじゃありません!」

「えー! だって聖女ごっこー」

「不敬よ! 聖なるものを穢す気!?」


一瞬、空気が凍る。

通りすがりの人々がちらりと視線を送る。


店主が低く呟いた。

「……また“偽りの聖女”の話か。処刑されたはずなのにな」


燈子の表情が固まる。

カルディスは目を伏せ、何も言わず前へ進んだ。

トオヤだけがまだ状況を飲み込めず、

「聖女って、いい人だったんだろ? なんでそんな言い方するんだよ」

と口にして、ガロウに小突かれた。


「声を落とせ。……耳が多い」



市場の奥、教会の鐘がゆっくりと鳴った。

白い石造りの壁には、古びた布告が張り出されている。


《偽聖女の影、未だ街に潜む。

その声は人を惑わせ、その光は神を穢す。

見かけた者は、直ちに報告せよ》


その文字は雨に濡れて滲んでいたが、下の署名は新しい。

「神律庁・執行官アーゼン」


カルディスが低く呟く。

「……やはり、まだ終わっていないな」


トオヤが顔をしかめた。

「終わってないって、何が?」


「“聖女狩り”だ」

ガロウが代わりに答えた。

「奴らにとっちゃ、一度燃やしたくらいじゃ足りねぇんだろ」


燈子は拳を握りしめた。

唇がわずかに震えている。

「……火刑の日のこと、まだ……」


カルディスが彼女を見やる。

「覚悟しておけ。記憶は、時に信仰よりも残酷だ」


…そのとき。

教会の扉が軋み、司祭の黒衣が風を切って現れた。

彼の背後には、十字を抱えた修道士たち。

人々は一斉に頭を垂れるが、どこか怯えたような仕草だった。


司祭が高らかに宣言する。

「神は見ておられる! 虚ろなる光を追う者に、罰が下らんことを!」


トオヤが思わず呟いた。

「……なぁ、あの人たち……怖いよ」


ガロウが苦く笑った。

「怖いもんさ。信じすぎた人間ほど、他人を焼くのが上手ぇ」


カルディスは視線を逸らさず、司祭の背を見つめていた。

…“観察者がいなくなった世界”。

秩序は均衡を失い、信仰はいつしか“支配の道具”へ変わる。

それを誰も止められない。


(……これも、因果の報いか)


胸の奥でそう呟き、カルディスは剣の柄に手を置いた。



夕刻、王都の通りが赤く染まる。

灯台の光が遠くの屋根を照らし、衛兵たちの影が長く伸びていた。


「……宿、見つけよう」

燈子が囁く。

カルディスが頷き、裏通りへと歩を進めたその時。


「おい、そこの女!」


短く鋭い声が飛ぶ。

兵士の一団が角から現れた。鎧に刻まれた紋章は、教会直属の守衛。


トオヤが身構える。

ガロウが前に出ようとしたが、カルディスが片手で制した。


「止まれ」


兵士が近づき、燈子を見た。

数秒の沈黙。

そして、別の兵士が肩をすくめて笑った。


「まさか“モーニングスター振り回す聖女様”なんて居るかよ。

 あんなのただの噂だろ」


仲間たちが笑う。

「だよなぁ、そんな派手な女が居たらもう一度拝みてぇもんだ!」


燈子は咄嗟に笑顔を作り、軽く会釈した。

「……そんな人、見てみたいですね」


兵士たちは興味を失い、足音を残して去っていく。


しばらくして、トオヤが小声で言った。

「……なぁ、今のって……」


カルディス「運が良かっただけだ」

ガロウ「皮肉だな。振り回した覚えがねぇのに」


燈子は小さく息を吐き、笑ってみせた。

「……でも、笑って済ませられるうちは、まだ大丈夫だね」


カルディスは一瞬だけ目を細めた。

(強くなったな……)



夜の帳が王都を包む。

宿の窓から見える街の灯は、星々のように瞬いていた。

だがそれは、闇を払う光ではなく…

闇に怯える人々が、自ら灯した炎のようだった。


燈子は窓辺に座り、外を見ていた。

通りを歩く兵の松明が、影を長く引いていく。

「……ねぇ、カルディス」


「なんだ」


「今日、笑ってた兵士たち。

 あの人たち、本当に私を見てたのかな」


カルディスは答えず、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

剣を傍らに置き、手袋を外す。

「見る者は、信じたい姿を見るものだ」


「……信じたい姿」


「そうだ。聖女が生きていると信じたい者は“希望”を見る。

 偽物だと信じたい者は、“恐怖”を見る。

 どちらも、現実を見てはいない」


燈子はしばらく黙っていた。

やがて、膝の上で両手を重ね、ぽつりと呟く。


「……それでも、怖いね。ねえ、まだ私って、聖女に見える?」


カルディスはわずかに笑った。

その笑みは優しく、どこか人間らしかった。


「それを“生きている”と言う」

「誤魔化さないで、ちゃんと答えてよ!」


風がカーテンを揺らし、

夜の鐘が、遠くで低く鳴った。


カルディスは目を閉じ、静かに呟く。


「……観察するだけだった頃には、

 こんな音を“美しい”と思ったことはなかった」


その独白に、燈子は顔を上げる。

「今は、違うの?」


カルディスは答えず、窓の外を見つめた。

街の光が、彼の瞳の中で滲んで揺れている。


(…違う。だが、まだそれを言うには早い)


小さく息を吐き、彼は椅子の背にもたれた。

外では雨が降り始めていた。


闇に滲む灯。

偽りと真実の境目で、彼らは静かに夜を越えていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ