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ただ神は見ているだけ  作者: kuro
一章
23/40

第22話 地下水路の試練

街を抜ける雨は、夜になるほど勢いを増していた。

地上を行けば、狂信者の討伐隊や山賊の残党に行き当たる危険がある。

だから一行は、再び地下水路の入口に立っていた。


「ここからなら裏を抜けられる」

カルディスの声は静かだった。剣の柄にかけた手は離れない。


燈子はぐっと息を吸い、石造りのアーチを潜った。

むっとした湿気が肌にまとわりつき、どぶの匂いが鼻を刺す。

水滴の音が反響し、空間を不気味に震わせていた。


「……やっぱり暗いな」

燈子が肩を竦めたその前で、少年が勢いよく松明を掲げた。


「大丈夫だって! 俺に任せろ!」


声変わり前の高い声が水路に響きわたる。

トオヤ。孤児を率いて“義賊団”を気取っていた少年は、

今や堂々と仲間に並び立っていた。


「ほんとに頼りになるのかなぁ……」

燈子が小声でつぶやくと、トオヤは振り返って胸を張った。


「俺は義賊団の団長だぞ! 弱い奴を守るのが仕事なんだ!」


「子供のごっこ遊びにしては、本気だな」

カルディスは皮肉めいた視線を向けたが、トオヤはまったく怯まない。

松明の火が幼い顔を赤く照らし、その瞳は揺るぎなかった。


その時だった。


天井の石組みがごご、と低く軋み、わずかな砂が落ちてきた。

「っ……危ない!」カルディスの声が響いた瞬間、瓦礫が崩れ落ちた。


燈子は反射的に身を竦めた。動けない。

視界が暗く覆われる…そのとき。


「どけっ!」


小柄な影が飛び込んだ。

トオヤだ。棒を手にしたまま燈子を突き飛ばし、自分は瓦礫の中に転がり込む。


轟音と粉塵。

燈子は膝をつき、呆然と少年の背を見つめた。


「……っはぁ、あぶなかったぁ!」

息を切らせ、額に汗を浮かべながらも、トオヤは笑った。


燈子は震える声で言った。

「い、今の……わたし、潰れてたかも……」


「へへっ。義賊は身軽だからな!」

トオヤは棒を振り回し、得意げに鼻を鳴らした。


カルディスは瓦礫を一瞥し、そして無言で二人を見つめる。

(……役割を見つけつつあるな)

胸の奥で、かつての観察者としての感覚が静かにざわめいた。


崩落を抜けた先は、ひときわ広い空間だった。

水路が交差し、両脇には古びた倉庫のような部屋が並んでいる。

苔むした棚や、半ば水に沈んだ樽がいくつも転がっていた。


燈子は湿気にむせながら鼻をつまんだ。

「……なんか、臭い。腐った魚の匂い?」


「古い食糧庫の跡かもしれん」

カルディスは壁に手をつき、薄暗い先を確かめる。

剣の柄に触れる指がわずかに緊張していた。


その時、トオヤが声を上げた。

「見ろよ! お宝だ!」


彼が指差した先には、埃をかぶった木箱がひとつ。

ど真ん中に鎮座し、妙に存在感を放っている。


「絶対に怪しい」

カルディスが即座に言ったが、トオヤは聞いていない。


「俺たち義賊の出番だ! 宝を見つけるのは冒険者の醍醐味だろ!」

無邪気な笑顔と共に駆け出した。


「ちょ、待っ…」燈子の声は間に合わなかった。


トオヤが蓋に手をかけた瞬間、

箱の隙間から白い煙が噴き出した。


「うわっ!? げほっ、ごほっ!」


燈子は反射的に袖で口を覆った。

煙に混じって黒い影が走る。——ネズミだ。

飢えた群れが一斉に飛び出し、水路の床を走り回る。


「ひゃああああっ!」

燈子は悲鳴を上げながらモーニングスターを振り回す。

鉄球が床を叩き、火花と水飛沫を散らす。


ガロウは「ちっ!」と舌打ちし、杖で床を叩いた。

棒先の衝撃でネズミを追い払い、トオヤの前に立つ。


「おいガキ! 次は慎重にやれ!」

「ご、ごめん……っ!」

トオヤは涙目で謝りながら、必死に棒を振ってネズミを追い払った。


やがて群れは水路の奥へ逃げ去り、煙だけが残る。


カルディスが低く言った。

「次があると思うな」


トオヤは唇を噛み、うつむいた。

だが、その肩は確かに震えていた。

「……次は、ちゃんと見極める」


燈子は息を吐き、肩に手を置いた。

「うん、みんな最初は失敗するよ。……わたしだってそうだった」


トオヤは目を丸くし、それから小さく笑った。

ほんの少し、団長らしい顔つきに戻っていた。


さらに進むと、水路は急に狭まり、轟々と水音が響いた。

一本の通路は濁流に呑まれ、まともに通れるのは壁際のわずかな足場だけだった。


「……これ、渡れるのか?」

燈子は足元を覗き込み、青ざめた。

黒い水が唸りを上げて流れ、ひとたび落ちれば二度と浮かび上がれそうにない。


ガロウも腕を震わせながら杖を突き、険しい顔をした。

「冗談じゃねぇ……俺の腕じゃ支えられねぇぞ」


カルディスは一瞥して無言のまま足場に踏み出そうとした。

だがその瞬間、トオヤが前に躍り出た。


「ここは俺に任せろ!」


小柄な体は軽やかに石から石へと飛び移る。

水しぶきが跳ねても、身のこなしは止まらない。

彼はまるで水鳥のように、狭い足場を駆け抜けていった。


「と、トオヤ……!」

燈子が思わず声を上げる。


数呼吸の後、トオヤは向こう岸に立っていた。

「へっ、余裕余裕!」


そう言って、彼は肩に背負っていた縄を岩にくくりつけ、こちらへ投げ返した。


「ほら! これで安全に渡れるだろ!」


燈子は両手で縄を受け取り、胸が熱くなるのを感じた。

「……すごい! 本当に義賊みたいだね!」


カルディスは表情を変えずに縄を受け取り渡り始める。

「魔法棒士と義賊団長、なかなかの連携じゃないか」


ガロウは苦笑して肩を竦めた。

「誰が棒士だ!ひとりぼっちの団長さんと並べないでくれよ。」


「俺は団長だ!」

トオヤがむきになって叫び、燈子は思わず笑ってしまった。


不安と疲労に支配されていた地下の空気に、ひとときの明るさが差し込む。

冷たい水音に混じり、仲間たちの笑い声が反響した。


縄を伝い、最後に燈子が岸に上がった。

背後では濁流がなおも吠え続け、今渡ってきた道を完全に閉ざしていた。


「ふぅ……やっと抜けた……」

燈子は膝に手をつき、大きく息を吐いた。


ガロウは杖を床に突き、しわがれた声で笑った。

「ガキに助けられるとはな。まったく、俺も落ちぶれたもんだ」


「だってさぁ〜、俺は団長だし!」

トオヤは胸を張り、棒を肩に担いだ。

その顔はどこか誇らしく、先ほどまでの無鉄砲さとは違う自信が宿っていた。


燈子はくすりと笑い、心の中で思った。

(……頼りないけど、やっぱり一緒に来てくれてよかった)



そのやり取りを、カルディスは無言で見ていた。

剣を収め、わずかに目を伏せる。


(……この少年を、もっと見てみたい)


かつてはただ記録するだけだった。

盗みを誇りに変える愚かしさとして、帳簿に冷たく刻んでいた。

だが今は違う。

必死に棒を握り、仲間のために縄を張ったその姿は、記録ではなく——未来を示す火だった。


カルディスの胸の奥に、かすかな温もりが生まれる。

自分でも驚くほど自然に、そんな感情が浮かんでいた。


「よし。……この先を抜ければ、大河に繋がるはずだ」

カルディスは前を向き、静かに言った。


「大河……?」

トオヤが目を輝かせる。

「そしたら船に乗れるのか! なんか本物の冒険っぽくなってきたな!」


燈子も笑みを浮かべた。

「うん……きっと、もっと大変になるけど」


暗い水路の奥に、ほのかな風が流れ込んでいた。

湿った空気の隙間から、外の気配が漂ってくる。


仲間は四人になった。

義賊を名乗る少年は、小さな胸に未来を詰め込みながら、確かな一歩を踏み出していた。

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