04. 沈黙は甘さを隠して
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開花祭当日。窓の外は雲ひとつない青空。
寮の廊下には、制服の裾を整える音や香水の匂いが漂っている。俺とラヴェルも身支度を終え、玄関へ向かおうとした――その時
「……フイン、それはなんだ」
ラヴェルの視線が、俺の肩に担がれた棒に吸い寄せられる。
「金属バット」
「そうじゃない。なぜ持ち歩くのかを聞いてるんだ」
「護身用」
「寮の廊下でか?」
「……主に面倒事から守る」
「お前が一番面倒事だろ」
ため息をつく彼をよそに、俺はグリップを撫でる。
(大事なのは形から入ることだ)
その瞬間、すれ違った上級生が訝しげに眉をひそめる。
「……まて、鞘に収まらない武器は持ち込み禁止のはずだぞ」
「開花祭・舞台設営の支柱叩き用です」
と即座にラヴェルが嘘とも真ともつかぬ説明を差し込む。
上級生は「……ふむ」と去っていき、俺は胸を撫で下ろした。
(よし、生存。これで準備は万全だ)
靴紐を結び直し、俺たちは玄関へまた歩み始める。
開花祭当日ということもあってか、寮内はいつもよりざわついていて、活発な雰囲気だった。
「今日の昼どうする?いつものとこでいい?」
「……あのコロッケ屋のことか?そこよりも、今日はブルームの食堂で食べた方がいい」
「なんで?」
「今日だけの限定メニューがある。それと、ドリンクの割引チケットも貰えるらしい」
――っ!?
玄関方面に傾いていた足を180°回転させ、食堂の方へと向かった。
「やっぱり人が多いな……」
見渡す限り満席、空席待ちの列までできてる。でも、いずれ空くかもしれないと思ってとりあえずカウンターに注文しに行くと、素朴な看板が目に入る。
【ドリンク割引チケット 完売】
「絶対にコロッケの方がよかったろ」
「それはない。まだ限定メニューが残ってる」
俺はため息をつきつつも『限定メニュー』の欄から、直感で食べたいものを選ぶ。
「はい『ジャンジャンボオムライス.開花ver』出来上がりましたよ〜」
「……なんか、でかくないですか?」
「開花verだからね〜」
「そうか。開花verだからか」
周りの視線が俺に集まってくる。オムライスもそうかもだけど、冷静に見たら俺、金属バットも背負ってたんだった。それは気になるよな。
「いかつい格好だな」
「お前持つか?」
「遠慮しておく」
普通に断られる。まぁ知り合いに見られなければ別に――
「アスター君……ここ、座る?」
「え?」
そこにいたのは、そう、イリーナさんでした。四人テーブルで友達と向かい合って座っている。
(フラグだったか……!!)
「えっと……その、肩に乗ってるものは…?」
「舞台設営の支柱叩き用ですよ。」とラヴェルが即答。
「そういうものなんだ」
(信じた!?かわいい……)
その時、周囲のざわめきがピタリと止まる。
――イリーナ嬢がどうして庶民なんかと?
――俺はこの前お茶会を断られたのに……
イリーナさんの友達が「……視線、集まってるよ」と眉をひそめた。
俺たちはやんわり断り、他の場所を探そうとしたが……
「待って!周りの視線なんて気にしなくていいから……ほら、座って?」
少ししょげた顔でイスを「ぽんぽん」と叩く仕草。
選択肢が二つから一つになった。
「それじゃあ、遠慮なく……」
ラヴェルが俺の肩を小突き、そのままイリーナさん側へ座る。腰を下ろす時、金属バットが背もたれに「カン」という音を鳴らした。
(持って来なきゃよかった!!)
「舞台設営って言ってたけど、なにかの係?」
「いや、ただ友達に頼まれて……」
ただ質問を返す、否定から入る。どうしてもイリーナさん相手だと緊張してしまう。
オドオドしてたら、みんなの視線が俺の手元に集まってきた。
「フイン、それ全部食べきれるのか?」
「無理かも」
「なら俺も何口か食べよう」
やっぱり気が使えるやつだ。いくら食べ盛りでもこの量はさすがに厳しい。いつもの三倍くらいあるぞ?メニューにも書いてなかっ――
「それ、メニューの横に『通常の三倍』って書いてあったんだけどね……」
「そうなの!?」
「よかったら、私にも一口いい?」
イリーナさんが若干甘えた口調で要求してくる。そして俺のスプーンを使ってオムライスを食べようとする。
――なんか距離近くない!?
口をつけたばかりの俺のスプーンが今、イリーナさんの唇に触れる。(俺はこの後もこのスプーンを使っていいのか?洗わなきゃダメなのか?なんなら交換してきた方がいいのか?)――と、そんな疑問ばかり掲げていた。
「んーっ!おいひぃ……!」
ほっぺたを膨らませながらオムライスを食す彼女の姿は、本当に公爵家の令嬢なのかと疑うものだった。でもそれが、距離を感じさせないイリーナさんの魅力だ。
「ねぇ、もう一口もらってもいいかな?」
「イリーナさんはもう食べたんじゃないのか?」
少し照れくさそうにイリーナさんはおねだりしてくる。よく食べる人だということを知れて、俺は嬉しくなった。
「なら、今小皿に取り分ける」
「いいの……!?」
まるでイリーナさんの瞳に誘導されるかのごとく、そそくさと小皿にオムライスを分けた。その間のイリーナさんの待ち姿が幼い子供みたいで……
(普段からこんな感じなんだろうか)
そんなことをしてたら、向かいで二人がなにか話しているのが聞こえた。
「なんだか、この二人お熱いな」
「うん、でもイリーナは……」
「ん?イリーナさんがなんて――」
「ううん!なんでもないよ!!」
イリーナさんは必死に手振りで誤魔化そうとする。何を言おうとしたのかは気になるけど、嫌がるようなことはしたくない。ので聞かないことにした。
「そうしたらスターチスがね――」
「軽音楽って私聴いたことないんだよね――」
他愛もない会話、イリーナさんの笑顔。この時間がずっと続いてほしいと思った。だけど、ラヴェルが最後の一口を平らげ、テーブル上の食べ物はもうなくなってしまった。
「それじゃあ、また開花祭で会えたら」
「うん、じゃあね!」
小さく手を振り、イリーナさん達は食堂を出ていく。
俺はぽかんとしていた。まるで夢と現実、どっちにいるか分からないみたいな。
――ううん、なんでもないよ!
彼女は嘘をつくタイプじゃない。だからこそ"なんでもない"が頭から離れない。
俺は開花祭本会場に行くまでの間、ずっとそのことを考えていた――
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次回は開花祭本番!お楽しみに。