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65. 侯爵家の新たなる旅たち

時は流れ――あの戦から幾歳月が経った。

エドワードは学園での卒業式を無事に終え、その夜、リューンハイム侯爵家の大広間では身内と家臣だけを集めた祝いの式典が開かれていた。

館はかつての傷跡を癒やすように新たな石を積み直され、庭園には若木が青々と枝を伸ばしている。

戦の夜に泣き叫んだ少年は、今や凛々しき青年となり、未来への門出を迎えていた。


 晴れやかな衣をまとったエドワードは、真っ直ぐな背筋で大広間に進み出た。

 広間の壁には黒鷲の旗が誇らしげに掲げられ、窓からは春の陽が柔らかく差し込んでいる。

 その光に照らされて立つ姿は、誰が見ても侯爵家の後継ぎにふさわしい威厳を備えていた。


 ルシアは胸がいっぱいになり、隣に座すレオンへと小さく微笑んだ。

「……あの子が、ここまで」

 声は震えていた。

 レオンは静かにうなずき、母の肩に寄り添う。

「ああ。……ルシア。エドワードはもう立派な青年となった。兄上も……誇らしく見ているよ。」


 そのやり取りを、リューンハイム侯爵は目を細めて見守っていた。

 白髪が増え、背筋もいくらか曲がったが、当主としての気迫は失われていない。

「エドワードよ、顔を上げよ」

 低く響く声に、青年は真っ直ぐ祖父を見上げた。

「お前は数々の試練を見、学び、己の力で乗り越えてきた。……これよりは家の名を背負い、民の楯となるのだ」


「はい、祖父上!」

 エドワードははっきりと応じ、その声は広間の隅々まで届いた。


 その瞬間、ヴァルターが一歩前に進み出る。

「エドワード様。かつて少年であったあなたが、今日このような姿で立つこと……この目で見届けられるとは」

 寡黙な将の声はわずかに震えていた。

「戦場で散った仲間たちの無念を晴らすのは、剣だけではない。あなたが正しく生きることこそが、彼らの魂を慰めるのです」


イルマもまた、戦場を駆け抜けた日々を思い出しながら静かに微笑んだ。

「かつては母上の裾をお掴みになっていた幼き御姿が、今や私の背をも越えられるほどに成長なさったのですね。……誠に立派になられました。」


その瞳には女獅子の鋭さと、忠臣としての誇りが宿っていた。

「どうかますます強くあられてくださいませ、エドワード様。けれど、力はあくまで人をお守りするためにこそある――そのことだけは、決してお忘れなきように。」


 エドワードは一人ひとりの言葉を胸に刻み、深くうなずいた。

「……僕は必ず、この家を、皆を守ります」


 ルシアは息子の横顔を見つめながら、心の奥でそっと語りかけた。

――アレクシス。見ていますか。あなたの子は、もう立派に歩き出しました。


 レオンもまた、心の中で兄に呼びかける。

――兄上。俺はこの子とルシアと共に生き、必ず守ります。あなたが残したものを、決して無駄にはしない。


 広間の上空に掲げられた黒鷲の旗が、風を孕んで揺れた。

 その下で、世代を越えた人々が一堂に会し、新たな時代の始まりを見届けていた。


 老侯爵は立ち上がり、杖を支えに高らかに告げた。

「今日この日より、我が孫エドワードは侯爵家の正統なる後継ぎである!

 この者と共に、我らは未来へ歩む!」


 兵や廷臣たちが一斉に剣を掲げ、声を合わせた。

「黒鷲は折れぬ!」


 その響きは館を揺らし、窓から差し込む光が黄金のごとく広間を染めた。


 ルシアはエドワードの手をそっと握り、涙混じりに微笑んだ。

「これからはあなたの時代よ」


 エドワードは母の手を強く握り返し、真っ直ぐ前を見据えた。

「はい、母上。必ず――」


 その言葉の先に広がるのは、戦乱の夜を越えて辿り着いた新しい未来。

 少年は青年へ、そしてやがて侯爵へ。

 リューンハイム侯爵家は、死者を悼み、哀しみを抱えながらも、確かに未来へと歩みを進めていた。

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