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63. 裁きの剣

 王都の大広間には重苦しい沈黙が満ちていた。

 レティシアの絶叫はすでに遠ざかり、残るのは廷臣と騎士たちの視線、そして断罪の刃が下される刹那を待つ空気。


 次に連れられてきたのは

 グリューンヴァルト公爵だった。

 両脇に騎士が抱える様に現れた。

 かつて王国の一角を支えた名門にして、強大な兵力と富を誇った大貴族。

 だが今、その身は縄で縛られ、誇り高き胸は押し伏せられていた。

 白髪混じりの髪は乱れ、威容は影を潜めても、なお眼差しだけは鋭さを失っていない。

 その視線が、玉座の前に立つリューンハイム侯爵を射抜いていた。


 やがて勅使が進み出る。

 王笏を掲げ、広間に高らかな声を響かせた。


「――国王陛下の勅命により、ここに裁きを行う!」


 どよめきが広間を駆け抜けた。

 その声は鋼のように張り詰め、聞く者の胸を震わせる。

 廷臣たちは顔を見合わせ、貴族たちは膝を折る。

 誰もがこの場が歴史に刻まれる瞬間だと理解していた。


 勅使は続ける。

「グリューンヴァルト公爵家は陛下の御名を騙り、王国、特に王国にも戦の時には主なる指揮を採るリューンハイム侯爵家を公爵家の野望に動き酷い戦火に巻き込み、多くの無辜の民と騎士たちを血に沈めた。その咎は余りにも重い」


 その言葉に、リューンハイム侯爵が一歩進み出た。

 老いた体に刻まれた皺が、怒りと悲しみに震えている。

「……グリューンヴァルト!我が家はお前のその策略によって多くの騎士を失い、多くの血を流した。忠義を尽くした者たちが、無残に倒れていった。これは、一人の娘の狂気で済む話ではない。背後にあったのは――この公爵の野望だ!」


 その声に、広間は息を呑んだ。

 ヴァルターが剣の柄を叩き、鋭い声で続く。

「我らはその証を、この目で見た! 侯爵家の内通者も、公爵家の密約も、すべて明らかになっている!」


廷臣たちの間にざわめきが広がる。

やがて、グランツェル帝国の使者が前に進み出た。


「さらに申し上げる。リューンハイム家の奥方ルシア殿が危険にさらされた件について、帝国王子殿下は、ルシア殿の弟――帝国騎士副団長より助けを求められ、これを皇帝陛下と共に承認された。


 また、かつてのレティシア・フォン・グリューンヴァルトは、我が帝国のエルデンローゼ公爵家に嫁いだ折、毒殺容疑によって追放された過去を持つ。その背後には、現グリューンヴァルト公爵の差し金があったとも伝わっている。


 これは、当グランツェル帝国とゼルヴィア公国との信義を揺るがす大罪である!

 ゆえに、我が帝国もグリューンヴァルト公爵家を罰することに異論はない!」


廷臣たちがざわめきを深める。

使者は言葉を重ねた。


「今回の襲撃は、単なる侯爵家への反乱ではない。両国の関係を揺るがし、亀裂を増長させる大罪に他ならぬ!」


その言葉に、広間の空気は一層重くなった。

反乱はもはや一領地の争いではなく、国家の存亡にかかわる大罪と認識されたのである。


 視線が一斉にグリューンヴァルト公爵へと集まった。

 だが彼は唇の端を吊り上げ、冷笑を浮かべた。

「……笑止。わしが何をした。王国を動かしてきたのは常に我ら大貴族だ。陛下とて、その力を利用してきたに過ぎぬ。わしが罪人だと? ならば王国そのものも共犯ではないか」


 嘲りに満ちた言葉が、広間に鋭く響いた。

 廷臣たちの顔がこわばり、騎士たちは怒りに拳を震わせる。

 ヴァルターが剣を半歩引き抜いたが、侯爵が手で制した。


 リューンハイム侯爵は静かに言った。

「……まだ己を正す心を持たぬか。ならばなおさら、ここで断たねばならぬ」


 勅使が頷き、王笏を高々と掲げる。

「――陛下の御名を騙り、王国を乱した咎は余りにも重い。グリューンヴァルト公爵家は、今ここに断罪される!」


 その瞬間、廷臣たちはどよめき、騎士たちは剣の柄を打ち鳴らした。

 断罪の響きは石造りの広間に反響し、雷鳴のように轟いた。


 勅使はさらに続けた。

「――公爵の爵位を剥奪し、その領地はすべて王国に返上させる。さらに、公爵自身は生涯にわたり、炭鉱にて重労働に服すものとする!」


 広間に衝撃が走った。

 その瞬間、グリューンヴァルト公爵の顔から血の気が引いていく。


「なっ……! そんな……! 何故、儂が爵位を剥奪されねばならぬ! 重労働など……あり得ぬ……!」


 誇り高き大公爵が、膝から崩れ落ちる。

 豪奢な裳裾が石床に広がり、その姿はもはやかつての威容の影もなかった。


 リューンハイム侯爵が進み出て、冷厳な声を放つ。

「――お前はそれだけのことをしたのだ。

 炭鉱で一生、背負え。戦で命を落とした者たちの痛みを。

 侯爵家を血に沈めた多くの犠牲を。その償いを、生涯かけて果たすがよい!」


 その声は雷のように広間を震わせ、廷臣も騎士も、誰一人として反論の声を上げなかった。


 宣告に、廷臣たちは息を呑む。

 かつて栄華を誇った大公爵家が――己の欲望のままに振る舞い、多くの命を省みず、まるで虫けらのように扱ったその報いとして――一夜にしてすべてを失い、囚人同然に堕とされたのである。


 リューンハイム侯爵は静かに目を閉じ、亡き騎士たちを思った。

「……これで、彼らも浮かばれよう」


ルシアはエドワードの手を強く握り、その小さな肩に未来の重みを感じ取っていた。

 少年の胸には、あの夜の戦火が焼き付いて離れない。命を落とした者たちの姿、そして父アレクシスの面影――。


 それでも彼は涙をこらえ、真っ直ぐ前を見据えていた。

 父の死、祖父の裁き、そして国の断罪。すべてをその胸に刻み込みながら。


 広間は静まり返り、ただ一つの現実が残されていた。

 ――グリューンヴァルト公爵家の終焉である。

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