43. 決戦と新たなる誓い
大地を揺らすような轟音が夜を切り裂いた。
――それは蹄の響き。遠方から迫る鉄の奔流。援軍の突撃であった。
闇を裂いて掲げられた旗には、リューンハイム侯爵家の紋章が翻っている。
「来てくれた……!」
ルシアの喉から小さな声が漏れる。胸の奥で張りつめていたものがほどけ、しかし同時に戦いの苛烈さを覚悟させられた。
その瞬間、甲高い鳴き声が夜空に轟く。
「キィイィィ――ッ!」
ヴァリスだ。彼の鋭い眼が闇を切り裂き、翼の群れを率いて降り立つ。
鷹たちは矢を叩き落とし、敵の頭上に鋭い爪を突き立てた。眼や頬を掠められた敵兵が呻き声を上げる。ひときわ鋭く舞うヴァリスの爪が、巨漢の顔面を掠め、鮮血の筋を走らせた。
「ぐ、ぬうっ……!」
巨漢が獣のように咆哮する。両腕に握られた戦斧は月光を浴びて鈍く光り、振るうたびに地鳴りが起きた。石壁に叩きつけられた刃が深々とめり込み、石片が四方に飛び散る。
「何故だ……抜けん!?」
斧を引き抜こうとする巨漢の腕が唸りをあげる。その額に焦りの汗が滲む。
だが彼はなおも猛り狂った。片腕で無理に斧を振り回すと、盾ごと援軍の一人を叩き伏せた。
「ぐああっ……!」
若い従騎士が血を吐いて崩れ落ちる。
「下がるな!彼を守れ!」
古参の兵が仲間を庇いながら剣を振るい、矢を受けてなお前に立った。
レオンはその光景を見て、胸奥に熱が走る。
(皆……命を懸けて繋いでくれている。この時を――俺に託しているのだ)
ヴァリスが旋回する。翼を大きく広げ、夜空を裂くように鳴いた。
「キィアアア――ッ!」
それは合図だった。
援軍の騎士たちが同時に矛を突き出し、隙を作り出す。敵兵が押し返される一瞬――巨漢の斧はなお石壁に噛みついたまま。
レオンの瞳が鋭く光る。
「今だ――!」
地を蹴る。血に濡れた足は重い。体力も尽きかけていた。だがその心だけは揺るがなかった。
(守りたいものがある。ルシアを、エドワードを――この屋敷を!)
巨漢が振り向いた。
「来い、小僧……!」
獣の咆哮のような声。だが次の瞬間、レオンの剣がその懐に閃いた。
横薙ぎの大斧、その振り幅の大きさが仇となる。かわした瞬間の硬直――そこに鋭く踏み込み、剣先を深々と貫いた。
「……ッ!」
巨漢の目が大きく見開かれる。呻き声と共に血が噴き出し、彼は膝を折った。
「終わりだ」
レオンの声は低く、しかし揺るがぬ響きを帯びていた。剣を引き抜くと同時に、巨漢は石の巨塔のように崩れ落ち、地を揺らして沈んだ。
静寂。
次の瞬間、援軍の兵たちの歓声が夜空を揺るがした。
ルシアはその光景を見て、思わず胸を押さえる。
――戦う者たちの姿は、恐ろしくも、美しい。
血に濡れ、倒れながらも、なお立ち上がる。その姿は夜明け前の光のように彼女の心に焼き付いた。
隣でエドワードが固く拳を握っていた。
「……叔父上は……すごい」
その眼差しには恐怖だけではなく、確かな憧憬が宿っていた。
ルシアは彼の肩に手を置き、静かに告げた。
「ええ。あれが、リューンハイムの血を継ぐ者の戦いよ。いつか、あなたも――」
言葉を最後まで告げることはなかった。胸に迫るものがあり、ただ息を呑むしかなかった。
エドワードは黙って頷く。その小さな瞳は、戦場の中央に立つレオンの背中を見つめていた。
――その背中を、決して忘れまい。
少年の胸に刻まれた炎は、彼の未来を形作る最初の光となる。