42. 黎明の突撃、戦士たちの光
矢を払い落とす剣腕は、すでに鉛のように重かった。肩に、脇腹に、幾筋もの血が流れている。
――だが退くわけにはいかない。
この屋敷を守るために。仲間が来るその時まで。
レオンが再び剣を構えた、その刹那。
――ドオオオォォンッ!
大地を揺るがすような蹄の轟きが森の向こうから響いた。次いで、朝靄を切り裂いて現れたのは、紋章旗を掲げた騎士団の影。
金獅子の意匠を翻し、重装の騎兵が一斉に鬨の声を上げる。
森の闇を裂いて援軍の旗が翻った。
その旗の下に集った騎士たちは、迷いなく突撃を開始する。地を蹴る蹄の響き、甲冑がぶつかり合う金属音。戦場の鼓動が一気に高鳴った。
血に濡れながらも矛を振り続ける若き従騎士。
倒れた仲間を庇いながら剣を抜く古参兵。
盾を掲げ、味方の壁となって矢を受ける者。
それぞれが己の役割を全うし、一瞬ごとに命を賭して道を切り拓いていく。
その先頭に立つのは――レオン。
彼が剣を掲げた瞬間、周囲の兵たちの動きが揃った。
その姿は、混乱に呑まれかけていた心をひとつに束ね、恐怖を勇気へと変えていく。
「前へ――!」
響いた声に応え、兵たちの雄叫びが重なった。
漆黒の翼を広げるヴァリスが、敵兵の頭上をかすめて飛ぶ。その鋭い爪が閃くたび、戦列に隙が生まれる。鷹と人が一体となり、まるで運命を切り開くかのように進軍は加速した。
その光景を、館の窓辺から見守っていたルシアは、胸の奥で震えを覚えていた。
戦いとは恐ろしく、血と死に彩られるもののはず。
けれど、そこに立つ者たちの姿は――恐ろしくも、美しい。
己を超えてなお、誰かを守るために剣を振るう背中。
その光景は、彼女の心に深く刻まれた。
ルシアは、隣に立つエドワードの肩へと静かに手を置く。
「忘れないで……。あの背中こそ、私たちを導く光なのよ」
少年の眼差しが、大人びた決意を帯びて戦場を見つめた。
「うおおおお――ッ!」
突撃の矢のごとき勢いで、援軍の騎士たちが敵陣に雪崩れ込んだ。剣と槍が閃き、数で勝っていたはずの伏兵たちが、今度は逆に押し潰されていく。
レオンは崩れ落ちそうな膝を必死に踏み止め、血に濡れた剣を高く掲げた。
「遅かったぞ……だが、よく来てくれた!」
◆
窓辺からその光景を見つめたルシアは、息を詰める。
「援軍……! ほら、エドワード。あなたの叔父上は、一人きりじゃないわ」
エドワードは小さな拳を握りしめ、必死に目を見開いた。
「……すごい……! あの旗の下に集った騎士たちが、叔父上を守っているんだね」
ルシアは彼の肩に手を置き、静かに頷く。
「そうよ。だから安心して。けれど――まだ油断はできないわ」
◆
戦場は一変した。
鷹の群れが空を舞い、騎士たちの鬨の声が地を揺るがす。夜明けの空はすでに群青から朱へと染まり始め、闇と光がせめぎ合う。
その中で、なお敵の中央に立ちはだかる大柄な影があった。
重鎧をまとい、巨大な戦斧を携えた将らしき男。
彼が咆哮を上げると、潰走しかけていた敵兵が再び立ち上がり、必死に反撃を始める。
――戦いは終わってはいない。
むしろ、ここからが本当の決戦だった。