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40. 夜明けの兆し

窓辺に立ち尽くす私は、胸の奥に冷たい棘が刺さるのを感じていた。

――何かが来る。もうすぐそこに。


庭の方で、枝を折る乾いた音が響いた。

直後に訪れる、不自然な静けさ。

鳥の声も風の囁きも消え、森全体が息を潜めている。


私は無意識に囁いていた。

「……レオン」


彼はいま、屋敷を取り巻く闇の中を、一人で歩いている。

剣に手をかけ、侵入者を見逃すまいと耳を澄ませながら。



レオンは森の影に身を潜め、じっと耳を澄ませていた。

微かな衣擦れ、かすかな金属音。敵は複数。こちらを囲むように配置についている。


――やはり来たか。


彼は外套を払うと、腰の剣に手を置いた。

目は冷静で、心臓の鼓動さえ制御するように深く息を整える。


「……絶対に通さない」


低く呟いた言葉は、決意そのものだった。



私は屋敷の中で、できることを必死に探した。

寝室に駆け戻ると、まだ眠るエドワードの顔が、灯された小さなランプに淡く照らされていた。


その寝顔を見つめた瞬間、胸に迷いが生じた。

――眠らせて守るか、それとも。


戦いはもう始まろうとしている。

この子に現実を隠しても、やがては避けられない。

ならば、母として嘘を教えるより、真実を共に受け止めさせるべきではないか。


ルシアはベッドの傍らで膝を折り、胸の前で両手を組んだ。

「どうか……この子を守ってください」


その声に、わずかに寝返りを打った気配がした。

エドワードが眠そうに目を擦りながら身を起こし、ぼんやりと母を見つめる。

「……母上?」


「エドワード、お母さまの話をよく聞いてね。今、周りは危ない状況にあるの。レオンが様子を見に行ってくれているけれど、安心はできないわ。直ぐに動けるように、あなたも起きて準備をしましょう」


「そんな状況なの? 叔父上は……大丈夫なの?」


ルシアは息を整え、静かに答えた。

「レオンは大丈夫。すぐに援軍も頼んであるわ。でも油断は禁物なの」


少年の眼は次第に眠気を失い、真剣な光を帯びていった。


「大丈夫よ。怖がらなくていいわ。レオンが外で守ってくれている」

私の声に、彼は小さく頷いた。


「……叔父上なら、勝てるよね?」


あまりに幼い問いかけに胸が締めつけられた。

それでも強く答える。

「ええ。必ず」


その言葉は、彼に向けただけでなく、自分自身を奮い立たせる誓いでもあった。


私は兄が遺した短剣を取り出し、腰のベルトに差し込む。

母として戦えるわけではない。けれど、何もしないわけにはいかない。


「準備をしておきましょう。すぐに動けるように」

そう言って荷物をまとめ、逃げ道を頭に刻みつけた。



その頃、屋敷を囲む木立の奥で、黒い影が一瞬、朝霧の中に姿を現した。

顔を布で覆い、短弓を構えた男――伏兵だ。

一人、二人ではない。十を超える気配が、じわりじわりと屋敷を締め上げるように迫っていた。


レオンは刃を抜いた。

鋼の音が夜明けの森に鋭く響く。

「出てこい……」


その声と同時に、霧の奥から矢羽根がきらめいた。

次の瞬間、矢が空を裂き、屋敷の石壁へと突き刺さった。


――戦いは、もう始まっていた。


私はエドワードを胸元に抱き寄せながら、窓越しに闇の庭を凝視した。

暗がりの奥に、影がひとつ、またひとつ揺れる。

それは風ではない。伏兵の輪郭が、確かにそこに潜んでいる。


胸が凍りつき、喉が詰まる。

敵は、もうそこまで来ている。

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