4.静寂の湖畔で
狩猟の帰り道、アレクシスとルシアは湖のほとりで休憩をとっていた。
水面は鏡のように静かで、二人の姿を映している。 昼間の活発な狩猟とは
対照的に、今はただ穏やかな時間が流れていた。
アレクシスは、湖を眺めながらぽつりと呟いた。
「あなたとここに来て良かった。」
思わず零れた言葉に、ルシアは驚いて彼を見つめた。
「ふふっ。そう思ってくれて良かったわ。」
ルシアは柔らかな表情で微笑んだ。
アレクシス自身も自分の言葉に驚いていたようで、少し照れたように笑った。
「こんな風に女性と狩猟を楽しめるとは思わなかった。」
アレクシスは湖を見つめながら呟いた。
「二人で楽しめるのはこんなに幸せを感じられるものなのだな。」
と心の中で感じた。
心穏やかになれて、今まで他人をあまり信用しないで虚勢を張って生きてきた事に気が付いた。
そんな鎖が解けた気がしたアレクシスだった。
ルシアは、そんなアレクシスの姿を新鮮に感じた。
彼は普段、どこか冷静で感情をあまり表に出さない。
けれど、今日の彼は、どこか子供のように楽しそうに見えた。
「あなたって、意外と素直なのね。」
ルシアがくすりと笑うと、アレクシスは困ったように眉を寄せた。
「……そうですか?」
「ええ。最初に会ったときは、もっと冷たい人なのかと思っていたわ。」
「それは……すまなかった。」
「謝ることじゃないわ。私もあなたに対して同じように思っていたから。」
そう言いながら、ルシアは湖を見つめる。
柔らかい風がルシアの金色の髪をふわりと揺らした。
「でも、今日あなたと過ごして、少し分かった気がする。」
「何がです?」
ルシアはそっと微笑んだ。
「あなたは、ただ慎重な人なのね。感情を簡単に表に出さないだけで、本当は優しい人だってこと。」
アレクシスはその言葉に驚いたようにルシアを見つめた。
彼女は自分をそう見ていたのか、と。
「……あなたに出会えてよかった。」
「そう思ってくれて嬉しいわ。」
ルシアの言葉に、アレクシスはしばらく沈黙した後、小さく頷いた。
「ええ、そうですね。」
アレクシスが湖に視線を戻した瞬間、ルシアは彼の横顔をそっと見つめた。
彼の表情は穏やかだったが、その瞳の奥にはどこか影があるように見えた。
それは、彼の過去に関わる何か。彼が心の奥に抱えているものなのかもしれない。
ルシア自身にも、過去に叶わなかった恋があった。
だからこそ、彼の中にある迷いや傷を感じ取ることができたのかもしれない。
(この人は、何かを引きずっている。)
そう思うと、なぜか胸が少し痛んだ。
「アレクシス様。」
「何でしょう?」
「あなたは……今、幸せですか?」
アレクシスは驚いたようにルシアを見つめた。
「……突然、どうしたのですか?」
「ただ、聞いてみたくなったの。」
アレクシスは少し考え、静かに答えた。
「幸せ、ですか……。」
彼は湖を見つめながら、しばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「正直に言えば、まだ分かりません。」
「分からない?」
「ええ。過去のことを、まだ完全には割り切れていないのかもしれません。」
彼は素直にそう言った。
それは、アレクシスにとっても意外な告白だったかもしれない。
ルシアは静かに彼の言葉を受け止めた。
「それなら、無理に答えを出さなくてもいいんじゃない?」
「え……?」
「幸せかどうかなんて、すぐに分かるものじゃないわ。少しずつ、答えを見つけていけばいいのよ。」
アレクシスは、しばらくルシアを見つめた後、静かに微笑んだ。
「……あなたは、強い人ですね。」
「そうかしら?」
「ええ。少なくとも、私はあなたに比べると、まだ迷ってばかりです。」
ルシアは微笑みながら、アレクシスの隣に腰を下ろした。
「それなら、一緒に探してみる?」
「……え?」
「私たち、まだ婚約者だけど、お互いのことを少しずつ知っていけばいいわ。
いずれ本当に『幸せ』だと思える日が来るかもしれないでしょう?」
彼女の言葉に、アレクシスは驚いたように彼女を見つめた。
婚約者としてではなく、一人の人間として、こうして向き合ったことは初めてだった。
そして、その考え方は、彼にとっても心地よかった。
「……そうですね。そう考えるのも、悪くない。」
アレクシスは小さく笑った。
彼の表情が、初めて柔らかく見えた気がした。