38. 夜明けの静けさ
夜明けの光が、厚いカーテンの隙間から銀糸のように差し込む客間で、私はまだ眠れずにいた。
寝台の中で何度も寝返りを打ったが、瞼を閉じれば暗闇が恐ろしい想像を呼び、目を開ければ部屋の影が敵の姿に見えてしまう。心は休まらなかった。
昨夜、レオンが忠実な従者に託して放った早馬のこと。そして援軍が到着するまでの数日間――その言葉が呪いのように頭を巡り、胸を締めつける。
嵐の前の静けさ。だが、いつ破られるかは誰にもわからない。
眠ることを諦め、ガウンを羽織ってそっと部屋を出た。
階下へ続く大階段の踊り場に差し掛かったとき、東窓の下に人影が立っているのに気づく。
剣を腰に下げたままのレオンが、夜明けの薄闇を背に石像のように佇んでいた。
おそらく一睡もせずに見張りを続けていたのだろう。固く結ばれた横顔には疲労の色が濃く、その姿は痛々しいほどに孤高だった。
「……レオン」
思わず名を呼ぶと、彼はわずかに肩を揺らし、振り向いた。疲労の影を宿した瞳が私を映す。
「眠れないのか」
掠れた声に頷き、私は彼のもとへ歩み寄った。
「眠れませんでした。でも……お礼が言いたくて」
私はまっすぐに彼の目を見つめる。
「レオン、あなたが居てくれて、本当に良かった。侯爵家を出るときも、この地へ来るときも、ずっと見守ってくれましたね。今こうして私とエドワードが時折笑えるのは、あなたがいてくれるからです。……ありがとう」
その言葉に、レオンの瞳がかすかに揺らいだ。硬い氷が解けるように表情が和らぎ、彼は静かに息を吐く。
「……俺は務めを果たしてきただけだ。だが、そう言ってもらえるなら、それ以上の褒美はない」
そのわずかな微笑みは、普段の鎧を脱いだ素顔のようで、胸が熱くなった。
この人は義務感だけでここにいるのではない。自らの意志で、私たちを守ることを選んでいる――その事実が、心を満たしていく。
だが、彼の瞳は再び窓の外へ向けられ、鋭さを取り戻した。
「早馬を出したことは、敵に察知されているかもしれない。援軍が来る前、この数日が最も危うい時間になる。……だが、心配するな。そのために俺がいる」
私は強く頷いた。守られるだけでなく、共に立たなければならない。
その瞬間――森の奥から、不自然に間延びした鳥の鳴き声が響いた。
レオンの背筋が鋼のように張り詰める。
「……斥候の合図か」
静かな夜明けは終わりを告げた。
私たちの知らぬところで、すでに包囲は始まっているのかもしれない。
私はレオンの隣に並び立ち、固唾を飲んで森の闇を見据えた。