表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/67

32. 新しい暮らし

新しい邸宅で迎える朝は、驚くほど静かだった。


 侯爵邸では早朝から足音や話し声が絶えず響いていたが、ここでは鳥のさえずりと、窓辺に差し込む光がゆっくりと部屋を満たしていく。


 カーテンを開けると、冬の澄んだ空気の中、白い息を吐きながら庭で木の枝を拾っているエドワードの姿が見えた。


 手袋越しに小枝を抱え、侍女のアンナに笑いかけている。


 その傍らには、腕を組みながらも目を離さず見守っているレオン。

ふとエドワードが何かを尋ねると、レオンは片膝をつき、枝で地面に何やら線を引きながら説明していた。

エドワードは笑顔で頷きつつも、何かお互いだけの言葉を交わしているようだ。


 ――あの距離感。

 父親ではないけれど、父親のように、男同士で交わす秘密めいたやりとり。

 本来なら本当の父親がそこに居るのが理想なのだろう。けれど、エドワードの中では、レオンがすでにその存在になっているのかもしれない。


 私はその光景を、胸の奥にそっと刻んだ。


 朝食の席では、まだ慣れない給仕の使用人たちが少し緊張していた。

 「大丈夫よ、ゆっくりでいいわ」そう声を掛けると、彼らの表情がわずかに和らぐ。


 侯爵家から同行してくれた侍女や執事、新たに雇われた若い使用人たち――この家には、これから私たちと共に歴史を築く人々が集まり始めていた。


 食後、外套を羽織ったレオンが声をかけてきた。

 「午後から近くの森を見に行こうと思う。エドワードの遊び場になりそうな場所がある」

 少し間を置き、「成長していけば、剣の稽古にも使えそうな場所だ」と続ける。

 その言葉にエドワードの瞳がきらりと輝いた。


 「母上、僕も叔父様と一緒に森へ行ってきます。帰ってきたらお話しますね。だから、待っていてください」

 「そう、エドワード。良かったわね。叔父様にご迷惑が掛からないよう、気を付けて行ってきてね」

 「レオン、いつもありがとうございます」

 私がそう言うと、彼は軽く首を振った。

 「気にしなくていい。俺が望んでしていることだからな」

 そして、エドワードに笑みを向ける。

 「さあ、馬の乗り方も教えてやる。まずは森へ行こう」

 「はい! 叔父様!」


 二人の高らかな笑い声が、冬空に明るく響いた。


 この家での暮らしを思い描きながら、私は自然と口元がほころんだ。

 ――ここから、新しい日々が始まる。


 過去の痛みは消えない。

 けれど、この家に満ちる新しい空気は、確かに未来へと続いている。

 小さな食器の音、笑い声、そして穏やかなまなざし。

 そのすべてが、これからの日々を形づくっていくのだと、私は信じた。


 そしてふと、胸の奥で小さなざわめきがよぎる。

 この穏やかな日常が、いつまでも続けばいい。――けれど人生は思いがけない出来事を運んでくる。

 まだ誰も知らない未来の扉が、静かに開こうとしていることを、このときの私は知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ