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23. 弟レオンの胸中

冬の陽が低く差し込む中庭。

澄んだ空気を切り裂くように、木剣が風を裂く音が響いていた。


レオンは、稽古場の隅で木剣を振るうエドワードの姿を見守っていた。

少年の額には汗が滲み、真剣な眼差しが父アレクシスを思わせる。

しかし、その瞳の奥には、年齢に似合わぬ影が宿っている。


(……一年だ)


兄アレクシスが、家族よりもレティシアを選び、侯爵家を蔑ろにしてから、もう一年が経つ。

その間、家を守ってきたのは――他でもないルシアだった。


彼女は一度も弱音を吐かず、貴族の妻としての誇りと責務を背負い続けている。

誰の前でも毅然と振る舞い、侯爵夫人の威厳を失わなかった。

けれど、夜更けにふと見せる孤独な横顔を、レオンは何度も目にしていた。


稽古が終わると、エドワードは「母のもとへ行ってきます」と小さく笑って駆けていった。

その後ろ姿を見送りながら、レオンは胸の奥にかすかな痛みを覚えた。


廊下を歩き、書斎の前まで来たときだった。

扉の隙間から、ルシアの姿が見えた。

机に向かい、真剣な表情で手紙を書き綴っている。

整った横顔は、柔らかさよりも決意に満ちていた。


(……誰に宛てているんだ?)


封を閉じたルシアは、侍女を呼び寄せ、「これを至急で届けて」と短く指示を出す。

その声音には、ためらいの欠片もない。


「……ルシア」


声をかけると、彼女は少し驚いたように振り返り、すぐに微笑んだ。


「レオン……気づかなかったわ」


「最近、顔色が優れない。何かあったのでは?」


「……いいえ。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫」


言葉は穏やかで、微笑みも崩れない。

だが、その奥にある疲労と寂しさを、レオンは見逃さなかった。

彼女がどれほど自分の感情を抑えているのか――それが痛いほどわかってしまう。


(兄上……あんなにも強く誇り高く、優しい人を、なぜ裏切れる)


社交界では、アレクシスとレティシアの噂はすでに公然の秘密だ。

かつては兄を誇りに思い、誰よりも尊敬していた。

だが今、胸に湧くのは失望と怒りばかりだった。


――俺なら、よそ見なんかしなかった。

――俺なら、一生、大事にしたのに。


その思いは日を追うごとに膨らみ、もう抑えきれないほどになっていた。


夜、レオンは執務室の窓辺に立ち、侯爵邸の中庭を見下ろしていた。

月明かりに照らされながら、ルシアとエドワードが寄り添うように歩いている。

その光景は美しく、同時に胸を締め付けた。


(守る……俺が、必ず)


静かに誓いを立てたその瞳は、冷たくも揺るぎない光を帯びていた。


兄の裏切りによって崩れかけた家族。

その隙間に芽生えた感情は、もはやただの同情ではなかった――。

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