21. 息子エドワードの思い
その頃、侯爵邸の中庭。
若き嫡男エドワードは、木剣を振っていた。
祖父や叔父から教わった剣筋は美しく、年齢に似合わぬ品格を漂わせている。
だが、その瞳にはここ最近、曇りが差していた。
(父上は……また帰ってこなかった)
エドワードは幼いながらも聡明だった。
家の空気が変わったことを、敏感に感じ取っている。
そして、母ルシアがときどき見せる悲しげな横顔に、胸を痛めていた。
稽古を終えたエドワードに、叔父レオンが声をかける。
「今日は集中できていなかったな。何か心配事でもあるのか?」
少しの沈黙のあと、エドワードは口を開いた。
「……父上が母上を悲しませていると、侍女たちが話しているのを聞きました。
父上は……もう僕たちを愛していないのでしょうか」
レオンの表情が曇る。
だが甥の肩に手を置き、穏やかに言った。
「そんなことはない。
ただ……父上も人間だ。間違えることがある。
でもな、エドワード。お前の母上は強くて優しい。
私たちがそばにいる。――お前も、母上を守るんだ」
エドワードは小さく頷いた。
しかし、胸の奥に芽生えた父への感情は、尊敬や憧れではなく、複雑な嫌悪に変わりつつあった。
一方その頃、ルシアは自室で窓の外を眺めていた。
瞳の奥には、悲しみと決意が入り交じっている。
(私は侯爵夫人。……エドワードのためにも、ただ泣いているだけではいられない)
控えめなノックが響く。
扉を開けると、侍女が申し訳なさそうに頭を下げた。
「奥様……侯爵様が今夜も郊外の別荘へ向かわれるとのことです」
胸の奥が静かに痛む。
「……ありがとう。もういいわ」
侍女が去ると、ルシアは心の中で覚悟を固めた。
翌日。
別荘から帰宅したアレクシスを、ルシアは静かに迎えた。
「お帰りなさい、アレクシス」
その冷静な態度に、彼はわずかに戸惑う。
「ああ……ただいま、ルシア」
「エドワードが貴方を待っていました。……もうすぐ誕生日でしょう?
久しぶりに稽古をつけてあげて」
穏やかな言葉。
だがアレクシスには、それが胸に突き刺さる。
「……ああ、そうだな」
しかし頭の中は、レティシアとその子のことでいっぱいだった。
中庭でエドワードと向き合ったとき、アレクシスは気づく。
息子の瞳に、冷たい光が宿っていることに。
「エドワード……最近は稽古をしていなかったな。寂しかったか?」
少年は父をまっすぐ見つめ、冷ややかに答えた。
「いいえ。叔父上や祖父母がいますから」
その言葉に、アレクシスは何も返せなかった。
そこにあったのは、かつての憧れや愛情ではなく――軽蔑と嫌悪。
窓辺からそれを見ていたルシアの胸は、強く締め付けられた。
(……私たちは、どこで道を間違えたのかしら)
アレクシス、ルシア、エドワード、そしてレティシア。
絡み合った感情と運命は、避けられぬ嵐となって、一族をのみ込もうとしていた。