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20. 目を逸らした罪

暖炉の炎が静かに揺れる、郊外の別荘。

アレクシスとレティシアは、互いの存在に身を委ねていた。


「……これも、ほんの少しの休息だ」

そう言い訳しながら、二人で過ごす密会は――もう一年。


アレクシスは罪悪感を抱えながらも、彼女の誘惑を断ち切れない。

王都への「政務出張」と称し、足はいつも彼女の元へ向かっていた。

そこで逃げ込むのは、心の奥に潜む欲望と、甘美な過去の記憶。


レティシアが現れてからというもの、ルシアと向き合う時間はほとんどなくなった。


(ルシアは何も知らない……侯爵夫人として、私を信じて待ってくれている)

そう信じていた。――それが愚かで、脆い幻想だとも気づかずに。


ある日、別荘の扉を開けた瞬間、レティシアの様子がいつもと違うと気づく。

微笑みも、ワイングラスもない。


「アレクシス……話があるの」


「……どうした?」


沈黙のあと、彼女は深く息を吸い込んだ。


「……私、あなたの子供を授かったわ」


その一言に、アレクシスの表情は凍り付く。


「……なんだと……?」


「間違いない。この命は、あなたの子よ」


胸の奥に、これまで目を逸らしてきた現実が突き刺さった。

ルシア、息子エドワード――そしてレティシアと、その子。

二つの世界が、音を立ててぶつかり合う。


「……産むつもりか?」

声は、かすかに震えていた。


「もちろん。だって、私とあなたの子だもの。私は産みたいわ。……あなたも喜んでくれるでしょう?」


迷いのない瞳。

それほどまでに、二人は濃密な時間を過ごしてきたのだ。


(……俺は、何をしてしまったんだ)


すべてが壊れる。

レティシアと別れたあと、ルシアは私に寄り添ってくれた。

エドワードもいる――私にそっくりな、愛すべき嫡男が。


だが、もう引き返せない。

ここまで来てしまった。


その頃、侯爵邸。

ルシアは、密かに動き出していた。


侍女たちの間で囁かれる噂を耳にしたのだ。


「最近、侯爵様はいつもレティシア様の元に……」

「郊外の別荘が使われているようです」


朝の静けさの中、胸の奥に重苦しい痛みが沈んでいく。


「奥様……少し、よろしいでしょうか」

いつも控えめな侍女の声が、やけに重たく響いた。


「どうかしたの?」


「……いえ、その……最近、侯爵様が郊外の別荘に頻繁にお出かけになられていると……」


ルシアは表情を変えずに頷く。


「そう……。知らせてくれてありがとう」


――気持ちを顔に出してはいけない。

そう思って笑顔を作ったが、胸の奥で沈んでいた疑念が、静かに形を取り始めていた。


数日後。

王都の貴婦人たちが集うお茶会。


「ルシア様……お耳に入れて良いものか迷いましたが……」

古くからの知人、カタリナ伯爵夫人が切り出した。


「アレクシス様……最近、レティシア様とご一緒にいるところを、何度も拝見しましたの」


「……え?」


指先が震えるのを、必死に抑える。


「お二人で……カフェや港町にも。まるで恋人のように寄り添っておられました。

貴族の間では、すでに噂になりつつあります。……お気を悪くされたら申し訳ありません」


(……まさか……そんな)


侍女の言葉、断片的な噂、アレクシスの変化、そして――もう触れてこない手。

すべてが、ひとつに繋がった。

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