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18.再燃する記憶

ある日、アレクシスの元に一通の招待状が届いた。

差出人は、レティシア・フォン・グリューンヴァルト。


内容は、王都で開かれる美術展の招待で、

展示後に昼食も共にどうか、という丁寧な文面だった。

彼は数分、その手紙を見つめていた。が、結局、筆を取り返事を書いた。


「……少し顔を出すだけだ。義理のようなものだ。」


そう自分に言い聞かせるように。




王都の一角、貴族たちの間で話題となっていた美術展が開かれた館は、

優美な装飾に包まれ、静謐な空気が漂っていた。

白亜の壁に飾られた絵画はどれも選び抜かれた逸品で、訪れた客たちは皆、感嘆の声を漏らしていた。


その中心で、レティシア・フォン・グリューンヴァルトは優雅に立ち振る舞い、招待客一人ひとりに丁寧に言葉を交わしていた。

金色の髪を結い上げ、深紅のドレスに身を包んだその姿は、まるで過去のままの「貴族の華」だった。


アレクシスは、少し遅れてその場に現れた。

彼の姿が視界に入ると、レティシアはふわりと微笑み、まるでかつての恋人を迎えるかのように軽やかに近づいた。


「アレクシス。来てくれて嬉しいわ。」


「レティシア。招待、ありがとう。。」


礼儀として交わした言葉だったが、アレクシスの胸の奥には、かつて彼女に抱いた特別な感情が蘇り始めていた。

目の前にいるレティシアは、美しく、堂々としていて、そして何より、あの頃と同じ笑顔を彼に向けていた。


(……何故だ……。私は、もう……)


自らを戒めるように心の中で呟く。

だが、心は少しずつ、冷静さを失い始めていた。




「人が多いわね。少し休みましょう。」


レティシアが軽やかに囁いた。

展示会場の奥、貴族専用の特別室へと案内されると、そこにはあらかじめ用意されたテーブルとワインがあった。


「招待客の皆様には後ほど挨拶に回るわ。だから、少しだけ……あなたと話がしたい。」


そう言って、彼女はアレクシスを優しく見つめた。

彼は一瞬躊躇したものの、静かに頷き、席に着いた。


「相変わらず……細やかな配慮だな。」


「貴方が来ると聞いて、特別に用意したのよ。」


レティシアはワインを注ぎながら、まるで昔話をするように語り始めた。


「貴方と一緒に美術館へ通ったこと、覚えている?」


「……ああ。」


「私たち……美しいものを一緒に見て、語り合って、それだけで幸せだったわね。」


アレクシスの胸に、甘い記憶が溢れる。

あの頃は、未来を信じて疑わず、彼女と手を取り合って歩む日々を夢見ていた——。


「時は戻らない……。」


言葉を途中で止めた。

だがレティシアは、静かに続けた。


「戻らないからこそ……今、この時間が愛しいのよ。」


その瞬間、彼女の手がアレクシスの手の上に重なった。

温かく、柔らかく、しかしどこか強い意志を宿した指先だった。


アレクシスは手を振り払えなかった。

そして、その触れ合いが過去の記憶をより鮮明に蘇らせていった。




その日の帰り道。

馬車の中、アレクシスは窓の外を見つめながら、無言だった。


(私は……何をしているんだ。)


レティシアと過ごした時間、彼女の笑顔、触れた手の温もり——。

それらが心を占める一方で、

ルシアとエドワードの笑顔が頭に浮かび、胸が軋んだ。


(ルシア……)


「今日も、お疲れ様でした。お食事、温めましょうか?」


屋敷に戻った彼を出迎えたのは、変わらぬ優しい微笑みを浮かべたルシアだった。

彼は胸を突かれたように、思わず目を逸らした。


「……いや、すまない。疲れている。少し休ませてくれ。」


「……ええ。」


ルシアは彼の様子に僅かな違和感を覚えながらも、何も言わなかった。


(どうしたのかしら……)


心の奥に、小さな疑念が芽生えた。

しかし、ルシアはアレクシスを信じたかった。

「彼は信じて欲しいと言ってたわ。。。」

その言葉を胸に違和感は気のせいだと思い直し、気を確かにしなければと自分自身を律するのだった。



しかし、それはやがて彼女を苦しめることになる——。

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