17.不穏な知らせ
晴れ渡る空の下、ルシアはエドワードと庭園で過ごしていた。
小鳥のさえずりと、花々の香りが穏やかなひとときを彩っている。
「母上、あの蝶、綺麗ですね!」
エドワードが指差す先には、薄紫の羽を持つ蝶がふわりと舞っていた。
その無邪気な笑顔に、ルシアは自然と微笑みを返した。
「本当に……アレクシス様に似て、元気で明るいわ。」
しかしその時。
「奥様、失礼いたします。」
侍女が控えめな声で呼びかけ、手にした銀の盆の上には一通の手紙が置かれていた。
「……どなたから?」
「侯爵家と古くから交流のある、ヴァルデン公爵家のご令嬢からです。」
(ヴァルデン家……アンナ様から?)
ルシアは丁寧に封を切り、手紙を広げた。
そして、目を通すうちに——その表情がみるみるうちに硬くなっていく。
【親愛なるルシア様へ】
突然のお手紙をお許しください。
先日、貴邸を訪れたレティシア様のことを耳にしました。
実は私も、最近ある集まりで彼女と顔を合わせたのですが……その際、彼女が仰っていた言葉が気にかかり、筆を執りました。
「私は、アレクシスを取り戻すつもりよ。だって、彼は私を愛しているから。」
彼女は確かにそう言いました。
貴女様に不安を与えるようなことは避けたかったのですが、私には貴女の幸せが何よりも大切です。
彼女が何かを企んでいるように感じたのは、私だけではないはずです。
ルシア様、どうかお気をつけて。
そして、貴女の幸せが揺らがないことを心より願っております。
アンナ・ヴァルデン
「……そんな……。」
ルシアは手紙を握りしめたまま、しばらくその場から動けなかった。
(レティシア様が……アレクシス様を、取り戻すつもり……?)
頭の中に、あの日の応接室でのやり取りが蘇る。
穏やかな笑顔、遠慮がちな物腰、そして「話がある」と言ってアレクシスを二人きりにしたあの瞬間。
(まさか……あれも、計算だったの?)
ルシアの胸に、じわりと広がる不安と焦り。
アレクシスを信じている。そう誓ったばかりだった。
しかし、それでも心の奥に生まれてしまった疑念は、簡単に拭えるものではなかった。
(私が不安になるのは……それだけ彼を愛してしまっているから……。)
ルシアは震える手で手紙を畳み、深く息を吐いた。
目を閉じ、胸の奥に残る不安を飲み込む。
「アレクシス様を信じる。何があっても……エドワードのためにも。」
その夜。
アレクシスは書斎で執務に没頭していた。
書簡に目を通し、領地の問題を考えるその姿は、いつも通り冷静で揺るがない。
そこへ、扉を控えめに叩く音。
「……ルシア?」
「アレクシス様、お疲れ様です。」
「どうした?こんな夜更けに……。」
ルシアはそっと手紙を持っていたが、彼には渡さず、ただ近づいていった。
「……ねえ、アレクシス様。」
「ん?」
「私、あなたの隣にいてもいいかしら。今夜は……ずっと、こうしていたいの。」
アレクシスは少し驚いたように彼女を見つめ、すぐに微笑んだ。
「ああ。もちろんだ。」
彼女はアレクシスの胸に寄り添いながら、心の中で言った。
(私は、この幸せを守りたい。)