第9話、犯人は、この中にいるっ!
「は?林檎?」
マルドス様はぽかんと口を開けて閉じられない。他の使用人も同様だった。
だけどそれはそうだろう。林檎なんて、誰しも一度は食べたことのあるメジャーな果物。
でも、それを食べることのできない人間だっているのだ。
「はい。林檎にはタンパク質という物質が含まれています。ちなみにこのタンパク質は他の食物にも含まれています。ですが、林檎に含まれている特定のタンパク質に体が過剰に反応する人もいるのです。これが林檎アレルギー。アンドルフ様が持っている体質です」
「な、なるほど」
マルドス様やその他諸々の人たちは、どうにか理解しようとしているようだ。さっきから頭をかしげて言葉を咀嚼しているように思える。
ちなみに、私が先程アンドルフ様に刺していたものはエピペンというもので、アレルギーの重篤な症状――アナフィラキシーショックと診断された者が常に携帯している、アドレナリン自己注射薬だ。
協会で無料配布されている。
もしかして、とポケットを探ったのは正解だったようだ。
私は「はい」ともう一度頷いてから口を開いた。
「アップルティーにはその名の通り、林檎が含まれています。おそらく、今回の事件はそれが引き起こしたものでしょう」
ハキハキ答える私に、マルドス様は「ふむ」と頷いたが、すぐに「ん?」と疑問の声を上げた。
まぁ、そうなりますよね。だって……
「アンドルフ様は、なぜ紅茶に口をつけたのでしょう?」
私とマルドス様の疑問を、アリスが代わりに答えた。
気づいたようだ。レイチェルさんやメアリーさんも「あっ」と口に出す。
私は一度目を閉じてからこう答えた。
「おそらくですが……アンドロルフ様方はすでにお知らせしていたのでしょう。だから気づいていたとしても外聞の関係で紅茶をそのまま飲むしかなかった……おつきの方や使用人はアンドルフ様の体質についてわかっていたはずです。想像ですが、今回のお茶会で紅茶を用意する者共に事前にお伝えし、絶対に林檎を使用しないようにと言っていたと思われます」
「?、待て、どうして私には伝えられなかったのだ?」
マルドス様が少々不満そうに呟く。
それもそうだろう、仲良くなった者から信用されていないというようなことを、暗に私は言っているのだから。
その言葉に私は頭を振りながら答えた。
「失礼を承知しますが、アンドルフ様は仮にも公爵家の身。そのような高貴なお方が、そうやすやすと自らの欠点、捉え方によっては弱点を教えることがありますでしょうか」
「あ……確かに」
アンドルフ様の体質は、広めすぎてしまうと「どうぞ殺してください」といっているようなものだろう。だが、使用人にコソッと伝えるくらいならお茶会なんていかなければよいのでは、とも思われるかもしれない。しかし、それもまたアンドルフ様の身分が邪魔してくる。
危険だとはいえ、まったく社交もせずに引きこもっているのは外聞が悪いし、今後の事も考えると、それは得策ではない。何より……
「アンドルフ様は公爵の一人息子。だったら後を継ぐ可能性が大いにあります。そんなとき、まったくの社交経験もなしに、貴族社会を乗り越えていくことができるのでしょうか?」
「いや、それは不可能だな」
さすがというべきか、おそらく我が身をもって知っているのだろう、マルドス様がキッパリと断言した。
「そういうことです。なので、公爵家を敵に回さないためにも、このことは他言無用。広めないほうが良いと思われます」
「なるほどな、参考になった」
そこで話は一旦終わる。だが、私の疑問はまだあるのだ。
「ですが、だったらなぜ、アップルティーが出されたのでしょうか?」
使用人たちが「ハッ」と息を呑む。
「紅茶を選んだ者は先程いったように、アレルギーのことを知っていたはずです。つまり、わざと今回のことを起こした……そう思われます」
そう、つまり犯人は――
「犯人は、紅茶を選んだ人物――そうだよね、エドワード君?」
※今のうちに、この世界の設定を話しておきます。
基本的には中世ヨーロッパ風にしていますが、作品のあらすじの関係で、今回のエピペンのように現代医療の情報が出てくることがあります。ご承知の上でお話をご覧いただくようお願いします。