第1話、元気なメイドの少女
はじめましての方ははじめまして。森 真心と申します。いくつもあるお話の中から、この作品を選んでいただき、本当にありがとうございます。まだまだ文章がヘッタクソで至らない点があると思いますが、お楽しみいただけたら幸いです。
「うんしょっ!」
私は重いバケツを床に勢いよく置いた。
案の定というか、その拍子に水が飛び散り、エプロンにいくつか染みができる。
「わっ、やだぁ。ビチャビチャだよぉ……」
手で意味なく布をこすりながら、私はいつの間にか額に浮いた汗を拭った。
私の名前はエミリー。エミリー・ワトンソン、13歳。
正真正銘庶民の出だけど、金髪碧眼を生まれ持ったためにその容姿を買われ、御貴族様のメイドになった。
実家は貧乏でもない裕福でもない普通の家庭。売られたわけではないが、この国では貴族と平民の格差が広く、庶民の娘が貴族のメイドになるなんてそんな幸せなことはない、と両親が感激し成り行きでこの仕事をすることになった。
ここはとある伯爵令息様が暮らす屋敷。正確には本邸とは少し離れた別邸であり、伯爵様が溺愛する我が子のためにと造らせたお屋敷らしい。
貴族かぁ……しかも仕える方はあの伯爵令息……大丈夫かなぁ、と最初は不安でいっぱいだったが、私が主にする仕事といえば掃除。そもそも関わることさえほとんど無かった。
(御貴族様の息子……つまりはお坊ちゃまってことだよね?一度でいいから会ってみたいな。どんな感じなんだろう)
そんなことを考えながら、使い古した雑巾を水に浸して、ガラス窓を丁寧に丁寧に拭いていく。
(吹いたあとが残らないように、乾拭きして……)
いつになく慎重な私を見て、どこから現れたのか、いつの間にかいたメイド長のローズさんが呆れたように呟く。
「こら、エミリー。そんなに時間をかけて掃除をしていたら、すべてが終わるのはお夕食の時間になってしまいますよ」
私はギクッと肩を竦ませて、痛いところを突かれたような顔で振り向いた。
「ごっごめんなさい!だって、だって……今日は、アンドルフ様がいらっしゃるのでしょう?」
アンドルフ様――アンドルフ・キルメスは、あのビネガス公爵家の一人息子である。
私達の御主人様とアンドルフ様は通っていた学園で知り合い、意気投合して友人のような関係になったらしい。
つまり私の目的は――
「アンドルフ様って、一体どんなお方なのでしょうね!きっと、すっごくかっこいいんだろうなぁ……」
直接見たことはないが、噂によればアンドルフ様は絶世の美青年で、そのお姿は常に神々しい光で輝いているのだとか……
目をキラキラさせて雑巾を力いっぱい絞る私に、ローズさんはシワで刻まれた顔をギューッと寄せた。
「ええ、そうですよ。確かに今日は大事な日ですが、この廊下をアンドルフ様がお通りになられると思いますか?」
私はグルリとその場を見渡す。ここは私達――メイドが、普段移動手段として使う通路で、御主人様やお客様が通ることは滅多に無い。
そもそも、私がアンドルフ様を見られるかもわからないのだ。そんな奇跡みたいな可能性は0と言っていい。
「お、思いません……」
ローズさんはフン、と鼻を鳴らして腰に手を当てた。
「だったら、他にもっとやるところがありますわよねぇ?」
これは否定したら怒られる!
「は、はいー!」
私はメイド服を振り乱してその場を逃げ出した。
その後から、「ちょっとぉ!バケツはぁー!?」というローズさんの声が聞こえてきたが、私は無視をして走り続けた。