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約束  作者: 黄昏
9/13

9

 徹から僕の人格に戻って翌日。

 ゆっくりと目を開けると、慣れない天井が広がっていた。

「・・・・・・ああ」

 起きてここまで憂鬱なのは生まれて初めてかもしれない。

 何とかして徹の人格を戻したいのだが、一度切り替わってしまうとどう戻ればいいのか正直分からない。何か徹に纏わる反応――ショックを受ければまた切り替わってくれるのだろうか。

「ま、考えても仕方ないか」

 今はどうすることだってできない。

 とりあえずは徹の日常を過ごそう。

 しかし、病院生活しか知らない僕だ。

 日常生活に困ることも多いかと思っていたんだが、徹の記憶を持っていることもあって、そこまで不自由することなく、昨日、病院から出た後も問題なく過ごすことができた。

日常なんてものはルーチン作業と同じようなものである。

 朝7時起床。検温して体調の確認。

 その後に洗顔し、朝食。買い置きしてあるコーンフレーク。牛乳がなかったため冷蔵庫に入っていたヨーグルトで代用。その後、食後の薬を飲む。

 移植手術を受けた後は免疫抑制剤という薬を生涯飲み続けないといけない。そうしないと移植された臓器の拒絶反応が起きてしまうのだ。しかし、免疫力を下げる薬のために感染症にかかり易くなるし、食べられないものだって出てくる。

「何ともままならない」

 仕方ないことではあるが、こんな体を徹に押し付けることになるというのは申し訳ないが、こればっかりは諦めてもらうしかないか。

 そうやって日常の中でやるべきことを終えて時計を見ると、ちょうど八時半くらい。

 このまま昼まで読書、昼食後にテスト内容の復習など勉強などなど部屋に籠って過ごすのがいいかと脳内でスケジュールを立てていくが、冷蔵庫の中を見たかぎり、そろそろ買い物に行かないとしばらくコーンフレークで生活することになるかもしれない。

「・・・・・・まあ、昼過ぎにでもいけばいいだろう」

 正直なところかなり面倒なのだが、徹ための身体だ。僕がおざなりに使って壊すわけにはいない。準一先生に相談すれば便宜してくれるかもしれないが、他人に頼るのも気分がよくないし、あの人は柏原理沙の兄だ。僕が迷惑をかけていい相手ではないだろう。

「それでなくとも、昨日は迷惑をかけたしな」

 僕をこの部屋まで送ってくれたのも準一先生だ。夕食もご馳走になってしまったし、僕に何があったのか、何を考えているのか、そんな話は一切せずに一度カウンセリングに来てくれと言われただけだった。

「職業柄ってやつなのかな」

 昔馴染みとして気を使われただけかもしれないが、考えても答えが出ることはない。何にしても頼りたくはないし、今日のところは自分で買い物に行こう。

 とりあえずは読書の時間にしようと机の上に積んでいた本を手に取る。

 本とは素晴らしいのものだ。その世界に集中してしまえば他の事は考えなくて済む。

 しかし、普段なら没頭できることが今日に限って頭に入ってこない。どうも徹のことが気になってしまう。

「・・・・・・なんだって言うんだ」

 集中しようとしても、ただ時間だけが消費されていく。

 そして時計の針が最後に見てから二週したところで、僕は諦めて本を閉じた。

「・・・・・・出るか」

 予定よりもずっと早いが、外出することで良い気分転換になるかもしれない。ついでに散歩がてら少し歩いてみるのもいいだろう。

 近所のスーパーで買い物を済ます予定だったが、目的地を心の中で変更して外に出る。

 思えば、自分の足と意思でこの街を歩くのは初めてだ。

 とはいっても、徹の目から全て見ていた景色である。珍しいわけでもなければ、道が分からなくなって迷子になることもない。記憶の通りに歩いていけばあっさりと目指していた場所に辿り着いてしまう。

 藤ヶ峰ショッピングモール。

 駅から近い、小学校から大学、住宅街も近いと好立地。衣類から日用雑貨品、食品関係など多くの店があるおかげでいろんなものが揃う何かと便利な場所である。

「そして人も多い」

 今日は土曜日だ。

 曜日的に当たり前の話だが、家族連れからカップルまで大勢の人がいて、こんなことなら近所で手早く済ませればよかったと到着早々心が折れそうになる。

 すっかり失念していたが、これだけ人がいるとなると僕の顔を知っている人に出会ってしまうかもしれない。徹のふりをして通すにしても限界があるし、極力他人との接触は避けるべきだ。

(買うもの買ってさっさと帰ろう)

「統眞?」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 しかも会いたくなかった人物の最上位である。

「思った傍からだよ」

 こういうのをフラグ回収と言うのかもしれない。

「ねえ、統眞だよね?」

「・・・・・・」

「その、奇遇だね、こんなところで」

 無視しようと思った。俺は赤の他人だと。しかし、どうしてもできなくて。

「・・・・・・ああ、紅梨ちゃんこそ」

 バツが悪そうな笑顔を浮かべる紅梨ちゃん。きっと僕も似たような表情をしているに違いない。

「えっと、買い物?」

「そうだけど、人も多いし帰ろうかなって思っていたところ」

 なんとかこの場から切り抜けないといけない。

 何事もないように、「じゃあ、僕はこれで」と立ち去ろうとしたところで、

「そうだ。統眞、これから暇?」

 そう呼び止められる。

「散歩に来ただけで、私も今日一人なんだ」

「あ、ああ、そうなんだ」

「うん。だからさ、一緒に回らない?」

 そんな提案にドキリと胸が跳ねる。

「なにか用事とかあった?」

「あ、いや、用事は・・・・・・」

 深く関わるべきじゃない。そもそも買い物に来たという立派な用事があるじゃないか。

「用事は、ない」

 僕は何故か頷いていた。何やっているんだと思ったのは後の祭りで。

「ほんと? やった!」

 紅梨ちゃんは笑顔を浮かべて、昔と同じように僕の手を取った。

「ちょっと早いけどお昼ご飯にする? 理沙に教えてもらったおすすめのお店があるの」

「え、あ、ああ、うん」

 勢いに押されつつ言われるがまま頷いて、手を引かれて僕達はショッピングモールを歩いていく。

 紅梨ちゃんと手を繋いで歩くなんて、入院していた頃・・・・・・しかも彼女が引っ越す前のことだから五年以上前の話になる。昔は簡単にできたことなのに、今は緊張が勝って落ち着かない。

(でも・・・・・・温かいな)

 繋がった手から温もり感じる。彼女の手は昔と変わらない温かさだ。

 紅梨ちゃんが案内してくれたのは個人経営のレストランだった。

 開店時間になってからそう時間は経っていなかったはずなのだが、僕達が店に着いた時にはすでに店内の席がほとんど埋まっていた。

「早めに来て正解だったかも」

「そうみたいだね」

 タイミングが良かったらしい。僕たちはすんなりと開いている席へと案内された。その最中、このお店が雑誌に取り上げられたとかなんとか、そんな会話が聞こえてきて、どうやらかなりの人気があるお店らしいことが窺えた。

(剛竜樹と柏原理沙が話していた店はここか・・・・・・)

 ふと昨日の出来事――徹の記憶が頭に過る。平日とはいえ、あの時間から並ぶとしたらいったいどれだけ待つことになったかわからないなと思いつつ、テーブルに置かれたメニューを開く。

「どれも美味しそう、統眞はどうする?」

「ハンバーグかな。なんかおすすめって書いてあるし」

「即決だ。ハンバーグ好きだっけ」

「まあ、うん。特別ってわけじゃないけど」

 そもそも病院食以外を食べた経験が少なすぎて、これといって好物ってものがない。パラパラとページを捲ってみるが名前は知っていても、食べたことないものばかりだ。

「そっか。私は・・・・・・うーん、どうしよ」

 真剣な表情で悩む紅梨ちゃん。

 そんな彼女の姿を見つつ、僕は心の中で徹の言葉を反芻していた。

(僕が紅梨ちゃんを傷つけている、か)

 そんなことはわかっている。

 病室で別れた時から今まで、僕の勝手で彼女を傷つけ続けている。

 こうやって一緒にいることですら、本当は彼女の心の傷を抉っているかもしれない。それでもこうして僕を気にかけてくれるのは、きっと彼女の優しさだ。

(僕は、この優しさを拒絶しないといけないんだろうな)

 こうやって僕が余計な時間を過ごせば過ごすほど、紅梨ちゃんの記憶に僕が残ってしまう。これから僕が消えたとき・・・・・・徹が戻ってきたとき、それがまた彼女を傷つけるかもしれない。

(いや、それはさすがに自意識過剰か)

 僕が消えたら、本来あるべき日常に戻るのだ。紅梨ちゃんだってすぐに受け入れる。

『いつまでそんな現実逃避をしてるつもりだよ』

 そんな声がどこからか聞こえてくる。

 思わず周囲に視線を向けるが、これは僕だけに聞こえる声だ。

『お前が消えて元通り、なんてことはない。それは紅梨を追い詰めるだけだ』

(そんなことないさ。きっと受け入れてくれるよ)

 心の中で返答する。

『もっと現実に目を向けろ』

(僕はちゃんと見ている)

 反論するが、答えは返ってこなくて、変わりに聞こえてきたのは、

「統眞?」

 紅梨ちゃんの心配そうな声だった。

「え、あ、ああ、なに?」

「ぼーっとしてたから、どうかしたのかなって」

「・・・・・・いや、なんでもない。ちょっと考え事してただけ」

「それならいいんだけど、もし体調が悪くなったとかならすぐ教えて、ね?」

「ごめん、でも、本当に大丈夫なんだ」

 今は目の前のことに目を向けよう。

 僕はハンバーグと紅梨ちゃんに勧められたチョコレートケーキを注文して、紅梨ちゃんもメインは同じく、デザートだけチーズケーキを選んだ。彼女の言葉通り運ばれてきた料理はとても美味しくて、会話も昔のように弾んだ気がして、

「ねえ、この後はどうする?」

 ごく自然に僕達はこの後の予定を話していた。

「この後、か。紅梨ちゃんこそ何かしたい事とかないの?」

「私がしたい事・・・・・・うん、あ、じゃあ、一緒にショッピングモール回ってほしい」

「じゃあ、そうしよう」

 どうせ目的だった買い物もある。何にしてもショッピングモールは歩かなければいけなかったのだ。そうして僕達はウィンドウショッピングをすることになった。

 歩きながらいろんな話をした。

 服屋では流行のファッションについて話を聞かされ、

 本屋では僕が読んできた本の話をして、

 ショッピングモールにあるお店の先々で他愛ない話が広がっていく。

 昔の思い出話から、紅梨ちゃんが引っ越してからの僕の病院生活。彼女の幼馴染とは別の友人関係のことなど話題が尽きることはなかった。

 会話の内容はどれも取り留めないものだったが、それが心地よくて、楽しくて。

 二人で過ごす時間はとても穏やかで幸せだった。

 そのうち日も暮れ始めて、そろそろ帰ろうかと切り出したところで、「ちょっと寄り道に付き合って」という言葉に頷き、彼女の家の近所らしい公園まで付いていった。

 そこは遊具もない小さな場所で、遊んでいる子供の姿もない、二人きりの空間だった。

 僕達はベンチに座って、また他愛のない会話を広げた。

「最近の子供たちは公園で遊ばないのかな」

「まったくってことはないかもしれないけど、紅梨ちゃん達が小さかった頃よりはずっと少ないかもね」

「私達の場合は他に娯楽の少ない町だったってのもあるけど」

「それ、徹もよく言っていたよ。都会が羨ましいって」

「皆憧れてたんだよ。ゲームセンターとか、カラオケとか。公園で遊ぶのももちろん楽しかったけど・・・・・・未知の体験というか、そういうのに興味あるお年頃だったのかな。東京へ旅行にいった子なんて少しの間憧れの的だったもん」

「気持ちはわかるかな。僕もあの頃は病室の外に憧れてた」

 こうやって町を歩いて、誰かと食事をして、話をして、そんな当たり前のことがしてみたかった。それができる徹は憧れだった。まさか僕が叶えられるとは思ってもいなくて、

 だからだろうか、ふと思ってしまった。

(こんな時間が、明日も続けばいい)

 無意識に、そんな言葉が心に過って僕は息を呑んだ。

 いったい僕は何を考えているんだ。終わりにしたいのに、そう望んでいたのに。

『それがお前の本音なんだ』

 声が頭に響く。

『もう無理だろ。いい加減正直になれよ』

 それは諭すような声だった。

『お前は誰にもなれない。霧崎統眞として生きるしかないんだ』

「違う・・・・・・」

 僕は決めていたんだ。ずっと前から決めていたはずなんだ。

 ここから先を生きるのは徹だと、僕は消えるのだと。僕には何も必要ないのだと。

 それなのに紅梨ちゃんの姿が脳裏に浮かんでくる。

 彼女の笑顔が、

 彼女の手のぬくもりが、

 彼女と過ごした日々が、

 彼女との思い出が、

 僕の心に降り積もっていく。

「・・・・・・これは未練だ」

 記憶が、思い出が、未練が、まるで僕の覚悟を蝕んでいくのがわかる。

 僕の覚悟はこんなにも薄っぺらい覚悟だったのか? 

 徹に申し訳ないと思わないのか? 責め立てるような声に首を絞められるようだ。

「統眞?」

「違う、僕は、僕は・・・・・・」

 僕は統眞じゃない。僕は自分を否定したんだ。

 どれだけ思おうとも、それは言い訳のようにしか感じられなくて。

「統眞」

 不意に、ぎゅっと手が握りしめられた。

 あったかい。

「私は統眞じゃないから、統眞がどんな気持ちで過ごしてきたのかわからないけど」

 優しい声。

「今もどんな気持ちでいるのかわからないけど、でも、私にとっての統眞はあなただけだよ。私の知ってる統眞は今ここにいるよ」

「紅梨、ちゃん・・・・・・」

「うん、私だよ。統眞」

 パニックになりかけた思考が落ち着きを取り戻していく。

「連れ回しすぎちゃったかな。ごめん、疲れさせちゃったよね」

「い、いや、違う。紅梨ちゃんは悪くないんだ」

 自分の感情と幻聴に振り回されただけだと説明することもできたが、それはそれで意味が分からないだろう。その代わりに質問を投げかけることにした。

「・・・・・・一つ聞かせてほしいんだけどさ」

「なに?」

「なんで、どうして僕なんか気に掛けるんだ」

 彼女の優しさは胸に響いていた。

 あの場で、ショッピングモールで会ったのは偶然かもしれない。でも、きっと、紅梨ちゃんは優しいから、僕を孤立させないために一日一緒に行動してくれたのだろう。

けれども紅梨ちゃんだって立場があるはずだ。

他の幼馴染達は僕と一緒にいることを快く思わないはずで、もしかしたら紅梨ちゃんのことを責めるかもしれない。

「僕は君に優しくされる資格なんてないよ」

「どうして?」

「紅梨ちゃんだって分かっているだろう? 僕は君達から徹を奪って、そして今は自分のために君達を傷つける選択を選んでいる。君達の思い出を踏み躙っているんだ。僕はきっと許されないことをしているし、許してもらおうとは思わない」

「・・・・・・それは」

「それでも僕は徹のために、徹がこれからを生きていくためにこの身体を使う。使わなくちゃいけないんだ」

 それこそが僕が徹にできることだから、

「だからさ、そんな僕に優しくする必要なんてないだろう。むしろさ、紅梨ちゃんも僕を憎んで、嫌悪して、否定するべきなんだ」

 吐き出すように言う。

 嫌われた方が、憎まれた方が救われる。

そうすれば未練も少しは薄れるかもしれない。

「そんなことできないよ」

「君にはそうするだけの理由が、権利があるじゃないか」

「統眞」

 名前を呼ばれて、目を合わせようと顔を上げる。

 すぐ近くには紅梨ちゃんの顔があって、ぶつかる――なんて思ったときには僕達の距離はなくなっていた。

「んっ・・・・・・」

 唇が唇で塞がれてる。キスされてる? 

そう思考が追い付いたとき彼女はゆっくりと離れて、

「私ね」

「は、はい」

「統眞のことが好き」

「あ、え、なっ・・・・・・」

 突然の告白に僕は言葉を失った。

「大切な幼馴染でもあるけど、統眞はずっと好きな初恋の人だから。引っ越してからも、統眞が徹として過ごしている間も統眞こと忘れられなかった。今更嫌いになんてなれないし、憎めるわけないよ」

「え、あ、い、いや、でも」

「嘘じゃないよ。ずっと好き。今も好き」

 また距離がなくなる。二度目のキス。

 触れ合う温もりが心の底からそう思ってくれているのだと伝えてくる。

 ずっと会いたいと思ってくれていた。僕の事を好きでいてくれた。

 叶うことならと僕の未練を刺激してくる。

(でも、僕がそれを受け入れてしまったら)

 僕が望んでしまったら、徹が本当に消えてしまう。

「紅梨ちゃん、僕は、僕は・・・・・・」

 今度は唇に人差し指を当てられて、その先の言葉が止まる。

「今は返事しないで」

「ど、どうして」

「だってきっとフラれちゃうもん」

 図星を付かれて言葉に詰まる。

「私のことが嫌いとか、友達のままでいたいとか、他に好きな人がいるとか、そういう理由だったらちゃんと聞くよ。だけど、今の統眞はあの時と同じ顔をしてるから」

「あの時って・・・・・・」

「五年前、病室で約束をさせられたときと同じ顔」

「そんなこと、ないだろ」

「あの時と同じだよ。今みたいに泣きそうな顔してた。本当はそんなこと思ってもいないのに嘘ついて、それくらい分かるよ。ずっと統眞のこと見てきたんだから」

「そ、それは」

「だからね、統眞が自分の気持ちを話してくれるまで待ってる」

「そんなの、ずっと答えないかもしれないじゃないか」

「それでもいいよ。私が勝手に待ってるだけだから。時間が経てば、それが答えだって思えるかもしれないし」

「・・・・・・」

 何を言えばいいのか分からなくなって、僕はもう口を紡ぐことしかできなかった。

「あ、それとね、統眞」

「なに?」

「一つ勘違いしてることあるよ」

「勘違い?」

「統眞は理沙や竜樹、昴に嫌われているって思っているかもしれないけど。そんなこと全然ないよ。三人とも今日みたいに統眞と出会ったらきっと私と同じことしてたから」

「そんなこと、ありえないさ」

 僕がやっていることを考えたら、嫌われない理由がない。

「嫌いだったら三年間もあなたと一緒にいなかった。もちろん一緒にいた理由の一つに徹の言葉があったのは間違いないだろうけど、それを除いても、今まで統眞のことを考えてずっと一緒にいたんだよ、嫌いだったらそんなことできない」

「仮にそうだとして、なんでそんなことを・・・・・・何一つ得することがないじゃないか」

「人間関係って損得だけじゃないよ。統眞が徹を慕っていたことだって、私を友達にしてくれたことだって、その全てを損得勘定で考えていたわけじゃないでしょう?」

「それは・・・・・・でも、だからって」

「皆もきっと受け入れたんだ。徹の最後の言葉を、統眞のこれからのことを、だから統眞と一緒にいたんだって、統眞のことを好きになろうとしたんだって私はそう思う」

「・・・・・・そんな、まさか」

 どれだけの言葉を重ねられても、にわかには信じられなかった。

 徹と皆は親友同士だったんだ。

何度も何度も徹の話に登場した人物達で、話を聞いただけでも大切な存在なんだって理解できた。それなのに徹の死を受け入れているなんて、そんなことあるわけがない。

「紅梨ちゃんは、君もそうなのか?」

「私は、そうだな・・・・・・」

 自嘲するような笑みを浮かべて、紅梨ちゃんは言葉を続ける。

「皆とね、喧嘩ってわけでもないんだけど、ちょっと距離を置いてたんだ」

「あ、ああ・・・・・・」

「きっかけは徹の葬式のときだった。皆すごく泣いてて、私もすごく悲しかったけど、何故か涙は出なかった。そうしたら昴がね、『どうして泣かないんだ、悲しくないのか』なんて怒っちゃって」

「城ノ院さんならたしかに言いそうなことだな」

「昴の言いたいことも分かってたよ。でも、そこで言い合いになっちゃった。私だって本当に悲しかったし、すごく泣きたかった。だけど、徹の心臓のおかげで統眞が生きているんだって思ったら、悲しむこともできなくて。今思えば私はあの時に徹のことを受け入れていたのかな・・・・・・」

「そう、か」

 あの時は紅梨ちゃんだけが僕のことを知っていた。

知っていたばかりに僕と徹とで板挟みになってしまったのか。

「その、ごめん」

「統眞が謝ることなんてないよ。あの事故はただの悲劇でしかなくて、徹も、私達も、それにあなただって、その悲劇に巻き込まれただけなんだから」

「僕も、巻き込まれた?」

「そうだよ。統眞が望んで病気になったわけじゃないでしょ? 徹があなたのお見舞いに行って事故に遭ったのは――」

「違う、違うんだ」

 遮るように言う。

 病気になることなんて望んでいないし、悪化したのだって病状の経過を考えれば当然のことだった。充実した治療のできる病院へ転院だって不思議なことじゃないだろう。それだけなら僕は悪くないと言えたかもしれない。

「独りになりたかったんだ。誰にも迷惑をかけたくなかったし、誰かの記憶にも残りたくなくて、家族で引っ越すことに反対して、僕は一人で病院に移ることになったんだ」

 その考えは浅はかで、今も後悔と罪だけが残っている。

 僕の選択は結局迷惑しか掛けていなくて、それどころか徹を失うきっかけを作ってしまったのだ。

「徹は・・・・・・僕が殺したのも同然だ」

「統眞」

 糾弾してほしかった。僕のせいだと、僕が殺したんだと。

 でも、そんな言葉が降りかかってくることはなくて。

「事故は事故でしかないよ。徹が事故に遭ったのは不幸が重なっただけ。皆も分かっているから、統眞を責める人なんて誰もいない」

「だ、だけど・・・・・・」

 紅梨ちゃんのそんな言葉が胸に突き刺さる。

 僕だけが徹の死を受け入れられていなかったのか。

 皆は前に進むことができていて、僕だけが前に進めていなかったのか。

「でもさ、受け入れられるわけないじゃないか。徹は僕の世界そのものだったんだ。それなのに僕のせいで死んだなんて、僕のせいでいなくなっただなんて」

 そんなこと考えられるわけがない。

「統眞が悪いわけじゃないよ」

 違う、僕のせいなんだ。そう否定しようとしたところで、

 ブー、ブー、ブー、と。遮るようにポケットに入れたスマホが振動した。

「え、あ、電話・・・・・・?」

 もたつきながらもポケットからを取り出して、画面へと目を向けると、

「――って、これは・・・・・・」

電話を掛けてきた相手は、本来掛かってくるはずのない人物からだった。

「どうしたの?」

 手を動かせずにいると、紅梨ちゃんも僕の反応が気になったのか携帯の画面を覗き込んできて、

「あれ、この名前って」

 僕の病室に通っていた彼女なら知っていても不思議なことではなかった。

もしかしたら直接の面識だってあるかもしれない。

「・・・・・・父さん」


    *


 統眞とショッピングモールを歩いてからの二日後、彼は学校に来なかった。

 竜樹達も何も聞いていないらしい。といっても、今の統眞が三人に連絡するとは思えないし、学校の方には何かしらの連絡があったそうだ。「霧崎は欠席と聞いている」と担任の先生はどこか歯切れ悪く言っていた気もするが、そう教えてくれた。

(倒れたわけじゃない、連絡は取れている)

 人格が元に戻っているせいで学校に来るのを控えたのかもしれないし、私達と顔を合わせたくなかったというのも大いにあり得る。単純に寝坊したから仮病でサボり――というのは流石に考えにくいけど、それもない話ではないのだ。

 私の心配しすぎかもしれない。彼が休む理由なんて幾らでも思いつく。

 でも、そうして考えれば考えるほど統眞のことが気になって今日一日授業に集中することができないでいた。

(・・・・・・それに、あの電話・・・・・・)

 統眞はあとで掛け直すからと電話を切ってしまった。

 その後で、統眞が父親とどんな話をしたのか私は知らない。そもそも彼と家族の問題なのだから私が踏み込んでいい話題でもないだろう。

(いっそ会いに行こうかな・・・・・・)

 うだうだと悩むくらいなら、彼の顔を見た方が気持ちも落ち着くはずだ。だけども、会うことを考えると勢いで告白してしまったことが頭に過って顔が熱くなる。

 告白したことに後悔はもちろんない。ないけど、冷静な気持ちでいられるかとなると話は別だ。

「でも、統眞は心配だし・・・・・・」

「これが授業中だったら結構やばかったよ」

「ひっ・・・・・・!」

 突然声を掛けられて思わず悲鳴を上げてしまう。

「似たような会話を誰かさんとした気がするな、もう授業はとっくに終わってるよ」

 言われて教室を見渡すと、部活へ向かう人達や、どこか寄り道して帰ろうと計画を立てる人たちなど各々動き出していた。

「ご、ごめん、ちょっと考え事してた」

「まあいいけど、呼び出しだよ。竜樹と理沙が集まってほしいってさ」

「これから? なにかあったの?」

 昼休みに集合することは結構あったが、放課後というのは珍しい。

「僕も集まれってこと以外は何も聞いていないけど、とりあえず屋上に集合だ。僕は先に行くよ」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ」

 私の言葉を聞く様子もなく昴は先に教室から出てしまう。私は慌てて帰り支度を済ませてその背中を追いかける。

「まだ二人は来てないようだね」

 屋上には私達を呼び出した二人の姿は見えなかった。

「まあいいか、君と話したいこともあったし」

「私と?」

「昨日さ、彼とショッピングモールを歩いていただろ?」

 そう話を切り出されてドキリとする。

「そ、それは、た、たまたま、そう、たまたま偶然会っただけで・・・・・・」

「別に責めるつもりはないよ。準一さんにだって彼と接触しちゃ駄目だなんて言われてないだろ? ただ仲睦まじそうに見えたからね、ちょっと話を聞きたかっただけ」

「仲睦まじいなんて、そんな」

「君、まだ彼の事が好きなのかい?」

「え、な、何を突然」

 昴の思いもよらない言葉に動揺する。しかし、話を振った本人はいたって真面目な表情をしていた。

「君だって分かっているはずだ。失った友の名前を名乗られ、思い出を踏み躙られ、僕達はただ名前を生かすためだけに利用された。君はそれでもまだ、彼の事を、霧崎統眞の事を好きだと言えるのか?」

「・・・・・・言えるよ」

 自分の気持ちを誤魔化すつもりはない。

「私は統眞の事が好き」

「それが僕達の友情を壊すことだとしても?」

「・・・・・・それは」

 二年前の会話が頭に過る。

まるであのときの再現だ。

 あのときも友情か、恋心か、私はその板挟みにあった気持ちでいた。どちらも大切だから選べなくて、距離を取ったつもりなのに、結局は皆の輪に戻ってきて。

「・・・・・・私、皆のことも大切」

 たくさんの思い出がある。

 喧嘩もしたし、嫌いになるかもと思ったことだって何度かあった。

 その全てを含めて、昴のこと、竜樹のこと、理沙のこと、そして徹のことが好き。私のかけがえのない大切な友達だ。

「でも、どちらかを選ばなきゃいけないなら・・・・・・。私は、きっと統眞を選ぶ」

「そんなにも好きなのかい?」

「それはもちろんあるけど・・・・・・統眞は、私にとって全ての始まりだから」

 今の私があるのは、全部統眞のおかげだ。

「始まり、か」

 昴は反復するように呟いて、そして、どこか納得したように昴は頷いた。

「徹は昔からやんちゃでさ、幼稚園のときにガキ大将だった竜樹と喧嘩して勝ったことが全てのきっかけだった。それを機に竜樹と、その幼馴染だった理沙は徹と仲良くなったんだ。そして、僕はそんな徹の強さに憧れて一緒にいた」

「うん、ずっと前に聞いたことある」

「僕達にとっては徹が始まりだった。だから、徹のことを中心に考えている。でも、そうか、君にとっては統眞が始まりだったんだよね」

「昴?」

「いやなに、どうして君が統眞の肩を持つのか、なんとなく理解しただけだよ」

「それってどういう――」

 ガチャリと、私の言葉に重なる形でドアが開く。

「よお」

「ごめんなさい、待たせたかしら」

 そして、そんな言葉と共に私達を呼び出した二人の姿が現れる。

「遅いよ、二人とも」

「ああ、ちょっと野暮用で――ってか、二人こそなんかあったのか?」

「何もないよ、ただ世間話をしてただけさ」

「う、うん。そう」

 昴の言葉に同調して頷くと、竜樹はどこか腑に落ちない表情を浮かべつつも、

「まあ、喧嘩とかじゃないならいいんだけどな」

「それで? 僕達を集めた理由はなんだい?」

「ああ、実は俺達もどういうことなのか、ちゃんとは分からないんだがな」

 竜樹はそう前置きをして、

「結論だけ言うと、アイツ。・・・・・・統眞がさ。実家に戻るつもりらしい」

「えっ?」

「それは、どういうことだい?」

 私達の質問に理沙は引き継ぐ形で口を開く。

「兄さんがね、人格が元に戻っていることを統眞のご両親に連絡したそうなの。そうしたら実家へ戻ってこないかって統眞と話をしたみたいで」

 統眞に掛かってきた電話が頭に過る。

「それを統眞が受け入れたの?」

「おそらくは、だけどね」

 にわかには信じられない話だった。昔から統眞と両親は折り合いが良くないと話していたし、そんな彼が実家に戻りたいなんて思うとは考えられなくて、

「あ、もしかして、あの電話・・・・・・」

 一つだけ思い当たる節があった。

「何か心当たりがあるの?」

「うん、実は・・・・・・」

 理沙の質問に頷き、二人でショッピングモールを歩いたこと、公園で話したこと、そこで統眞の父親から電話があったこと、掻い摘んで一昨日の出来事を説明する。

「統眞は後で掛け直すって、その場で切っちゃったんだけど、もしかしたら実家に戻ってこないかってそういう内容だったのかも・・・・・・」

「たしかに、その線はあるかも」

「でも、なんで突然・・・・・・」

 統眞のやろうとしていたことを考えれば、その選択は目的と一番遠のくものだ。

「理由を考えたって仕方ないだろ。分かっていることはアイツが自分の意思で親元に戻ることを決めたってわけだ。こうなったら俺達にできることなんて大して残ってないさ」

「それは・・・・・・」

「紅梨にとってはきついかもしれないけどさ、悪いことばかりじゃねえだろ。アイツが自分で決めたってことは、徹になろうなんて考えをやめたのかもしれないし、少なくともアイツがこれからを生きていく一歩になるんじゃねえのか」

 竜樹の言うことは一理ある。

だけど、それを素直に受け入れることはできそうにない。

「僕としては納得いかないね」

 私が声を出すよりも先に、昴が口を開いた。

「意外だな、昴。お前はこの状況に賛成すると思っていた」

「勘違いされても困るけど、いなくなってせいせいする気持ちがないわけじゃない。でもさ、これで縁切りだと簡単に言えるほど、ちっぽけな関係を築いてきたつもりもないし、それは竜樹や理沙だってそうだろう?」

「・・・・・・ああ、それはそうだな」

「それにね、あれだけ徹に固執して、僕達をかき回して、今度は理由も言わないまま僕達の前から姿を消すっていうのは道理が通らないんじゃないかな」

「そうかもしれん。・・・・・・紅梨、お前も同じ考えか?」

「私、は・・・・・・」

 統眞の事を本気で考えるなら、統眞の意思を尊重するべきなのかもしれない。

「私も、納得いかない」

 でも、こんな別れ方は嫌だ。このままじゃ昔と変わらない。

「そうか」

 竜樹はそう呟くように言って、そしてニヤリと笑った。

「いやあ、そう言ってくれて助かったぜ。用意したものが無駄になるかもしれねえって内心ヒヤヒヤしてたんだ」

「用意?」

「おお、受け入れられない。納得いかない。それなら説得しにいくしかないだろ」

 言いながらポケットから封筒を取り出して、私に向かって差し出してきた。

「明日の午前中・・・・・・十時くらいには統眞の父親が迎えにくる。話は通してあるからその前にお前が合流しろ。封筒の中に入っているのは二人分の乗車券だ。もちろんお前達、統眞を含めてここまで戻ってくるためのな」

「え、え、それって」

「大丈夫。兄さんに確認してもらっているし、統眞のご両親からも了解を得ているから」

「そ、そうじゃなくて、それって」

 話の流れを掴むことができない。

「察しが悪いな。お前が説得してこいってことだよ」

「わ、私が?」

「お前以外誰がいるんだよ。前にも話しただろ。お前だけなんだ、統眞を知ってるのは」

「それは・・・・・・」

 そうかもしれない。

だけど、説得なんてそんな大役をこなせる自信なんて・・・・・・。

「俺さ、仲良くなりたいんだよ。徹と、お前が大切に想ってるやつだぜ? きっと面白いやつに決まってるんだから」

「私も。昔のこと、これからのこと、いろんな話をしたいわ」

「僕としては彼には言ってやりたいことがたくさんある」

 三人とも笑顔だけど、真剣な瞳をしていて。

 本気で統眞のことを考えているってことがわかった。

「そんなの、ずるいよ、断れないよ」

「断らせる気なんてないからな。だから、任せたぞ」

「・・・・・・うん、頑張る」

 頷いて、竜樹から封筒を受け取る。

 この気持ちが、皆の思いが、統眞の心に届くことを信じて。


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