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約束  作者: 黄昏
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 さて、統眞として戻ってきた僕の日常生活も苦労の連続だった。

 それもそのはずだ。

 これまで徹として見ていたものが自分のものとなったわけだから、当然今まで通りとはいかない。  

 小さなことや大きなことまで色々な失敗をして、その度に皆の手を借りた。

 そうして過ごしていくうちに月日も過ぎ去っていく。


 皆との会話に敬語が抜けていって、さん付けから呼び捨てになって。


 先に進学、就職していく二人を見送って。


 僕達も追いかけるように進学して。新しい交友関係も広がって。


 どんどん予定の都合が合わなくなって、でも、ときたま昔と同じように皆で集まって。


 幼馴染から、誰よりも大切な人となった彼女との関係もまた変わって。

 ふと思い返してみるとあっという間に駆け抜けた日々だった。

「・・・・・・徹」

 一年ぶりに訪れた墓石に思い出話をするが、当然何も答えない。

 徹と別れた十年前、あの時ようやく徹は僕から解放されたのだろう。傍にいなくなったことが寂しく思うこともあったけど、今はこれでよかったのだと言える。

「今日は僕だけ先に来たんだ。またすぐ来るよ。今度は皆も連れてくるから」

 そろそろ向かわないと約束の時間に遅刻だ。

 最後に一言「また後で」と声を掛けて背を向ける。

「統眞」

 墓の出口で名前を呼ばれた。

「あれ、紅梨ちゃん?」

 そこには最愛の人が手を振っていて、

「どうしてここに? 先に待ち合わせの場所に向かったんじゃなかったの?」

「そのつもりだったんだけど、やっぱり統眞と一緒に行きたかったから」

「そう? それなら先に徹にも挨拶すればよかったのに」

「あなたと徹の時間を邪魔したくなかったの」

 紅梨ちゃんは「気が利く奥さんですから」なんて胸を張って言う。

「それはそれは。気を使わせてすまない。お詫びにエスコートさせてくださいますか」

「あら、ありがとう」

 ふざけあって僕達は自然と手を繋ぐ。こうして歩くのもいつの間にか当たり前になった。

「徹とはどんな話をしたの?」

「大したことは話してないよ。徹と離れてからさ、今日まであっという間だったなって改めてそんな話をしただけ」

「そっか。でも、たしかにその通りかも。小さい頃の一年ってすごく長く感じてたけど、今なんて気が付けば過ぎ去ってるし、こうして老けていくのかなーって思うと憂鬱」

「そんな心配しなくても。まだお互い二十代じゃないか」

「もう二十代なの! しかも後半だし!」

 怒気のこもった声に思わず「ごめん」と謝るが、気にしすぎではなかろうか。

「で、でもさ、どれだけ歳を重ねても紅梨ちゃんは可愛いままだよ。今もすごく可愛い」

「私としては奇麗って呼ばれる大人になりたかったんだけど」

「それは、その、ごめん・・・・・・」

「でも許す。統眞に褒めてもらえるのは嬉しい」

 他愛ない話を広げる。

お互いの最近の出来事、今日の天気、ずっと一緒に過ごしていても話題は尽きることがない。そうしているうちに目的の場所、あの公園に着いた。

「皆は上かな?」

「そう言ってたよ」

「よし、じゃあ、いこう」

 公園に入り、その中にある山道を歩く。だが、そこは昔みたいに草木に覆われた獣道ではない。ちゃんと道として舗装されたものとなった。

 詳しい事は分からないけども、あの約束の場所は公園の一部として開発されるはずだった場所でずっと中断していたものらしい。僕達が約束を残した数ヶ月後にと突如再開発が始まって本来の公園として完成した。竜樹達は「風情がなくなった」と落ち込んでいたが、不法侵入して集まることがなくなったことは良い点だと僕は思っている。

「おっそーい!」

 山道を登り切った僕達を迎えたのはそんな声だった。

 視線を向けると公園の木陰にレジャーシートを敷いて声の主の理沙、そして竜樹と昴と三人が集まっていて、

「ほんとだぜ。いったい何やってんだが」

「二人のことだ。イチャつきながら歩いていたに違いないよ」

「カーッ! これだから夫婦はよぉ!」 

「いやいや、そうは言うけども約束の時間前じゃないか。むしろあんた達の集まりが早いんだよ」

「俺達がこうして集まっているんだからお前達も合わせるのが道理だろ」

「そーだそーだ!」

 そんな道理はない。

「竜樹も理沙も、まさかもう酔ってるの?」

「二人をからかいたかっただけよ」

「いい年した大人のやることとは思えないな・・・・・・」

 僕と紅梨ちゃんは同時に溜息をこぼし、三人の座るレジャーシートにお邪魔する。

「はい、お茶でよかったよね?」

「あ、うん、ありがとう」

 差し出した飲み物を受け取りながら礼を言うと、視線が気になって、

「なんだよ、昴」

「いやなに、二人は夫婦なんだなーと思っただけさ」

「ちゃんと夫婦だよ。結婚したのも半年前だし、結婚式にだって来てくれたじゃないか」

「もちろん覚えているとも。しかし、そうか。思えば紅梨が君に甲斐甲斐しいのはずっと昔からだったね」

「それは、そうだな・・・・・・」

 昔から今も紅梨には世話をかけてばかりだ。

「よし、ここは日頃の感謝を口にするときじゃねえのか?」

「いや、竜樹。どうしたらそういう流れになるんだ」

「あら統眞、夫婦生活を長く続ける秘訣はお互いを想いあう事って言うじゃない」

「理沙まで」

 だが、言われてみればその通りかもしれない。

 いつも感謝の気持ちは伝えているつもりだが、当たり前のお礼程度しか伝えていないようにも思う。ガリガリと頭を掻いて紅梨と向き合うと、

「と、統眞?」

「いつもありがとう。その、これからも迷惑かけるけどずっと一緒にいてほしい」

 まるで第二のプロポーズだと口にしてから思う。

「それ、プロポーズみたい」

 紅梨ちゃんも同じ感想を持ったようで、顔を朱に染めながら「こちらこそ」と頭を下げる。

「なんかあれだけだな。惚気られただけだな」

「やらせといてその感想かよ!」

「そう怒るなって。ほら、あるだろ? カップルをみると冷やかしたくなる心理というかさ」

「ああ、そういうのは十代前半で卒業するものだと思うけどな」

「いつまでも童心を忘れないことがモットーです」

「右に同じ」

「以下同文」

 竜樹の言葉に理沙、昴が続く。

「こ、こいつら・・・・・・」

「まあまあ、統眞。私はあなたの言葉嬉しかったから」

 紅梨にそう慰められて、僕はまた溜息をこぼした。

「それに竜樹達が茶化してくることなんて今に始まったことじゃないよ」

「たしかに。今に始まったことじゃないんだよな」

 僕達にはこれからも色んな変化があるだろう。

 それは良いものかもしれないし、もしくは不幸なものかもしれない。そんな中でどれだけ歳を重ねても、会わない時間が増えても、こうして顔を合わせれば昔一緒に過ごしてきたときと同じように馬鹿らしいやり取りができるというのは幸せなことだ。

「統眞、また考え込んでる?」

 そんなことを考えていると、紅梨ちゃんに顔を覗き込まれていた。

「え、いや、そんなことはないよ」

「そう? なんか難しい顔してたから」

「大丈夫。たださ、これからもこうやって集まれればいいなって思ったんだ。何か変わることがあっても、僕達の友情がなくならないようにってね」

 あの日、僕達の残した――永遠の友情。その約束を守れるように。

「そうだね。私達も、その次の世代も、皆仲良くできるように」

「次の世代?」

「そう、私達の子供とか」

「え、あ、それって・・・・・・」

 動揺する僕を見て、紅梨は笑顔のまま「えへへ」と笑う。

 見た目だけではまだ分からない。けれども、そこには確かに新しい命があるのだろう。

「ごめん、ちょっとびっくりして、何て言えばいいか分からないんだけど」

「そりゃサプライズのつもりでしたから」

「そうか、その、ありがとう・・・・・・ありがとう」

 お礼の言葉が正しいか分からないが、それが僕の口から自然に漏れた言葉だった。

「徹にも報告しないとな。あいつもこれで叔父さんだ」

「すっごい嫌がりそう。ダサいから名前で呼べ!って」

「その光景、目に浮かぶよ」

 叶うことのない光景を夢想して、僕達は笑いあった。

「まーた二人でいちゃついて」

「独り身には目に毒でしかないんだって」

「まったく君たちはすぐに自分たちの世界に入るね」

 三人のブーイング。

「違う違う、今のはそんなのじゃないって」

「じゃあなんだってんだよ?」

「んー、あー、そうだな。来年にはもう一人メンバーが増えるって話かな」

 少し気恥ずかしくて、ポリポリと頬を掻く。紅梨も頬を染めてはにかむ。

 三人は僕達の言動に意味を察したようで、

「やるじゃねえか、おい!」

 竜樹に肩を抱かれ、

「おめでとうっ! 馬鹿に付き合って無理はしちゃだめよ?」

 理沙は紅梨の手を握って、

「本当にめでたいね。これから大変だと思うけど頑張るんだよ」

 昴に拳を差し出されて、僕は自分の拳をコツンと当てた。

「こうしちゃいられねえ! 徹に報告しないと! まだ伝えてないんだろ?」

「あ、ああ、僕も今さっき知ったから」

「よし! それじゃあ徹のとこにいくぞ! とっとと支度しろ!」

「待ってくれ! 僕が真っ先に叔父さんと呼んでやりたい!」

 言い終えるのが早いか竜樹が真っ先に駆けていき、その後ろを昴が追いかける。

「ああ、こら! 片づけてから行きなさいよ!」

「私達がやっておくから、理沙も追いかけていいよ?」

「そ、そう? じゃあ、お願い!」

 飛び出すように理沙も駆けていって。

「嵐のような奴らだ」

「それも今に始まったことじゃないよ」

 小さくなる背中を見送って、二人きりになった僕達は手を繋ぐ。

「紅梨ちゃん」

「ん、なに?」

「ずっと一緒にいよう。できるかぎり長くさ」

「うん。でも」

「でも?」

「こういうときくらい、永遠にって言ってくれてもいいのに」

「ああ、そうか・・・・・・」

 不変的な日常はない。僕はそれを知っている。

 だからこそ、こんな幸せな時間が、こんな皆との関係が、長く続きますように。

「じゃあ、永遠に一緒にいよう。約束だ」

「うん、約束!」

 そう祈らずにはいられないのだ。

 今日も滞りなく、この僕、霧崎統眞の人生は続いていく。


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