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約束  作者: 黄昏
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 あれから僕の日常は大きく変わった。いや、変わることになったというのが正しいか。


 あの夜、自宅に戻ると両親に怒られ、

「統眞!」

「あ、あの、ごめんなさい・・・・・・」

 頭を下げることしかできない。

「本当に心配したんだから!」

 言いながら母さんに泣かれ、父さんは「やれやれ」と溜息を零していた。

 それから泊まる先など考えていなかった竜樹、理沙、昴の寝床を用意するために予備の布団を広げるなどして夜を過ごした。

 そして翌朝。

 寝た時間は遅かったけど、根付いた生活習慣の賜物か八時には目を覚ました。流石に昼寝しないときついかもななんて思いつつ部屋から出て階段を降りると、

「あ、父さん」

 スーツ姿でこれから出社するのだろう。寝た時間は僕と同じようなもののはずなのに疲れを感じさせないいつも通りの様子で、

「ああ、統眞。おはよう」

「おはよう。これから仕事だよね?」

「ああ、しっかり稼いでこないとな」

「あんまり無理しないでね」

 父さんは「わかった」と頷きながら、真剣な表情を僕に向けてきた。

「な、なに?」

「お前はこれからどうするつもりだ」

「これから・・・・・・」

「もちろんここで生活するのも構わない。ここはお前の家だ。学校やらには父さんと母さんが話をしよう。・・・・・・でも、友達には自分の口から伝えるべきだと思う」

「うん」

「統眞が良いと思った生き方をしなさい」

「・・・・・・僕は、僕は皆と戻るよ。ごめん、僕のせいで色々迷惑をかけて」

「いいんだ。統眞」

「うん」

「頑張れよ。友達を大切にな」

「うん」

 そう言って「じゃあまたな」と父さんは玄関をくぐって外へ出た。

「で、皆はなんで隠れてるの」

 死角に隠れる奴らに声を掛ける。

「い、いやいや、いい朝だね。統眞」

「おはよう統眞。別に隠れてたわけじゃないのよ」

「そうそう。隠れる理由もないしな」

 昴、理沙、竜樹と顔を出してくる。

「でも」

「うん?」

「本当にいいのか? 俺達と一緒に戻って」

「そうだね」

 これは僕の意思なのか、と問われたらちょっと違う気もする。あくまでも皆と一緒にいたのは徹の意思で、僕は紅梨ちゃんしか知らないわけだし。でも、きっと僕の選択を徹だって歓迎してくれるはずだ。

「ま、いい機会だなと思ってね」

「いい機会?」

「徹はちゃんと友達を選べていたのか、身内――弟として判断する機会としては最高だと思わない?」

 ニヤリと笑ってやると、

「言うじゃないか、統眞」

「ほんと。その喧嘩しっかり買わないとね」

「おうよ。絶対すぐ俺達を認めることになるぜ」

 三人の言葉に「まあ、そうなるように祈ってるよ」と返しつつ、

「ところで」

「ん?」

「レンタカーで来たって言ってけど、免許を取ったのは竜樹さんだよね」

「おう」

「・・・・・・正直乗り心地どう?」

 これからの帰路で不安要素の一つだった。

「それがさ」

 昴はゴホンと咳払いして、

「想像できないくらい丁寧だった。性格とは大違い」

「性格とは何だてめえ昴」

「ま、まあまあ。運転が上手いのは誉め言葉だから」

 わちゃわちゃ揉める三人に思わず笑みが零れる。

「てか、お前は俺の車乗らないだろ?」

「え?」

 乗らないと帰れないんだけども?

「いやいや、帰りの電車の切符を紅梨に持たせたんだけど?」

「んん?」

 何も聞いてない。

「そういえば紅梨はどうしたんだ?」

「この時間ならまだ寝てるんじゃない? 寝たのも遅かったし、彼女、あれで朝弱いから」

「あー、ありそうね。そろそろ起こしてあげましょうか。先にリビングへ行ってて」

 理沙さんが階段を上って徹の部屋へ向かう。そうか、紅梨ちゃんが徹の部屋を使うから一緒にという流れで理沙さんも一緒に寝たのだった。

「そいえば、皆早起きなんだね」

 リビングのドアを開けながら言う。父さんも出社したし、母さんも台所で家事をしているし、紅梨ちゃん以外は皆起きている。

「僕は枕が変わると眠れない質でね。正直ほとんど寝てない」

「大丈夫なの?」

「徹夜することは珍しくもないからね。まあ、車でうたた寝させてもらうよ」

「そう?」

「俺は染みついた時間に目が覚めたって感じだな。てか、お前も十分早起きだろ?」

「竜樹さんと一緒。規則正しい生活時間ってのが染みついてるんだと思う」

 そんな話をしていると二階から理沙さんと、どこかぽやぽやした様子の紅梨ちゃんがリビングに入ってきた。

「おはよう、紅梨ちゃん」

「あー、とうまー」

「うん」

 見るからに寝ぼけている。

「紅梨、紅梨」

「んに?」

「いいの? 統眞にだらしない顔見せてるわよ?」

「ええ、あ、えっ・・・・・・!」

 瞬間湯沸かし器が如く顔を赤く染めて、

「あの、えっと、顔洗ってきます!」

 リビングから飛び出した紅梨ちゃん。目は完全に覚めたことだろう。

「みんな、おはよう。朝ご飯作ったから食べちゃって」

 母さんの言葉に皆テーブルに着く。遅れて理沙もやってきて、

「はい、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」

 ちゃんとした朝ご飯を食べるのは久しぶりだ。しかもお米に味噌汁、アジの開きとひじきの煮物なんて豪華なメニュー、アパートに戻っても作らないだろう。

「統眞」

「ん?」

「皆と帰るんでしょ?」

「うん」

「あなたが決めたことだから応援するわ。だから、頑張るのよ?」

「うん」

 しっかりと頷く。

「皆も、息子のことよろしくね。世間知らずで不器用な子だけど・・・・・・」

「はい、お任せください」

「大丈夫っす!」

「今まで通り仲良くさせてもらいますよ」

 昴さんから続いて、竜樹さん、理沙さんとそんなことを言われて顔が熱くなる。

「母さん、大丈夫。つーか恥ずかしいからやめて」

「統眞、照れてる」

「紅梨ちゃんもいじらないで」

 恥ずかしいし居心地も悪いが、けど、嫌いじゃない雰囲気。

 こんな日々が続いていくのか? 

そりゃ何とも大変なことだ。

「あれ、どうしたの、統眞。・・・・・・もしかして怒った?」

「いや」

 おずおずと聞いてくる頭をぽんぽんと叩き、

「これから大変だなーって思っただけさ」

「んん?」

 そうだ。

 徹は去った。

 ここには僕が残って、僕には支えてくれる家族と友人がいて。

 頑張らないといけないけど、大変かもしれないけど、まあ何とかなるに違いない。

 それから朝食を終え、荷物をまとめ直して実家を後にする。

「次は夏かな」

「うん、そうだね」

「紅梨ちゃんも来てくれる?」

「もちろん」

「頼もしいな」

 手を繋いで駅へ向かい、

電車に乗り、

そうして車で掛った時間の半分ほどで今までを過ごしてきた街に戻ってきた。

見慣れた街並みを歩き、いつぞやの公園に着く。

「紅梨ちゃん、ちょっと一休みしない?」

「うん、いいよ」

 公園は相変わらずの無人で、僕達はあの日と同じようにベンチに座った。

「ねえ、紅梨ちゃん」

「なに?」

「この街でもさ、いっぱい思い出が作れるといいね」

「うん」

「一緒にご飯食べて、一緒に勉強して・・・・・・あとなんかあったっけ」

「え、なんかって・・・・・・」

「約束だよ」

 右手の小指を向ける。

「紅梨ちゃんがあのときしようとした約束。・・・・・・今からじゃ遅いかな」

「ううん、ううん! する! 約束!」

「うん」

 小指に小指が絡まる。

「霧崎統眞は」

「天野紅梨は」

 二人で「えーっと」と止まってしまう。どんな約束をするのか考えていなかった。

「ははは」

「ふふふ」

 どちらともなく笑みが零れて、

「紅梨ちゃん」

「ん?」

「僕は僕の命の重さを知った」

「うん」

「だから、こんなことを言うのは君にとって迷惑になるかもしれない」

「ならないよ」

 紅梨ちゃんは繋がった小指をにぎにぎして、

「大丈夫だよ、統眞。訊かせて?」

「ありがとう、紅梨ちゃん。約束しよう」

 小指に少しだけ力を込める。決して離れないように。

「霧崎統眞は。命を懸けて君のものになる」

 あの日の告白の返事。紅梨ちゃんにはちゃんと伝わったようで顔は見る見るうちに赤く染まる。

「あの、えっと、統眞!」

「うん」

「私は、天野紅梨は! 命を懸けてあなたのものになります!」

「うん、ありがとう。ありがとう」

 こうして僕と彼女の距離はまた縮まった。

 重いかな? いや、僕達にはこれでいいんだ。

「えへへ、統眞、すっごくかっこよくてびっくりしちゃった」

「そりゃもちろん、格好つけたからね」

「ねね、もう一度言って?」

「駄目」

 普通に恥ずかしいし、次はにやけてしまうかもしれない。

「そうだな。年に一回くらいはやってあげるよ」

「えー、ケチ」

「ケチでもなんでも。今年の分はさっきので終わり」

「ちぇ。ま、でも、いいよ」

「あれ、思いの外物分かりが良い」

「うん。統眞がちゃんと隣にいてくれれば。勝手に離れたら駄目よ?」

「わかった」

 紅梨ちゃんの肩に触れる。

嫌がれてないかな? 

少し性急かな?

そんなことを思いながら顔を近づけて、

ブー、ブー、ブーとスマホが鳴った。

 何とも間の悪い通知音だ。二人揃ってちょこっと距離を取り、自分のスマホを取り出した。

「わ、私のじゃなかった」

「うん、僕のだ」

 未だにマナーモードのバイブで揺れている。着信は着たままだ。

「え、えっと、出なくていいの・・・・・・?」

「あとで、いや、今出た方がいいか」

 あとちょっとでキスできたのに。なんて、恨めしい気持ちはスマホに表示された名前でなくなってしまった。むしろこれから起こることすら予想出来て気が滅入る。

「はい、統眞です」

『よかった! ようやく出てくれた!』

「あー、すみません。少し立て込んでて」

『そうかい? 今、時間いいかな?』

「はい、今外なんで少しなら・・・・・・」

『うん。きっと駅からの帰り道だもんね?』

 今回の僕の行動は全て筒抜けだ。

 普段は優しい優しい準一先生だが、今回ばかりは鬼の形相かもしれない。

『君は随分と無茶をしてくれるね?』

「・・・・・・すいません」

『でも、こうして君とまた会えてよかった』

「はい」

『説教は明日。理沙達も呼んでするから放課後に』

「・・・・・・はい」

『今日はゆっくり休んで。いいね』

「わかりました」

『それじゃ』と通話が切れる。

 僕は耳からスマホを離して深々と息を吐きだした。

「統眞、大丈夫?」

「まあ、うん。準一さんが説教は明日だってさ」

「え、私も?」

「多分ね。まあ、仲良く怒られてよ」

「ええ・・・・・・」

 心底嫌そうな顔をする紅梨ちゃん。僕も怒られるのは気が重いけど、でも、きっと僕を想ってくれるからこその言葉だろうから甘んじて受けいれよう。

「さて、帰ろうか、紅梨ちゃん」

「うん」

 恋人同士の時間を過ごす気配ではなくなったけど、僕達は当たり前のように手を繋いだ。

「さあ、いこう」

「うん」

これから歩いていく人生の方がきっと今までの人生よりも長い。その長い道のりの中で願わくはずっと紅梨ちゃんと一緒に歩めますように。僕はそんなことを思いながら足を踏み出した。


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