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近所の山の麓にある公園。
そこには俺達の秘密の場所があった。
かくれんぼだったかなんだったか、仲の良い幼馴染達と遊んでいて偶然見つけた場所。
公園の敷地から外れた林の中、名前も知らない草花が茂る坂道を登っていくと急に開けた空間に出たのだ。木漏れ日の山道とは違い、しっかりと射してくる日の光は地面の緑を輝かせ、その景色はあまりにも綺麗で神秘的だった。
俺は幼馴染達を呼んでこの場所を教えた。
大人に見つからないように。
他の子供達にも話さないように約束して。
それから、その場所は俺達だけの秘密の遊び場となったのだ。
ずっと俺達の遊び場で、きっとこの先も思い出の場所になるんだと思っていた。
「この辺りでいいかな?」
栗色の髪を肩まで伸ばした女の子が、いかにもやんちゃそうな男の子に訊く。
「ああ、ちょうど真ん中だし、この辺にしようぜ」
やんちゃそうな男の子は俺達に手招きをし、
「場所が決まったのかい?」
独特な口調の男の子は手招きした方へと向かっていく。
「・・・・・・俺達も行くか」
俺のシャツの袖を掴んで俯いている髪の長い少女に声をかけた。
彼女は顔を上げると小さく頷いて、また俯いてしまう。
「また会えるって。俺達はずっと待ってるからさ」
「だ、だけど、ずっと一緒にいて、中学校も一緒の学校に通おうって・・・・・・」
小学六年の夏だ。少女は父親が転勤することになってこの地から引っ越すことになってしまった。
だから俺達は少女が引っ越すその前日に必ず再会する事を約束して、五人が映った写真や、お互いに大切にしている物、未来の自分に宛てた手紙を入れたアルミ製の缶をタイムカプセルとして秘密の遊び場へ埋めることにしたのだ。
「ほら、何やってんだよ。お前達も早く来い」
やんちゃな男の子は俺の背中を押してタイムカプセルを埋める場所に連れてきて、各自で持ってきたスコップで土を掘り返す。髪の長い少女は袖を掴んだまま、その場から動こうとしなかった。
しばらくの間黙々と掘り進め、ようやく缶が埋まるぐらいの穴が開いて、
「よし、埋めるぞ」
ゆっくりと穴の中に缶を入れて、その上に土をかけて埋めていく。掘るのには時間が掛かったけども所詮は子供の力だ。そこまで深く穴を開けられたわけでもないからアルミ製の缶はすぐ土の中へと隠れてしまう。
誰も口を開こうとはせずに、俺達は一カ所だけ色が変わった地面を見下ろしていた。
「じゃあ、あとは約束ね」
栗色の髪の女の子は沈黙を破った。
「ああ、そうだ。約束だな」
やんちゃな男はそれに賛同するように口を開いた。
「そうだね。約束しなくてはね」
独特な口調の男の子も同じように声に出す。
「おう、約束しようぜ」
俺も続くように言って女の子の顔を見る。
「・・・・・・約束」
涙を我慢して、女の子は言った。
そして、輪を作るように手を繋いで、
「柏原理紗は」
「剛竜樹は」
「城ノ院昴は」
「霧崎徹は」
「天野紅梨は」
『必ず再会し、この場所でタイムカプセルを開けることを約束しますっ!』
自分の名前を言った後、約束事を言う。
当時学校で流行っていた約束の仕方で、俺達は声を合わせた。
*
体が軽く揺すられる感覚に夢が途切れる。
「・・・・・・きなよ・・・・・・」
意識がどんどんはっきりしてきて、思い浮かべるのはさっきまで見ていた夢の光景。
随分と懐かしいものを見た気がする。
「ほら、起きなって」
もう五年前になるのか。
「ここまで寝坊助だとは、まるで王子のキスを待つ姫の様だ――って、え、もしかして僕の熱い口付けが欲しいのかい? 姫のように?」
あの約束の後に理紗が先に泣き出しちゃって、我慢していた紅梨も泣いて、俺達も泣きそうになって、なんか最後は色々と大変だった記憶がおぼろげながらある。
「まったく、朝からだなんて、君も大胆だね」
自分の意思で見たい夢を決められるわけじゃない。
見る夢は選べないし、さっきまで見ていた夢もただの偶然だろうけど、大切な思い出であるが故に、どうしてあの夢を見たのだろうと思わずにはいられない。
「熱いキスの後、君がどんな声で鳴くのか、想像しただけで鼻血が吹き出しそうだよ」
――というか、さっきから気色の悪い台詞を喋っている奴はなんなんだ。
懐かしい記憶に感慨深くなっているというのに何もかもが台無しである。
「さて。では、その唇を頂くよ」
「・・・・・・え?」
その言葉にぱっちりと目を開くと、眼前にはゆっくりと近づいてくる男の顔。
「おいおいおいおいおい!」
思い出が台無しになるどころか、もしかしたら何か大変な展開になっているのではなかろうか。俺は迫りくる顔から逃れようと必死に顔を逸らそうとしたところで、
「頂くなぁぁぁああああああああああああああああああああああ!」
「ぐほぉっ!」
ドガッと鈍い音が部屋に響き、何かが倒れるような音が続けて聴こえてくる。
「ほら、君もさっさと起きなさい」
そんな言葉の後に、勢いよく掛け布団を剥ぎ取られた。
布団が無くなり、視界が開けた俺の目の前には制服姿の女の子――理沙だ。肩に掛かった栗色の髪を払いながら仁王立ちをするその姿は学校の制服。スカートから伸びる脚は黒いタイツに覆われている見慣れた格好だ。
「や、やあ、おはよう」
とりあえず挨拶しておく。
すると、理紗は挨拶を返すのではなく何故か顔が真っ青になっていき、
「え、も、もしかして、あなた・・・・・・」
「どうかしたのか?」
「起きていたってことは、す、昴の、その、熱い口付けを楽しみにしていたってこと?」
「いや、まったくそんなことないけど」
というか、あの気持ち悪いことを言っていたのはやっぱり昴だったか。
「ごめんなさい、あなたが楽しみにしていたことを奪ってしまって。これからは気を付けるから、気を付けるから・・・・・・」
「あの、理紗さん、話聞いてる?」
「ううん、いいの。誤魔化さなくて。だからね」
「何、かな?」
「相手は選びなさい」
「頼むから話を聞いてくれ」
俺にそっちの気はまったくないのだ。
「相手は選べ、だって・・・・・・? あんまり人のことを馬鹿にしないでもらいたいな」
俺が溜息を零したほぼ同時に、足元からゾンビのように昴が出てくる。
「誰もお前こと馬鹿にしてないと思うよ、否定はされてるけどな、変態」
「そう、彼の言う通りよ。貴方を否定しているだけで馬鹿になんかしてないわよ、変態」
「僕に対して朝から辛辣すぎるっ!」
「朝から気持ち悪いことをかましてくる奴が何を――」
「ちょぉっと待ちなっ」
言葉の途中で、部屋の入口の方から割り込んでくる声。
それが聞こえてきた方へ顔を向けると、俺の部屋の前には親指を立てている竜樹がいた。
学校の制服をきっちりと着ている昴とは対照的に、羽織っただけのブレザー、その中に着ているのは派手なプリントがされた黒いTシャツだ。一見全身私服なのではないかと勘違いしそうになる。
それだけでもかなり目立つが、極めつけは赤色に染められた髪の毛だ。当然のごとく頭髪から服装まで学則的にアウトなので週に二回か三回は先生に連行されている生徒指導室の常連である。
やれやれ。
いつもの騒がし三人組が揃う。
平日だと普段は学校で揃うことが多いのだが、今日は珍しく朝から俺の部屋に集合か。
「で、どうしたの竜樹」
「いや、なんか三人で盛り上がってたから格好良く登場したかっただけ」
「あ、そうですか・・・・・・」
朝から元気な奴だ。
「んで、何の話してんだ?」
「それが訊いてくれよ、竜樹! 二人が僕のことを変態とか気持ち悪いとか、さすがに酷いと思わないかいっ?」
「ああ、そうだな。たしかにひでえな」
昴の言葉に竜樹はコクリと頷き、
「二人ともちゃんと覚えておけよ。昴はたしかにヤバいこと言ってるときが多々ある。それは否定しない。だが、ただのそれだと思ったら大間違いだぞ」
「そう、まったくだよ」
二人は何故か異様なオーラを出しはじめ、理沙も「な、なによ」と珍しくたじろく。
「コイツはな・・・・・・」
「僕はね・・・・・・」
「「変態という名の、紳士だぁぁぁああああああああああああああっ」」
二人の声がハモった叫びは、とんでもなくどうでもいいことだった。
「コロス」
理紗の呟きは聞かなかった事にして、枕元で充電しておいたスマホを手に取る。表示されている時計を確認すると、そろそろ用意をして学校に行かなければいけない時間だった。
「お取り込み中悪いんだけど、着替えなきゃ遅刻しそうだから、部屋の外でやってほしいんだけど・・・・・・って、もういないか」
部屋にはもう俺以外誰もいなかった。知っていたけど皆さん足が速いね。
「さて、俺も行くか」
どっこいしょと年寄りくさいことを口に出しながら、パジャマ代わりのTシャツを脱ぎ捨てて、制服へと着替えていく。
いつも通りの日常。不変的にも感じる日々。
彼らと知り合ってからずっと続いている騒がしい朝の一時。
今日もまた滞りなく、この俺、霧崎徹の一日が始まる。




