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英雄と◯◯ 10


「大丈夫ですか、バルクさん!?」


「ああ、なんとかな……」


 全身にしびれが残り槌を握っていた手が震えているバルクだったが、その顔は明るい。

 彼を支えるソエルとリサの顔も同様に晴れ晴れとしていた。


 けれど戦いはまだ終わりではない。

 今もなお、彼らから少し離れたところではオーク達の姿が見えている。

 その様子を見て最初に違和感を覚えたのは、バルクだった。


「オーク達が……散っていかない……?」


 通常統率個体がやられた場合、下位の魔物達はちりぢりになって逃げる習性がある。

 なのでオークエンペラーを倒した今、本来であれば掃討戦に映る段階のはずなのだが……オーク達は未だ好戦的な光を宿したまま、その手に武器を持っていた。


「これは一体、どういう……」


 ドクンッ!


 まず最初に聞こえてきたのは、大地すら揺れたかと錯覚するほどに大きな鼓動の音だった。

 脈動の音は回を重ねるごとに大きくなっていき、バルク達がよろけて転びかけてしまうほどに揺れも大きくなっていく。


 しかし脈動はすぐに収まった。

 次いでやってきたのは、くぐもったノックのような音だった。


 ドンドン、ドンドンと何かを必死に叩いている音は、なぜか彼らの不安を猛烈に煽る。

 その音の出所を見つけたバルク達は、言葉を失っていた。

 音がやってきていたのは――オークエンペラーの腹の中だったのだ。


「あのオークエンペラー……雌だったのか」


 通常統率個体は男からしか生まれることはない。

 けれど魔物の突然変異は、どのような種類のものにも存在している。


 あの個体が偶然にもオークエンペラーの雌だったのだとしたら……バルク達の思考を止めたのは、腹から突き出るように飛び出した真っ黒な拳だった。


 ぐちゃり、ぐちゃりと濡れた何かを噛んでいるかのような咀嚼音が聞こえてくる。

 その音の原因を察したソエルが、思わず口元に手をやった。


「た、食べているんですか……自分の母親の肉体を」


 オークエンペラーの肉体が、内側から食い破られていく。

 バツンッと張っていた腹を突き破って飛び出してきたのは――真っ黒な、小柄なオークだった。


 あのオークエンペラーの腹から出ていなければ、そしてその身に莫大な魔力を宿していなければ、間違いなくオークの子供だとは思わなかっただろう。


 そう思ってしまうほど、そのオークは人によく似た見た目をしていた。

 牙もなくくりくりとした黒目をしていて、粘膜に濡れている両の手足にはきちんと五本の指がついている。


「ほう……これが外の世界か」


 人の言葉を解するほどに知能が高い個体。

 そしてその全身から発されているプレッシャーは――間違いなく先ほど戦っていたオークエンペラーを凌駕している。


「これを殺してくれて助かった、おかげで早く外に出ることができたぞ」


 オークがそう言って指さすのは、死んだまま腹を食い破られた無残なオークエンペラーの姿。

 Aランク中位であるオークエンペラーから生まれた鬼子。


 恐らくその実力はAランク中位でも上から数えた方が早いかもしれない。

 あるいは……この世界における最強種であるAランク上位の可能性すら――。


 その異様さに身構えながら戦闘態勢を取る三人だったが……瞬間、鬼子の姿が消える。


「礼だ、三人とも殺さずにおいてやろう。まあ雌には俺の子を孕んでもらうがな」


 刹那、三人の身体が吹き飛んでいく。

 何をされたのかもわからないほど、一瞬の出来事だった。


 喉の奥からせりあがってくる鉄の味と、口から飛び出す血の塊だけが、オークの攻撃を受けたということを示してくれている。


「リサ……ソエル……」


 槌を握ったまま意識を失いかけていたバルク。

 彼は半ば無意識のうちに何もない空を掴もうと顔を上げ、その手を伸ばし……


「Aランク冒険者パーティーのデータ収集は完了、これよりAランクモンスターのデータ収集に移行致します」


 そして目の前に突如として現れた何かの後ろ姿を見たまま、バルクは意識を失った。

 彼が意識を失う寸前、遠くから声が聞こえた気がした。


「お望み通りイレギュラーは排除してあげるわ、ついでだけどね」


「き、君は……」


 言葉を続けることはできず、バルクはそのまま地面に倒れ伏し、気を失った。

 突如現れた闖入者を前にした黒いオークは、その人物――ベルを見据えて眉をしかめる。


「――誰、お前?」


「ごめんなさいね、雑魚に教える名前はないの」

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