英雄と◯◯ 3
どうやらベルはあまり『裁きの雷槌』に興味がないらしく、彼女はすぐに視線を動かした。
絶対におかしいと思うのだが、ベルは『裁きの雷槌』よりも自分の方に興味があるらしい。
少し話をしたが、相変わらず彼女はミステリアスな女性だった。
冒険者登録をしてすぐにCランクまで上がったこと、そして種族がエルフであること。
それを除けばフレディは、彼女のことをまるで知らない。
だが彼女の身のこなしは、長いこと冒険者をやってきた彼をしてゾッとするほどに隙がない。
恐らくは元いた故郷では、かなり名うての戦士だったに違いないとフレディは見ていた。
「彼らが羨ましいの?」
「どう……なんだろうな」
ベルの質問に、思わず答えに詰まってしまう。
フレディの顔には憧憬が浮かんでいた。
けれどそれよりも大きな諦念が、その目には宿っている。
若い頃は英雄を見て羨む気持ちもあったが、今はもうそういう段階は通り過ぎている。
けれど何も思わないかと思えば、そういうわけでもない。
人間というのは多面的な生き物だからだ。
「俺にあいつらみたいな才能があれば……とは、思わなくもない」
「強くなればいいじゃない。この世界にはレベルがあってジョブがある。上位ジョブを複数掛け持ちすれば、誰だって強くなれるわ」
「たしかに口にするだけなら簡単かもしれない。だが実際問題そんなことは不可能なんだよ」
「え、どうしてよ?」
この世界にはレベルとジョブという、強くなるための手段が存在している。
けれど高ランクの冒険者を見ればわかるように、強者の数は少ない。
そんな当たり前のことも知らない目の前のエルフの世間知らずっぷりに、フレディは思わず笑ってしまった。
すまんなと軽く謝ってから、急いで真面目な顔を取り繕う。
「そんな簡単にレベルを上げられないからだよ」
この世界で強くなるためにはレベル上げは必須だ。
レベルを上げればステータスも上がるし、特定のジョブに就くためにもレベルを上げて条件を満たす必要がある。
けれどレベルというのはそんな簡単には上がらない。
レベルアップのために必要な経験値というのは、自分と同じくらいか格上を相手に戦わない限りなかなか溜まるものではないからだ。
それなら自分と同じ実力の魔物と戦い続けてコツコツレベルを上げればいいじゃないかと思うかもしれないが、それもなかなか難しい。
そもそもそんな魔物をレベルが上がるごとに新たに探すというのは非常に手間だ。
更に言えば自分と同じような実力の相手と戦えば、当然ながら重傷を負うこともある。
この世界では大けがを負えば、そのまま人生も詰んでしまう可能性が非常に高い。
ポーションでは重傷は治すことができないし、重い怪我を治せるほどの僧侶に回復魔法を頼んだ際の謝礼は莫大な額になる。それをポンと払えるような人間はそうはいない。
そのため冒険者達が怪我をしないように立ち回ろうとするのは自然な成り行きであり、結果として自分達より弱い魔物を相手取るためなかなかレベルが上がらないようになってしまうのだ。
実際問題フレディのレベルも、40を超えたあたりで完全に頭打ちになってしまっている。
レベルを上げられるのは高位の僧侶と懇意にしている者や、元々高いステータスや特殊なジョブへの適正を持って積極的に魔物を狩りにいける者、金銭的な余裕がある者などに限られる。
つまり凡人がどれだけ頑張っても、そこまで辿り着くことができないのだ。
懇切丁寧に教えてあげたフレディの話を、ベルはふむふむと真剣に聞いていた。
「なるほど……つまり条件さえ整えてあげれば、レベルを上げること自体はそんなに難しいことじゃないと。これは有用な情報ね……」
その後もベルは矢継ぎ早に質問をしてきたが、人生経験が豊富なフレディはその全てに応えてやることができた。
フレディが話しすぎて喉の渇きを覚え始めた頃、ようやく夜飯の配給の時間になった。
じゃあねと別れようとするベル。
彼女は立ち上がって歩き出そうとすると、ふと何かを思い出したようにくるりと振り返った。
そしてそのまま何か透明な瓶のようなものを投げてくる。
パシッと掴んで確認すると、そこに入っていたのはポーションか何かのようだ。
見たことがない容器に入っているそれをちゃぷちゃぷと揺らしていると、ベルは挑戦的な笑みを浮かべながらこう告げた。
「色々教えてくれたお礼に、それあげる。最近巷で話題の混沌迷宮産のポーション。それともう一つだけ……諦める必要なんか、ないんじゃないかしら?」




