伯爵認定勇者ブラッド 4
他の魔物と同様、天使型の魔物にも明確な序列というものは存在している。
天使の位階を示すのはその頭上に浮かぶ光輪と、背中から生えている翼の枚数だ。
魔道具のランプよりはるかに明るい目にもまぶしい光輪と、三対六枚の羽根。
間違いなく今まで自分が戦ったことのあるどの天使よりも格上の存在だ。
ほうっと熱い息を吐く天使を視界に捉えながら、ブラッドは後方を確認する。
だがそこには既に転移魔法陣はなく、仲間達はおろか、鎖でつないでいたはずの奴隷達がやってくる様子もなかった。
完全に孤立無援の状態で、目の前にいるのはかつてないほどに強力な天使。
この圧倒的な絶望を前に――ブラッドは笑った。
「そうこなくっちゃなァ――!」
瞬間、ブラッドの姿がブレる。
残像を残すほどの速度で移動した彼は、瞬時に天使の後ろへと回り込んでいる。
Bランク冒険者は、以前やってきたゴルブル兄弟のようなCランク冒険者とはそもそもの考え方が違う。
彼らに自分の身をかわいがるなどという考え方は存在していない。
自分よりはるか格上を相手にして戦い、そして勝利する。
断崖絶壁にある薄氷の上を渡り歩くようなか細い可能性を生き延び続けてきた者しか至れぬ領域なのだ。
ブラッドのスキルが発動し、彼の拳が音速を超えて放たれる。
けれど攻撃が当たったという感触がなかった。
拳がそのまま空を切ると、ブラッドは舌打ちをし、そして目の前にいる天使がケタケタと笑った。
「あらあら、ずいぶんせっかちなお猿さんですねぇ」
「妙に軽いと思ったら、幻影かよ……」
拳から発された衝撃波に天使の輪郭がブレたかと思うと、すぐさま修復されて元の像を取り戻す。
つまり目の前の天使は、光魔法を使って映し出された幻影に過ぎなかった。
改めて感覚を研ぎ澄ませれば、目の前の天使からは生き物の持つ魔力が感じられず、呼吸音も聞こえてこない。
「いきなり私が戦ってあげるわけないじゃないですかぁ。そんなこともわからないんなんてぇ、脳みそミジンコ並にちっちゃい単細胞君ですねぇ」
自分を小馬鹿にした様子の天使にむかっ腹が立ってくるが、こういうのは相手に取り合うだけ無駄だ。
なにせ本体はここにない。
恐らくはこのダンジョンの奥から、安穏とこちらを観察しているのだろう。
下手に怒っても、それは相手の思うつぼだ。
(つぅか、天使は基本的に人間に害意を持たないって話だったと思うんだが……)
目の前の天使は明らかに自分のことを見下し、嘲笑していた。
ブラッドが天使と戦ったことはあるが、その時に戦った者達は皆機械的にこちらに武器を向けてくるだけだった。
「私は奥で待ってますのでぇ、頑張ってえっちらおっちらこっちまで来てくださ~い」
それだけ言うと映し出されていた幻影がぐにゃりと歪み、霧散する。
そして後にはファイティングポーズを取っているブラッドだけが残された。
「ちっ……むかつくが、行くしかねぇか」
後ろを見るが、魔法陣が出てくる様子はない。
このまま待っていても帰れる可能性も低いだろう。
配下達と合流を待つ意味もなさそうだ。
(幻影であのプレッシャー……あいつ、ただもんじゃねぇ)
本来であれば気配が極めて薄くなるはずの幻影を見たにもかかわらず、ブラッドは相手が実体だと勘違いした。
それはつまりあの天使の本体は――今の自分でも勝てるかわからないほどの強敵だということ。
「そう考えると一人でここに飛ばされたのは、むしろ好都合かもな。あいつらが居ても邪魔なだけだ」
あれほどの存在と戦うのなら、雑魚がどれだけいても数合わせにもならないだろう。
元々このダンジョンには、自分の本気を出させてくれる強いやつを探しにやってきたのだ。
あの天使は間違いなくブラッドのお眼鏡に適っている。
果たして今の自分でも勝てるのか。不安がないと言えば嘘になる。
けれどブラッドの顔に浮かんでいるのは、奴隷達を虐げている時も見れなかったほどの、満面の笑みだった。
わずかな恐怖と、それを塗りつぶすほどに圧倒的な興奮。
全身が震えているのは、果たしてどの感情に由来するものなのか。
ブラッドは久しく感じていなかった胸の高鳴りを感じながら、ゆっくりと前に進み出す――。




