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伯爵認定勇者ブラッド 3


 ダンジョンを占拠するにあたって必要な準備は、しっかりと行ってきている。

 そのため翌日から、ブラッド達は早速動き出すことにした。


 まず最初に行うのは、今マサラダにいる冒険者達の締め出しだ。

 狩り場の独占をするのは、何もこれが初めてではない。


 あまり露骨にやりすぎるとギルドからの干渉を受けることもあるが、そのあたりの加減には慣れている。

 かつてはそうではなかったのかもしれないが、現在の認定勇者制度においては、勇者は綺麗な仕事だけをする存在ではないのだから。


 まずブラッドの配下の冒険者達は、現在踏破が行われている第十階層までの道を進みながら、道中でそれとなく恐喝をしていった。

 

 Bランク冒険者兼伯爵認定勇者という肩書きは絶大で、誰もがブラッドに対して頭が上がらない。

 あまり言うことを聞かないようなら見せしめに何組かを行方不明にすることを考えていたが、その必要もないほどにあっさりとしていて、拍子抜けしてしまったほどだ。


「はっ、腰抜けばかりでやりがいがないですぜ」


「たしかに、楽勝過ぎるのも考え物だな」


 ここにいる連中はふぬけばかり。

 対して出てくるアイテム達は、事前に教えられていた通りに一級品ばかりだった。


 彼らは一番の雑魚でもDランクの冒険者であり、中にはゴルブル兄弟と同様のCランクもごろごろいる。

 ダンジョン探索についても経験値がしっかりとあるため、現在踏破が確認されている第十階層までの探索はあっという間に終了した。


 本来であれば第十階層から第一階層まで戻ってくるのにも時間がかかるが、この混沌迷宮には守護者の間に転移魔法陣が設置されているため、往復の手間もほとんどかからない。

 一度攻略したことのある階層ならすぐに戻ってくることができるため、彼らの探索は想定していた半分以下の時間で終わったのだ。


「これなら第一階層に居座るのが一番いいでしょうな」


「ああ、それがいいな」


 第二階層以後に出てくる各種装備や錬金術の素材・魔道具類も決して悪いものではないが、やはり一番価値が高いのがポーションなのは間違いない。


 混沌迷宮から出てくるポーションの効用は、話に聞いていた通りにすさまじいものだった。 奴隷を使って人体実験をしてみたところ、打撲や擦り傷だけではなく骨折まで数秒の内に治してしまうことがわかったのだ。

 この効果を一目見てしまえば、今まで使ってきたポーションなど泥水も同然だった。


 ポーションは各階層でも出現するが、他のアイテムも出現する兼ね合い上、一番多く産出するのはやはり第一階層になる。

 この時点でブラッド達は第一階層に拠点を置き、他の冒険者達に第二階層以降で狩りをするよう優しく(・・・)アドバイスをすることを決める。


 完全にポーションの供給が絶たれると後々ギルド側で問題になりかねないので、第二階層以降で得られるポーションに関してはノータッチでいくことにした。


(伯爵は完全に供給されるアイテム全てを手中に収めるつもりだったみたいが、このダンジョンの構造上それは不可能だ。もしやりたいってんなら、ここの領地を攻め落としてダンジョンを所有でもしないと無理だな)


 収集に使うのはブラッドが持っている『収納袋』と呼ばれる魔道具だ。

 これは本来よりも大量のものを収納することができるという優れもので、ブラッドはここに配下達の分の大量の食料をしまっていた。


 食料を消費し、それと入れ替えるように収集したポーションを収納していく。

 みるみるうちに、とんでもない量のポーションが集まっていった。


 これだけの頻度でポーションが収集できるのなら、王国のポーション界には革命が起きるだろう。


 何しろ宝箱の出現率が高いため、このペースなら行きは食料でパンパンになっていた『収納袋』は、帰りにはポーションではちきれんばかりになっていそうであった。


 ただ基本的には順調に行っている探索にも、例外はあった。

 それが現在第十階層を攻略中の、マサラダにおいて混沌迷宮の最前線に居る冒険者パーティー『白翼の天剣』だった。


 ブラッドは彼らも他の冒険者達と同様に自分達の邪魔をしないよう脅したのだが、彼らの態度が妙におかしかったのだ。

 ブラッドとの実力差を知っていても、それでもなお柳に風という感じでひょうひょうとしていたのである。


「一つ忠告しておくんだが、俺はそういうことはしない方がいいと思う」


「ほう、どうしてだ?」


 犬歯をむき出しにするブラッドを見ても、『白翼の天剣』のリーダーであるダグは態度を変えなかった。

 彼はどこか泰然とした様子で、こう続けてくる。


「ここのダンジョンはきっと、そういうズルを許さない。ブラッドさんは高い実力があるんだから、まっとうにダンジョンを攻略した方がいいと思う」


「はっ、これだから社会を知らないガキは困る」


 大量のポーションを手に入れ上機嫌のブラッドは、そう言って笑う。

 そしてまだ社会の汚さを知らないであろうダグをじっと見ると、そのまま視線を外す。

 彼はここではないどこか遠くを見つめているようだった。


「お前も今にわかるさ。世界は綺麗事だけで回ってくれるほど、綺麗な仕組みでできちゃいないってことが」


 そのまま『白翼の天剣』と別れてから、更に数日が経過した。

 効率の良い宝箱の見つけ方にもある程度慣れ、そろそろ食料も少なくなってきたというタイミングで、ブラッドは手勢を二つに分けることにした。


 交代で第一階層の探索に当たらせれば、長期間第一階層を独占することは余裕そうだったというのが彼の見立てだ。


「あいつらが帰ってきたあたりで、俺は第十一階層へでも……」


「ア、アニキ、大変です!」


 補給をしに向かったはずの配下達が、取って返して来たかのように戻ってきた。

 焦っている様子の彼らを見れば、何か異変が起きたのは明らかだった。

 一体どうしたと聞いたブラッドに対し、冒険者達は半狂乱になって叫ぶ。


「ダンジョンの入り口が……なくなってるんです!」


 何を馬鹿なことを……と彼らについていったブラッドは絶句した。

 自分達が入ってきたはずのダンジョンの入り口が、たしかになくなっていたからだ。

 だがそれでもさすがはBランク冒険者、想定外の事態があっても、ブラッドはすぐに自分を立て直してみせる。


 彼はこのままじゃ閉じ込められちまうんじゃ……と不安そうにしている配下の頬の一人の方へと歩いていき――思いっきりぶん殴った。


 首が曲がってはいけない方にぐるりと曲げながら、モヒカンの男は吹っ飛んでいく。

 仲間が急いで混沌迷宮産のポーションをかけなければ、死んでしまっていたことだろう。


「てめぇら、ビビってんじゃねぇ! 入り口がなくなろうが、転移魔法陣はあるはずだ! ビッグスライムを倒してから魔法陣を使って戻りゃあいいだけの話だろうが!」


 なぜ入り口がなくなったのか、その理由はわからない。


 けれど今もスライムや宝箱は変わらず出現しており、突如としてダンジョンが活動を停止したというわけでもなさそうだ。


 それならば、ダンジョン本来の機能である転移魔法陣に関しては未だ動いている公算が高い。


 彼らは一丸となって第一階層の最奥へ向かい、目を血走らせながらビッグスライムを倒す。


 するとそこには彼らが想定していた通りに、転移魔法陣が現れた。


 これに入れば、ダンジョンの外へ戻れるはず……そう思ったブラッドの脳裏に、数日前に話をした少年の言葉がよぎる。


『ここのダンジョンはきっと、そういうズルを許さない』


 わずかによぎった不安を己の強さに対する自信でかき消しながら、ブラッドは魔法陣へ一歩を踏み出した。


 淡く緑色に輝いていた、魔法陣の光が強くなる。

 目を開けていられないほどの輝きが収まると、そこには……


「ようやく来てくれましたねぇ……待つの大ッ嫌いなのに頑張ったガブちゃん、超偉い!」


 パタパタと翼を動かしながら飛び上がっている六枚羽の天使の姿があった――。

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